第17話 奇縁②
「ちゃんと性格もかわいいのズルだな……。おっと」
ひのでさんのスマホに着信。受けていい? と目配せされたので頷いた。私以外の相談者も抱えているはずだから、そのうちの誰かかも。
いつもは通話中に他の連絡が来てもスルーしているイメージなので、相手がちょっと特別なのかもしれない。
「どした、いきなり電話なんて珍しいじゃん。……相談? 天下の先生が? ……確かに相談乗るとは言ったけどまたずいぶん急だなー。……………………なんて? もっかい。……………………だからなんて? まるで要領得ないじゃん。いつもはもうちょい口達者でしょ。さては相当混乱してるな? ……………………いや、それならいいけど。うん。うん。明日の約束覚えてる? ならよし」
通話を終えて、ひのでさんが端末をテーブルに横たえた。「友達?」聞いてみる。先生ってワードが出てきたけど、教師と生徒の会話には思えなかった。友達が教職とか医者とか政治家みたいな先生って呼ばれる立場の人で、ちょっと茶化して呼んでるとかかなーという予想。
「そ。暴力男」
「それだいじょぶなやつ?」
「暴力的な男って意味の暴力男じゃなくて、暴力を振るってきた男って意味の暴力男」
「だいじょばないやつじゃん」
「意外と安全なんだな、これが」
まったく安全に聞こえないけど。当のひのでさんはのんきな調子でアイスコーヒーを啜っていて、まるで他人事みたい。
昼下がりのお洒落なラウンジに集まっている落ち着いたお客。その中から暴力なんて言葉が出てくるのはあんまり穏やかじゃない。もしかしたら私の話なんて二の次で、ひのでさんからの相談に乗ってあげた方がいいのかも。
「せっかく会えたことだし、親睦深める目的で自分語りでもしようかね。ほら、昔の恥を晒すと心の距離って縮まりやすいし」
「暴力の話なんじゃないの?」
「暴力の矛先をどこに向けるのかの話だよ」
「…………???」
首を大きく真横に傾けて、眉の根っこを寄せる。同じことだと思うんだけど、ひのでさん的にはニュアンスが違うみたい。言葉を大事にしているから、相談屋なんて複雑で大変そうなことが長続きしてるのかな。
頬杖をつき、うっすらと大人っぽい笑みを浮かべながら、ひのでさんは話し始めた。
「調子に乗ってたんだよね。特定の時期に限った話じゃなく人生通して。めちゃくちゃ金持ちの家に生まれて、たいていのことはそつなくこなせて、顔も体もなかなかのもの授かって。まあ、それはかのちゃん見て若干自信をなくしつつあるけども。……ともかく、初っ端から人生勝ち組ルートに乗ってるのは自他ともに認めるところで、自分のこと無敵だと思ってた。大学出て、普通に就職してもつまらないって理由で開設したブログが結構ウケたのもその感覚に拍車かけちゃったかな。色んな人に頼られて、色んな人に感謝されるうちに、どんどん自意識が膨らんでいくんだこれが。わたしは特別~わたしはすごい~わたしは選ばれた人間~みたいな。実際、今でも普通を自称したら白い目で見られるとは思うしね。たださ、社会ってうまくできてて、調子乗ってる人間は絶対どっかで一回転ぶようになってんの」
いつの間にか取り出した十円玉を立てて、それを指で弾いて倒すひのでさん。小銭を昔の自分に見立てているんだ。
「いつだったか、駅前にたむろして放置自転車蹴飛ばして騒いでる女の子たちを見かけたの。制服着てたし、背格好的にたぶん高校生。ノリにノッてたわたしはもちろんそれを止めに行くわけ。女子中高生の勉強友情恋愛の悩みを解決しまくってたわたしだから、ちょっと素行が悪いだけの相手なんてどうとでも調理できるって息巻いて。……でもさあ、そういうゴリゴリの上から目線ってどんなに隠そうとどっかから透けちゃうの。特に思春期の子たちはそこらへん敏感だから。一瞬で囲まれて、毒と棘のある言葉で色々言われて、血の気がすーっと引いていって。途中からは多少の怪我で済んだら上々かって震えてた。ほんと、なっさけない話」
暴力男の話のはずが、このままだと女の子に殴られたり蹴られたりの話になってしまいそう。今のところ登場人物に男の人が一人もいない。「ここから、気になってるであろう本題」私のクエスチョンが漏れていたのか、ひのでさんがフォローしてくれた。ここまでがBメロ、次からがサビってことね。
「いきなり、男の声がしたんだ。『あ、いたいた』って。最初はその子たちの身内かと思っていよいよ怪我どころじゃなくなったことを嘆いてたんだけど、どうやらその子らから見ても全然知らない赤の他人みたいでね。だけど当人はお構いなくするする自然に女の子たちの包囲網を抜けて、わたしの隣に立ったの」
「ひのでさんの知り合いってこと?」
「いーや、完全初対面」
「じゃああれ。彼氏のフリして助けてくれるパターン」
「それがね」
心底おかしそうに、ひのでさんが口許をおさえて笑いをこらえる。
「次の瞬間、髪の毛ごと後頭部掴まれて、そのまま力任せに、こう」
どういう感じだったか、手の動きで実演してくれるひのでさん。あー、うわー……。前に叩きつけてるー……。「さすがに地面に押し付けられはしなかったけど、痛いしそれ以上に驚いたしで、頭の中真っ白」なんで笑いながら話しているのか全然わからない。トラウマだよトラウマ。絶対笑い話にしていいことじゃない。
「そこでその男がへらへら笑いながら言うわけ。『うちのが迷惑かけたみたいでごめんねー。後でちゃんと躾けとくから』って。誰が見ても日常的に暴力ふるってる感満載の超独占欲強いDV男。『暗いから早く帰りなね』ってその子たちを気遣ったかと思ったら、『ほら、こっち』ってわたしの髪の毛掴んだまま引っ張るの。わたしはこの時点でも混乱しっぱなしで状況把握できてないし、女の子たちも若干引いちゃって誰も止めないし。で、ちょっと離れた場所まで連れていかれて」
「拉致だ……」
「そこからしばらく説教された」
「えぇ……?」
「それがまた筋通っててムカつくんだ。『制服という自己の所属を明らかにするアイコン背負って悪事を働くからには彼女たちが社会に対して抱えてる鬱憤やコンプレックスは相当なもの』『そこに見るから高級そうなブランドものを身にまとった住む世界の違う人間が小言吐きかけに来たら神経逆撫でして当たり前』『話術や交渉術で暴力に立ち向かえると思ってるなら創作に浸りすぎ』『あなたと彼女らの間にある社会的、立場的断絶が言葉だけで埋まるようならとっくに飢餓も貧困も戦争もなくなってる』『顔良い女はこれだから』いや~~~~、もう散々よ」
「でも、一応助けてくれた……のかな。髪の毛引っ張るのは酷いけど」
「そこがミソでさ」
ひのでさんは出したばかりの十円玉を懐にしまいながら続けた。
「暴力に対抗できるのは言論なんかじゃなく、もっと強くて理不尽な暴力なんだよね。全部受け売りだけど。でも――」
「でも?」
「選ぶ対象だけは創意工夫の余地があるって、そいつは言ってた。今回の話なら、たむろしてた女の子たちを払いのけてわたしに助け舟を出すよりも、わたし本人に意味不明で不条理な暴力をぶつけた方がずっと楽だし、手っ取り早い。事実、女の子たちの熱はあっという間に冷めたしね。仮に放置されてたらわたしが今もこうして元気でいられるかは謎だったし、結局、あの場を丸く収めるには一番の手段だったと思う」
「なんか深い……」
「ね。髪を引っ張ったことに関するお咎めがあるなら警察呼ぶなりなんなりしてくれって言われたけどできるわけないし、むしろ突然できたデカい借りをどうにかしなきゃいけないと思ってちょくちょくご飯誘ってるうちになあなあで仲良くなってた。調子乗ってたことへの薬に、そいつの話は色々聞いときたかったし」
「変な人、だね?」
「変だねー。変。変すぎ。人生観も世界観もぐにゃぐにゃ歪んでる。そのくせぱっと見は常識人だから、あまりにもタチが悪い。かのちゃんはこういうのに引っかからないよう気をつけな」
「うん。……うん?」
かのちゃんはって言い方だと、まるで既に引っかかった人がいるみたい。……名前のある登場人物、一人しかいなかったな。
「初対面で言うことじゃないけど……男の趣味悪くない?」
「男の魅力なんてどんだけネジ外れてるかで決まるもんでしょ。かのちゃんのお友達にもそういうところあったんじゃない?」
「だから好きじゃないって! ……で、なんだろ、明日も会うみたいな話だったけど、その人とは順調?」
「うーん……。何度煽っても最後まで持ってけない」
「ちょ」
「童貞っぽくない割にやたら身持ち堅いんだよなー。でも彼女いる感じはしないし」
「……ひのでさん、綺麗なのにね」
「それ言ったらおしまいよ。かのちゃんほっぽって逃げた男がいる時点で。……ま、明日ちょっと勝負かけて、それでも無理ならアプローチの方法考え直すだけ」
大人だ……。ドライな切り替えがかっこいい。
それにしても、話聞いただけじゃ全然人物像が浮かんでこないや。どうかな、先生って呼ばれるくらいだから歳はひのでさんより上で、身長高くて、強面で、荒っぽさと素っ気なさが混じったような人、とか? 私はあんまりタイプじゃないかも。
「で、他人の恋バナ楽しんでられる余裕はあるわけ? どんな口実で男の家まで突撃するの?」
「だからしないってば」
「ベッタベタに手垢つきまくった『宿取ってないから泊めて?』戦法はやめなね。王道過ぎて胸焼けするから」
「……やらないって」
大嘘なので、どうしても視線が泳ぐ。これ以上突っ込まれたら絶対ボロが出るから、話題を無理やりもとに戻すことにした。
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