第9話 詐欺師、花を咲かせる
ひんやりとする冷気が肌にまとわりつくような気がして、足早に廊下を歩く人影があった。
カツンカツンと静かな足音が止まった。
『館長室』と書かれたプレートの前だ。
決まった魔法の波形でしか開かない扉。
扉の横にはフクロウの像がある。
そのフクロウの像に手をかざす。
わずかに青白い光が広がり、魔力を流し込み——カチという音ともに扉の施錠が開いた。
館長室に入り、迷いなく真っ先に机の中を探る。
今日、確かにセルローナが登録したばかりの禁書目録だ。
———やっと、手に入った。
これまでどれほど待ち望み続けたことか。
———私のことを拒絶したこの世界を壊すことができる。私の生きがいとも言える研究機関を破壊し、私から居場所を奪ったこの世界に復讐する。魔王を復活させることができる。
本来であれば『魔獣絵画集』の封印を解く必要があった。
『魔獣絵画集』には、1ページごとに魔獣が描かれている図鑑だ。
しかし、この魔獣は本物の魔獣なのだ。
かつてこの世界にいた凶暴で、凶悪な魔獣を天才的な魔術師ノウ・ハウハウが生きたまま封印していったのだ。
そして——最終巻である20巻の最後のページには数百年前に世界を破壊と混乱に落とし込んだ魔王が眠っている。
封印を解くには、巨大な魔力が必要だ。
ロロアは考えた。
魔法を使えない人間であっても微量ながらに魔力を持っている。
これまで魔法使いを輩出してきた貴族となれば、何らかの理由で魔法を使えなくてもかなりの量の魔力が身体に流れている。
そして、たいていの魔法を使えない貴族はコンプレックスを抱えている。
巨大な力や名声、富を求めている。
だから貴重な『魔獣絵画集』を闇市場で貴族相手に売り捌くことにした。
持ち主——周囲の人々の魔力を吸い取るように魔術を仕込むことで、魔力を収集した。
しかしながら、魔力を収集するのには時間がかかった。
だからこそ、失敗してしまった。
焦るあまり一度に多くの魔力を吸い上げてしまったのだ。
勘の良い魔術師——教会の耳に入ってしまったらしい。
気がついたときには遅かった。
ほとんどの『魔獣絵画集』が、教会に回収されてしまった。
どうするべきか、この失態をどのように対処するべきかを考えていたときだ。
『ゼロの魔導書』の存在を知ったのは。
なんでも見通すことができる魔導書。
膨大な魔力が込められている魔導書。
この『ゼロの魔導書』があれば、全てが解決する。
『ゼロの魔導書』に込められている膨大な魔力を使うことで、ノウ・ハウハウという天才的な魔術師が施した面倒な封印を解くことができる。
そのときだった。
気がついたときには、室内がパッと明るくなっていた。
「ロロアさん、どうしてなの……」
いつの間にかセルローナが残念そうな表情で立っていた。
セルローナのすぐ後に立っている男——ジョン・ホッセンが言った。
「まさかこんなにも簡単に姿を現すとは思わなかったです」
「あら……ふふふ、私としたことが騙されちゃったみたいですね。もしかして私に盗聴されていることに気がついて、わざとここでお話しをしていたんですか」
「この部屋に掛けられているマリアリア様の絵画。あのマリアリア様が抱えているりんご。あそこに微量の魔力の流れを感じましてね」
「ふふ、チエイ大図書館の皆さんは本の虫ばかりで、美術品に仕掛けられた魔術にはからっきしとばかり思っていたのですが……ふふふ」
潮時だったとはいえ、こんな結末になるとは思っていなかったことにロロアは笑いが込み上げてしまった。
これまで頼り甲斐のある副館長を演じていたが、それも今日で終わりだ。
まずは銀色のメガネを取る。
それから丁寧に結っていた三つ編みも解いていく。
いつもの聖母のような雰囲気とは打って変わって、どこか暗い雰囲気だ。
「いつからですか、私が犯人だってわかったのは?」
「あなたが毎日のようにイロンに魔術を組み込んでいることに気がついた時からですかね」
「あらあら、そんな簡単にわかるようなへまをしてしまいましたか。気が付きませんでした」
「いや、そこらへんの操作はうまかったと思いますよ。現に俺は気が付かなかった」
「まあ、ありががとうございます。ジョンさんが気がつかなったということは、館長が気がついたんですか?」
「ううん、私じゃないなの」
「気がついたのは、腹黒——協力者です」
「へえ……」
協力者という言葉に引っかかったが、ロロアにとっては今更どうでもよいことだ。
しかしすぐに、その協力者に気がついた。
「もしかして、先ほど一緒にいたレドナさんですか」
「さあ、どうですかね。それよりも、そろそろ『ゼロの魔導書』返していただけませんかね?」
「ふふふ、それは難しいお願いですね」
「はあ……仕方ないか」
ジョンがいつものような丁寧で、それでいてどこか胡散臭い言葉遣いをやめた。
いや、これが本来の彼なのだとすぐにわかった。
それまでにしっくりときた。
その途端に抱えている魔導書が光った。
気がついたときにはすでに遅かった。
——何かしらの魔術が発動している!?
「——力が……抜けて……」
身体のあちこちで力が抜けていく感じがした。
魔力が暴走し大量に抜け落ちていく。
足から力が抜けていき、なんとか机にもたれかかろうとする。
しかしそれすらもできずに地面に倒れこむように身体が崩れ落ちた。
ロロアは口を動かすのもやっとだった。
「なにを……した」
「魔力と生命力をもらっただけですよ」
ジョンはなんて事のないように言って、落ちていた魔導書を回収する。
そしてジョンが吐き捨てるように言った。
「まったく、何が『ゼロの魔導書』だ。あの腹黒聖女、絶対に俺を巻き込んで楽しんでいるだけだろ」
静かでそれでいてどこか残念そうな声で、セルローナが言った。
「これでよかったなの?」
「いいも何もないだろ。そんなことよりも『魔獣絵画集』の残りの19巻と20巻を吐かせるぞ」
「……それは大丈夫なの。もうどこにあるかわかったなの」
「ああ、そうかよ。だったらとっとと、回収してくれませんかね」
「うん」と言って、セルローナはロロアに近づいてくる。
セルローナは本当に気がついたのだ。
「さ……わる……な」とたどたどしい口調で、ロロアがいう。
セルローナはどこか悲しげな表情でローブを弄る。
そして、折り畳まれた紙を取り出した。
丁寧に折り畳まれていた紙を開くと、1枚の絵画が現れた。
絵画の中では、少しはだけたマリアリア様が描かれている。
その女神様は、2冊の本を抱えている。
「その絵画に収納しているっていうのか?」
「うん、そうなの」
「なんでわかったんだ?」
「『魔獣絵画集』を修復したのは私なの。『魔獣絵画集』が近くにあると、私の魔力と反応するようにしたの」
「わかった、ちょっと見せてくれ」
ジョンは絵画を受け取り、魔力を流した。
すると——2冊の魔導書が現れた。
「あな……た…なに……も……の」
ロロアは薄れゆく意識の中で、ジョンのどこか面倒くさそうな声が聞こえた。
「ああ、言っていませんでしたっけ。俺——詐欺師なんです」
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