へたっぴな結界魔法
ランの背中で半日ほど揺られて、夕方。日が沈む前に野宿の準備をすることになった。適当な街で宿を取ることもできたけど、今回はスピード優先ということになってる。
野宿は面倒だし私は森に帰ろうかなと思ったけど……。なんだか、アリシアさんがとても楽しそうだから、ちょっと言い出しにくい。たまには野宿もいいかな?
そんなアリシアさんは晩ご飯を作ってくれてる。炊いたお米と水をお鍋に入れて、火にかけてぐるぐると。調味料とかで味付けをして、なんだかどろっとしたものになってる。見た目はおじやみたいだね。
「はい、リタ」
「ん」
お椀みたいな入れ物を受け取る。中はおじやみたいなのでいっぱい。口に入れてみると、ちょっと塩辛いけどわりと美味しいと感じられた。
以前、魔法学園の街に行く時に食べたものによく似てるけど……。少し味が違うかも。調味料が違うのかな? ちょっと不思議。
「エルフの森でとれる調味料を使ってる。どう?」
「ん……。そうなんだ。美味しい」
「よかった」
「でもエルフの里に好意的にはならないよ」
「それはもちろん。私も嫌いだから」
植物や木々まで悪いわけじゃないからね。だから、食べ物と人は別だ。
『少しでも友好的に、てわけじゃないんか』
『アリシアさんもハイエルフだしそれぐらいやるかなと思った』
『それにしても、なんだろう、ちょっと美味しそう。食べてみたい』
悪くはないけど、日本の料理に比べると物足りないとも思う程度だよ。
晩ご飯の後は、早めに寝ることに。アリシアさんは剣を抱いて、毛布にくるまって寝るみたい。アリシアさんは基本的に一人旅だから、何かあった時にすぐに動けるようにそうしてるんだと思う。
ランはいるけど、ランも襲ってこないとは限らないだろうし……。そんな命知らずのことはしないと思うけど。
私は、どうしようかな。やっぱりお布団で寝たいと思ってしまう。
「リタはどうする? 毛布はまだあるけど」
「んー……。お家に戻っていい? 明日の朝に来るから」
「わかった」
「アリシアさんは、来る?」
「…………。遠慮しておく」
一瞬だけアリシアさんが言葉を詰まらせた。どうしてかと思ったけど、精霊様を思い出しちゃったらしい。
そこまで気にする必要はない、というのはアリシアさんも分かってるみたいだけど、今はちょっとタイミングが悪いかもしれないから、だって。どういうことだろう?
『エルフの里に連れて行こうとしてる張本人だから、では?』
『リタちゃんの希望でも、やっぱりちょっと怖いんじゃないかな』
『一度マジでやりかけたからな、精霊様』
あの時のことは気にしなくてもいいと思うけど……。でも、無理強いするほどのものじゃないし、今回はいいか。
アリシアさんに手を振って、私は自分のお家に転移した。
そうして、出発してから三日後。私たちは大きな森にたどり着いた。
「おー……」
精霊の森ほど大きな木じゃないけど、それでも立派な木がたくさん並ぶ森だ。とても大きな森で、広さだけなら精霊の森以上かもしれない。
でも、魔獣とかはあまり強くなさそう。精霊の森ほど魔境にはなってないみたい。まああそこは、世界樹があるから魔力がいっぱい、ていう環境がそうさせてるんだと思うけど。
「ここがエルフが住む森。いろんなところを旅してきたけど、広さだけなら世界一だと思う」
「おー……」
「この森の奥深くに、エルフたちの隠れ里がある」
「ん」
こんな場所に師匠は何をしに来たんだろう。今から聞きに行くから、考えても意味はないけど。
『はえー。なんか無駄に広そうな森だなあ』
『もっと精霊の森の質を見習って?』
『あんな森がいくつもあってたまるかw』
それはちょっとひどいと思うけど、私も同意見だ。あまりに危なすぎるから。
「ランはここで待機。ランの強さがあればこの辺りの魔獣は大丈夫だろうけど、何かあったら呼ぶこと。魔力を上に放出すれば気付くから」
「わふ」
「良い子だ」
アリシアさんが喉元を撫でると、ランが少し嬉しそうに尻尾を振った。本当に、上下関係を叩き込んだというわりには、しっかりと信頼関係があると思う。
私ももうちょっと撫でたい。そっと手を伸ばすと、ランが明らかにびくっとして距離を取った。さすがに傷つく。
「ラン。どうしてリタを避けた?」
「わふ!?」
「リタを避けるならいらない子だよ?」
「……!?」
『こわいこわいこわいこわい』
『マジで睨み付けててあばばばば』
『画面越しでも伝わるこの殺気』
うん。さすがに落ち着いてほしい。そこまで気にしてないから。
「ほら、アリシアさん。行こう」
「待って、リタ。もう一度上下関係を叩き込むから……」
「わかった。置いていく」
「う……。命拾いしたね、ラン」
本当に何をするつもりだったのかなアリシアさんは。普通に怖いよ。
思わずため息をついてから、私はアリシアさんに浮遊魔法をかけて空を飛び始めた。
それなりの速度で飛んでいく。アリシアさんはおー、と眼下の景色を眺めてる。
「根とか気にせず高速移動できるのは便利」
「アリシアさんはいつも走るの?」
「そうなる」
それは、確かに面倒だと思う。私もできなくはないけど、わざわざやろうとは思えない。
そのまましばらく飛び続けて。森の中央付近、かな? 大きな湖がある。その側にエルフの里があるみたい。魔法で隠してるけど、逆にその魔法のせいで分かりやすい。
「下手な隠蔽魔法だね。下手くそ。へたっぴ。ばーか」
『リタちゃんがお口わるわるになってる』
『お口わるわるなリタちゃんもええな』
『わるわるリタちゃん、かわいい』
ちょっと意味が分からない。私もちょっと落ち着こう。
「一応、誰にも見つかってない隠蔽魔法なんだけど」
「でもこうして見つかってる」
「リタがおかしいだけだと思う」
おかしいは言い過ぎじゃないかな。ちょっとだけそう思いながら、私たちは村の入り口にゆっくりと下りていった。
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