第19話 ヴァンパイアの真実
得も言われぬ不安があった。
拭い切れない懸念があった。
今ならば思う。
これは後悔か、それとも浅慮による自責の念か。
何故、永遠の命を持つヴァンパイアが、この世界に
何故、死なない肉体を持つヴァンパイアが、この世の覇権を握っていないのか。
私が、この世界の最初のヴァンパイア、と言う訳でもないだろう。
少し考えれば、気づけたかもしれない。その僅かな違和感に。
もし気づくことが出来れば、調べることが出来たかもしれない。長い年月で風化してしまってはいるが、この屋敷は、ヴァンパイアの情報の山なのだから。
きっと先代のヴァンパイアが住んでいたのか、或いはヴァンパイアの研究施設か何かで、ここで人知れず解明されていたのだろう。最も、それこそ妄想の域を出ない、稚拙な推論ではあるが。
しかし、この朽ち果てていた屋敷が、ヴァンパイアの資料で埋め尽くされていた。その事実だけは確かなのだ。
が、私は、それらの不安にも、懸念にも、憂慮にも、一切振り向くことなく、今日と言う日を迎えていた。
そう、親友であるアーサー・ロチェスター伯爵を、ヴァンパイアにする日だ。
そこには確かにあったのだ。
胸踊らんばかりの期待が。
これから、ずっと、永遠に、親友と共に、この島を栄えさせていく。
そんな輝かしい未来が。
そんな未来を実現できるという期待が。
確かにあったのだ。
夕刻ころに目を覚まし、待つこと数刻。
日が落ちた時間に、約束通り彼は現れた。
「やあ、アルクアード。」
「ああ、待っていたよ、アーサー。」
私は彼を、ひとまず晩餐の席に招待した。
彼の最後の意思確認もしたかったし、なんにせよ、人間の彼と話す最後の機会なのだ。その時間は大切に過ごしたかった。それに、これから行うことは、私にとっても初めての事だ。何が起こるかわからない。確かに、私が読んだ資料には、ヴァンパイアが人間の血を吸い、そこに自身の体液を流し込むと、ヴァンパイア化する。とは書いてあった。しかし、彼の体質や精神状態、体力の問題で、命を落とさないとも限らない。共にしっかりと食事とコミュニケーションを取ることは、良い保険になるに違いない。
私の力説に、アーサーは「君らしいよ」と笑いながら快く承諾してくれた。
そして私達は、この島の未来について語り合った。
もともと流刑地だったこの呪われた島は、ロチェスター伯とフィルモア伯が治める事で王国の一部となった。しかし、そもそも長い事、国に打ち捨てられていた島だ。いつまた同じような目に合うかもわからない。だから、国の一部となりつつも、国自体が滅んでも自治出来るように、この島だけは長く平和が続くようにしたい、と。
アーサーはそんな夢を語っていた。
「大陸との交易に、名産品。開拓も治水もまだまだだ。やることは多いな。」
と、嬉しそうに遠い目をして、そう言った彼の顔を、私は忘れることは無かった。
そして、晩餐の後、しばらくして、お互いが無言になった。
共に、頃合いの空気を感じたのだろう。
「準備も、整えてきた、ことだ、し。さあ、始め、ようか。」
アーサーは、聞いたことも無いようなたどたどしさでそう言った。
流石に緊張している様である。重い空気を和らげてくれて助かった。
「準備とは?」
「万が一さ。永遠の命を得るのだ。リスクは計り知れん。もしも私が目覚めなかったらの時のために、な。」
「遺言でも書いて来たって言うのか? 縁起でもない。」
折角重い空気が和らいだというのに、全く台無しな内容を話してくれる。
しかし、私の内心の憤慨をよそに、アーサーは笑いながら続けた。
「ははは、なに、念のためさ。」
「それで、なんと書いたんだ?」
「息子のローレンスに、アルクアードを頼り、共にロチェスター家を盛り立てるように、とな。」
「おいおい、私に政治は無理だぞ。」
全く、なんて遺言を残してきやがる。確か彼の息子のローレンス・ロチェスターはまだ10歳やそこらだったはず。父親代わりにされ、政治にまで引っ張り出されては敵わない。
これはなんとしても、アーサーのヴァンパイア化を成功させなくてはいけなくなった。
「支えてやってくれるだけでいい。それにもしも失敗したら、の話さ。それ位は約束してくれても良いだろう、友よ。」
そう言ったアーサーの顔は……どこか安らかだった。
(よせよ、そんな顔をするのは。死にたくないと言ったくせに、やることがいっぱいあると言ったくせに、息子の事を託せたことで、まるで思い残すことが無いかのような、そんな顔をするなよ。)
私は、決意した。絶対に成功させてみせると。絶対にアーサーを死なせはしないと。
「無駄だな、アーサー。その約束は。」
「……アルクアード。」
「そもそも、そんなことにはならないからだ。ヴァンパイアになって、君はとっとと屋敷に帰り、息子の頭でも撫でてやるんだな。」
そうして、顔を見合わせる。私達はお互いに不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ、次に目覚めたときは、共に永遠を歩む者同士、永遠の友として、永遠の伯爵家と男爵家として、盃でも交わそうじゃないか。そうだ、さしあたり、君の家名でも決めよう、いつまでもアルクアードのままと言う訳にもいくまい。」
「考えておこう。」
――そして。
私は、アーサーの首筋に噛みついた。
牙が皮膚を肉を破る苦痛にも、アーサーは悲鳴一つ上げなかった。そしてしばらくして、彼はゆっくりと床に倒れ込んだ。
――どれほどの時間が過ぎただろう。
ひとまず体を冷やさないように、彼にはブランケットをかけてやり、倒れた彼の横で、私は、星を眺めていた。
本当は月を見るのが好きだったが、この部屋の窓の角度からは月を見ることが出来なかったので、仕方なくだ。
時折、アーサーが苦しそうにうめき声を上げる。きっと体がヴァンパイアに作り変えられているのだろう。しかし、その彼の身じろぎは、彼の生存の良い証明だった。
そして、彼が意識を失ってから、数刻後。
アーサーは目を覚ました。
「……う……。」
「アーサー!? 大丈夫か?」
「目覚めた、目覚めたぞ……。やった……これで私もヴァンパイアに。」
アーサーが、ほころんだ表情で、その紅くなった瞳で、私を……
『見た』
ドクンッ!
心臓が、大きな鼓動を一つ立てた。
視界が、外側から徐々に赤く染まっていく。
心も、突然湧いて来た感情に染まっていく。
憎い。
邪魔。
脅かす存在。
キケン。
殺せ。
殺せ。
コロセ。
コロス。
コロス。
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!
「ぐがぎああああ! 滅びろぉぉ!! ヴァンパイア!!」
――そこからの記憶はよく覚えていない。
気づいた私は、床に倒れ込んでいた。
ぼんやりする頭を振って、ゆっくりと体を起こそうと手をついた。
その手が何かに当たった。
人の髪の毛のような感触。それがまるで雨に打たれてずぶ濡れになっているかのような感触。
「……ん?」
私は、自分の手を床から離した。すると、私の手に絡まっていた濡れた毛のようなものに引っ張られ、「それ」がこちらを向いて、そして「見た」。
「あ……あ……。」
思い出した。
そう、先ほどは、この目を見て、私は……私は……自分を失った。
でも、今は何も感じない。
その目は、意志も生気も無く、視線を虚空に投げ出していた。
髪も服もその主人の血にまみれ、私の親友だったそれは、ただの赤い塊だった。
「アーサー……?」
勿論返事など無かった。どう考えても、生きている可能性など無い惨状だった。そして、それを行ったのが恐らく自分であることも理解していた。それでも、私は呼ばずにはいられなかった。
「アーサー、アーサー、アーサー、アーサー……。」
――どれくらいの時間が過ぎただろうか。
「ヴァンパイアは、太陽の光に当たると、燃えて灰になるらしいぞ。なんでもそんな伝説というかデマが、大陸には残っているらしいな。はっはっは。」
いつか友が、そんな笑い話をしてくれたのを思い出した。
その笑い話が眉唾であることを証明するかのように、目の前ではヴァンパイアとなり息絶えた親友が、骸となり転がっていた。
そして、その友の骸を見て、私は一つの感情が沸き上がっているのを感じた。
いや、感情と言うより、本能、に近いものかもしれない。
それは「安心」だ。
そして私は、理解したのだった。
この「ヴァンパイア」という存在を。
******
「こうして、私は初代ロチェスター伯爵、アーサーを殺した。」
ここまでの話を終えた私はそう言って、目の前の男に向き直った。
当然と言うべきか、彼、ローガン・ロチェスターは、唖然とも、驚愕ともつかない表情で唇を震わせていた。
「初代、アーサー様と君に、そんな事が……。」
代々、ロチェスター家を支え、友として交友を続けて来たヴァンパイアが、初代を殺した話を告げられたのだ。驚くのも無理はなかった。ローガンは、拳を強く握りしめ、視線を床に落とすしかなかった。
――あの後。
あの後、と言うのは、レーリアが倒れてしばらく後、と言う意味だ。
まだチェスの勝負はついていなかったが、私はローガンを呼び出し、こう言った。
「頃合いの様だ。君に全ての秘密を話そう。」と。
そして、私は、初代アーサーとの昔話を、彼に伝えたのだった。
「私はその後、二代目、ローレンスに父の死を告げた。アーサーが遺言を残していたおかげで、彼の死は意外にもあっさりと受け入れられた。そして私は、彼と共にアーサーを埋葬し、彼を、彼とその子孫を、君たちを支えると誓った。」
ローガンはまだ無言のままだ。
「アーサーに、生きて再び会えたら、家名を決めようと言われていたからな。それ以降、私は自らをブラッドバーンと名乗った。あの罪を……悪夢を忘れないために。」
「ブラッドバーンとは一体……。」
ローガンがようやく重い口を開く。私は彼の質問には全て答えるつもりだった。いや、そうしなければならなかった。私には、いや、彼女にはもう時間が無かったから。私はもう、そう決意をしてしまっていたから。
「とある国の研究らしいが……人間は生まれ持った本能として、同じ血を嫌う性質があるそうだな。娘は父を、息子は母を。近親で肉体関係を持たないための神が作ったシステムらしい。良く出来ている。」
「……それが?」
要領を得ない様子のローガンに、私は言葉を続けた。
「我々も同じだ。ヴァンパイアは死なず、永劫の時を生きる、無限に増えれば危険な存在だ。だからそのシステムは強力なようだ。まるで何かの呪いのようにな。」
「呪い……。」
「そう、呪いだ。ヴァンパイアは、ヴァンパイアを殺す。そんな……呪いだ。」
口を開くことが出来ずに黙るローガンは、今、何を考えているのだろうか。残念ながら、それを私に推し量ることは出来なかった。
「本当に良く出来ている……。ヴァンパイアを殺すことが出来るのはヴァンパイアだけだ。そしてヴァンパイアが人を殺めてしまうと、どこからか我々の体液が混じり、その人間はヴァンパイア化してしまうかもしれない。自分の身を滅ぼす唯一の存在に……。だからヴァンパイアは人を殺さない。当然、ヴァンパイアは増えない。……これがヴァンパイアの秘密だ。」
これで、彼の知りたかった、彼が生涯をかけて私と盤面で戦い続けて来たその全てを伝え終わったことになる。アーサーの死後、私が屋敷中の全ての資料を解読して得た知識だった。
これまで、ここまでたどり着いた代々のロチェスター伯爵の反応は様々だった。私を糾弾するものは幸いいなかったが、この瞬間はいつも恐ろしかった。
友に、口汚く罵倒されても文句は言えないのだから。
しかし、暫くの沈黙の後、ローガン・ロチェスターは私に優しく微笑み、口を開いた。
「……代々のロチェスター伯爵が、チェスをしていた理由がわかったよ。共に長い時間をかけて語らい、絆を深めていった者同士でないと、初代アーサー様の殺害の話を子孫になど出来ないものな。」
「すまない。」
「なに、この話を繰り返してきた君の方が辛いはずだ。」
彼は今、何と言った?
私の方が辛いはずだ、と。
初めてだった。
そんな言葉を掛けられたのは。
あまりの事に、呼吸が止まるほど驚いた。
先祖殺しの私が、そんな言葉を聞こうとは夢にも思っていなかったから。
そして初めて理解した。
いや、自覚した。
そうだ。
私は……。
辛かったのだ、と。
ああ、君が友で、本当に良かった。
ローガン・ロチェスター。
君と言う親友に出会えたことを、私は生涯忘れることはないだろう。
どうか、いつまでも壮健でいて欲しい。
体調など崩さないで欲しい。
そうなれば、私は、見舞いにもいかず、君と会えなくなってしまうから。
ローガンは、そっと私に、懐から取り出したハンカチを手渡した。それで、私は自らが涙を流していたことを自覚した。
私はそれを受け取り、眼がしらにあてた。ぼやけていた視界が明瞭になるにつれて、私の最後の決意が戻ってくるのを感じた。
(まだだ。まだ本題が残っている。)
私はローガンにハンカチを返すと、真面目な表情で、彼に向き直った。
「ローガン、君に頼みがある。」
――翌日。
私の願いを聞き入れてくれたローガンが、再び屋敷にやって来た。
玄関ロビーで待ち構えていた私を見るなり、彼は口を開いた。
「アルクアード。言われた通り、馬車を用意した。それと指定の者を一人、馬車に乗せてある。」
「ああ、ありがとう。もう一刻の猶予もない。」
「いったい何だというのだ?」
私が昨日、ローガンに願ったのは、馬車の用意だった。そして信頼できる従者を使者として一人。良くブラッドバーン家にも出入りしていて、レーリアとも顔見知りになっていたシイルと言う女性侍女を指名した。
「……友よ。君にこれを託したい。」
私は二通の手紙を手渡した。
「これは?」
「目が覚めたら、レーリアに渡してほしい。もう一つはフィルモアの伯爵に。」
「おい、アルクアード、どういうことだ。」
思えば昨日の今日で、何も聞かずに、良くここまで手配してくれたものではあったが、確かに、他領地への使者の派遣ともなると、説明しないわけにはいかなかった。
「私はヴァンパイアの存在意義に従う。」
「存在意義?」
突然出て来た、突拍子もない言葉に、ローガンは面食らった。
「私がヴァンパイアになった時、私はその時の事を良く覚えていなかった。しかし、屋敷の資料を解読している最中に一通の手紙を発見した。……父親……と呼ばれる者からだった。」
「なんだって!?」
流石のローガンも、この言葉には驚いたようだった。目をひん剥いて、私の肩を両手で掴み、体を揺さぶって来た。
「父上がいらっしゃったのか! 父上は人間だったのか! その手紙には何と!?」
「お、落ち着け、今話す。」
私の制止の声に我に返ったローガンは、バツが悪そうに手を離した。
「父……らしき存在は、ヴァンパイアだった。恐らく、死にかけていた幼い私を拾い育ててくれていたらしい。」
「と言うことは、ブラッドバーンが起こっていないということは、君は人間だった、のだな。」
「ああ。」
そこまで聞いたローガンは、ハッとしたように息をのみ、私を凝視した。
本当に聡明な男である。
「永遠の命を持つヴァンパイアであった父が存在せず、私がヴァンパイアとしてここに居る。つまり……。」
「つまり……そういうことなのか……。」
きっと人間だった私は、死ぬはずだったのだ。怪我か、病気かそれは分からないが。
しかし、父が、私を救ってくれた。
自らの命を、存在を犠牲にして。
そしてブラッドバーンにより、私は父を殺した。
「いや、しかし、ブラッドバーンが起これば、お互いが殺し合うのだろう? 君が父上を殺せる可能性の方が薄いと思うのだが。」
「私をヴァンパイアにして、私が目覚める前に、自らの身体を拘束でもしたのだろう。片方が不自由な状況であれば、私が父を滅ぼすのは容易い。」
「そんな……。」
これは後々になって思ったことだが、アーサーをブラッドバーンで滅ぼしたときは、私が負けてもおかしくはなかった。しかし、実は、あの時、一方的に私がアーサーを滅ぼせたのは、私が彼にかけたブランケットが、彼の行動の邪魔になったのではないかと推察できた。あの時の彼の遺体の下半身には、ブランケットが巻き付いていたから。
まあ、話す必要もない話なので、誰にも伝えた事は無かったが。
「ローガン。これが、私が父から教わったこれこそが、ヴァンパイアの存在意義なのだよ。」
ローガンは何も答えない。答えられない、というのが正しいかもしれない。私は構わず言葉を続けた。
「永遠に生き、そして、自分の命を犠牲にしてでも、愛する命、救いたい命に出会ったとき、この延命装置を引き継ぐ。そして、その命を与えた存在を滅ぼし、その者も、いつか愛する存在に、救いたい命に出会ったとき、また自らを犠牲にして、命を引き継ぐ。それがヴァンパイアの存在意義だ。」
「まさか……アルクアード、君は……。」
ここまで言って、ローガンは察したようだ。私が、自分の命犠牲にしようとしていると。しかし、その推察は間違っている。
「いや、違うぞ。私は、アーサーとの約束がある。ロチェスター家を、代々見守っていくという約束がな。」
「しかし、では一体。」
私はローガンの言葉を、手で制した。
「誰かをヴァンパイアにした時、目覚めるまではブラッドバーンは起こらない。神が作りたもうた、惨劇までの猶予とでも言うのだろうか。そして、目覚めてブラッドバーンが起これば必ずどちらが滅ぶ。……だから私は、その猶予の時間に策を弄し、抗う事にした。この神の決めた「死の宿命」に。二度と会うことは叶わないが、この空の下で、共に永遠に生きて行こうと……。」
「アルクアード……まさか。」
「後を頼む。」
私は踵を返し、足早にあの
もうここまでで十分だろう。
ローガンには十二分に伝わったはずである。
私がしようとしていることも、彼に任せたいことも。
それよりも、優先しなくてはならないことは、レーリアの時間だ。
私が彼女をヴァンパイアにする前に、彼女の命の灯が消えてしまっては本末転倒である。
しかし、まあ、それも抜かりはない。
医者が言うには、彼女の生死の峠は明日、とのことだ。
ならば今日、明日が来るその前に、峠を越える翼を授けてしまえばよい。
それだけのことだ。
レーリアの寝室の扉を開け中に入る。
「おい! アルクアード!」
扉を閉める前に、廊下の向こうのローガンと目が合った。
私は、彼に全幅の信頼を込めて微笑んだ。
「アルクアード……。」
その表情が、彼にどう伝わったのかは分からない。
しかし、彼は、その場で、動きを止めた。
鍵をかける必要は無かった。
恐らく彼が、入ってくることは無いだろう。
私はゆっくりと眠る、愛おしい
荒い呼吸が彼女の生命を蝕んでいくのが手に取るように分かった。
もしも、ここで朽ちるのが、
(やらせはしない。)
私は、意識のないレーリアの頬に手を当てた。
しっかりと、記憶しなくてはいけない。
愛する人の顔を、匂いを、温もりを。
もう二度と、生涯会うことは叶わないのだから。
再び相まみえれば、残虐に殺し合う悲しい存在でも、二度と会わないと誓えば、共に想い、共に永遠に生きて行くことが出来る。
さようなら、レーリア。元気で。
私は、一度目を瞑り、そして、決意する。
「レーリア……。勝負の賭けに勝った君の願いは『生きたい……私と一緒に』だったね。残念ながら叶う願いは一つだけだ。君は生きる。永遠に。」
私はレーリアの首筋に噛みついた。
その刹那、意識の無いはずのレーリアが小さく悲鳴を上げた。
ハッとして私は彼女の首筋から口を離す。
そして彼女の顔を見た。
レーリアの意識は戻っていた。
生死の境にあるはずの彼女が、もう二度と言葉を交わせないと思っていた彼女が。
「アルク……アー……ド。」
と、声を漏らした。
「レーリア! レーリア!」
涙でくしゃくしゃの私の顔を見て、レーリアは聖母のように微笑んだ。
そして……。
自らの額を、私の肩に乗せた。
それはつまり。
彼女の、
続けて……。
という意志に他ならなかった。
神が、
神というものが、本当に居るのなら、
私は、
それほど、神を罵倒し、憎み、敵視した。
しかし、どうやら、神と言う存在は、
そんな私にも慈悲を与えてくれる。
そんな寛大な奴らしかった。
今まで憎むことしか出来なかった私が、
初めて神に感謝を捧げ、
そして……。
私は、レーリア・クローデットをヴァンパイアにした。
******
昔話をしている昔話。
そんな話になってしまったが、こうしてようやく、ロチェスター伯爵家の墓地の前で起こってしまった、レーリアとのブラッドバーンの後に目覚めた、私の長い長い昔話が幕を閉じたのであった。
(つづく)
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