闘技場のある街


 出航してから十日。予定より少しだけ遅れて、船は目的地の港に到着した。遅れちゃった理由はとても単純で、クラーケンに襲われたから。

 船のチェックとかで時間がかかってしまったから、だって。それでもクラーケンが出たわりには遅れが少なかったとかで、船長さんたちにはお礼を言ってもらえた。

 お礼を言ってもらうのって、ちょっといい気分。ちょっとだけ、ね。

 目的地の港町には今までに見たことのない建物があった。街の中心部にあるのは、とても大きな建物。同じ船のリーダーさんが言うには、あそこが闘技場と呼ばれる建物らしい。


『闘技場キタアアア!』

『やっぱりファンタジーといえばこれだよな!』

『参加しようぜ! 無双しちゃおうぜ!』

『これもテンプレだよテンプレ!』


 視聴者さんは私に参加してほしいみたいだけど……。確か、最強を決める大会だっけ、あれは年に一回だったはず。さすがにタイミングよく開催するとは思えない。

 とりあえずはギルドに依頼の報告。闘技場についてもギルドで聞けばいいと思う。

 船長さんたちに手を振って、船を離れる。ギルドは闘技場の側にあるらしいから、のんびり探してみよう。


「街は、前の港町と似てるね」


『たしかに』

『実用性を考えたらこうなった、とか?』


 どうなんだろう。同じ港町だから似てしまっただけかもしれない。そんな中で闘技場だけがちょっと浮いてるけど。あそこだけ雰囲気が違う気がする。

 あの闘技場はどうして造られたのか、ちょっとだけ気になるね。

 のんびりと歩いて、闘技場に到着。本当に大きい建物で、見た目は日本のドームみたいなもの。屋根のないドームみたいな感じ。どうやって造ったのかな。

 闘技場の周りを囲むように大きな道があって、その道沿いの建物はどれも大きめ。三階建てはある。あと、武器屋さんとか食堂とか、冒険者に関わるものはここに集まってるみたい。


『良くも悪くも闘技場を中心に発展した街なんかね?』

『港町に闘技場ができたんじゃなくて闘技場が先にあったのかも』

『さすがに考えたところで分かるわけないさ』


 広い道沿いの建物にギルドもあった。これもやっぱり三階建て。横に広くはないみたいだから、酒場も一緒に入ってるということはなさそうだね。

 ギルドに入ると、中の人が一斉に私を見てきた。


『おっと、これはもしかして、洗礼かな!?』

『さすがに見飽きたけどなあ』

『お前ら自分勝手すぎるだろw』


 私も好き好んで絡まれたくはないから、すぐに受付に行こう。

 受付に向かう間に何かあるかも、と思ってたんだけど、意外と何もなかった。ちょっと睨まれてただけだね。


「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」

「違うよ」

「あら……?」


『依頼人だと思って絡まなかっただけかなこれ』

『ギルドの人の反応だとそれっぽいな』

『じゃあ睨むなよと言いたいw』


 別にいいけど。私としては楽でいいから。

 お姉さんにギルドカードと船の護衛の依頼票を渡すと、面白いほどに目を見開いた。ギルドカードを持って、息をのんでる。そんなに私はSランクには見えないみたい。


「まさか、あなたが魔女……!?」


 そこまで呟いて、お姉さんははっと我に返って勢いよく立ち上がった。そして、叫んだ。


「中止! 洗礼中止! この子、魔女です!」

「うえ!?」

「あっぶねえ、なんか嫌な予感したんだよ……!」


 私はあまり気にしないけど、人のランクをみんなに伝えるのはいいことなのかな。深く関わるつもりはないから好きにしてくれていいけど。

 それでもやっぱり理由ぐらいは知りたい。じっとお姉さんを見ると、申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「申し訳ありません、隠遁の魔女様。この時期になると、腕試しに来た冒険者が闘技場に参加して亡くなってしまうことが多々ありまして……。せめてギルドに来た冒険者は、最初に洗礼をさせていただいているんです」

「ふうん……。闘技場で死ぬって、降参とか受け付けてないの?」

「いえまさか! 降参もできますし、当然ながら相手を殺さないことが望ましいとされています。ですが、武器や魔法を使う以上、どうしても……」

「なるほど」


 詳しく聞いてみたら、闘技場の参加前にはちゃんと確認もしてるみたい。その可能性があることを聞きましたっていう念書まで書かされるみたいだね。

 そんな危ないことやめればいいのにと私は思うけど、地域の文化に口を出すべきじゃないとも思うから黙っておこう。


『はえー。危険なイベントなんやね』

『あれ? でもこの時期になるとって言ってなかった?』

『つまり大会がある……ってこと!?』


 そうなのかな。お姉さんに聞いてみると、私が知らなかったことに驚かれた。

 闘技場での大会は、世界一を決めるとかそういう趣旨の、とても大きな大会が年に一回あるらしい。他にも、参加者を募って参加者だけで行う小さな大会が、二月に一回。

 その小さな大会が五日後に開催されるらしい。優勝賞品は、この国の王様に願いを言って可能な限り叶えてもらう、というもの。かなり曖昧だね。


 それにしても、二月に一回ね……。これ、セリスさんは知ってたんじゃないのかな。私に参加してほしかった、とか……。いや、違うかな。

 多分、今なら王様に簡単に会えるかも、みたいな感じだと思う。そうなら言ってほしかったけど。


「参加って、申し込みが必要?」

「え? いえ、開催直前の飛び入りでも大丈夫ですが……。参加なされるのですか?」

「さあ?」

「ええ……」


 どうして師匠が参加したのかは気になるけど、かといって闘技場に参加するのはちょっと面倒かなとも思う。知ってる人に聞ければいいだけだから。王様に聞いた方が簡単だとは思うけど、五日後だから時間がかかりそうだし。


「んー……」

「その……。今すぐ参加を決めなければいけないわけではありませんし、ゆっくり考えては?」

「ん……。そうする」


 決めるのは後にして、とりあえず宿。宿についたら、日本に行きたい。久しぶりにね。

 お姉さんからオススメの宿を聞いて、ギルドを出る。教えてもらったのは、この大きい道沿いにある大きな宿。大きいけど闘技場参加者向きの宿で、小さい部屋がいくつもある宿らしい。

 賑やかだけど、その分安いんだって。私は部屋を借りるだけであとは森に帰るからなんでもいい。

 宿は、言われた通りに大きい宿。ここもやっぱり一階が食堂になってて、冒険者みたいな人がたくさんいた。


『いままでの宿で一番やばそうw』

『あちこちでケンカ起きてるんだがw』

『宿の人も完全無視なのが笑えるw』


 すごい宿だね。私は関わり合いになりたくない。ご飯は期待できないから、興味もない。

 受付でお金を払って、鍵を借りて部屋に入る。テーブルと椅子、ベッドがあるだけの狭い部屋。船の部屋よりもずっと狭いね。別にいいけど。


「それじゃ、森に帰る。明日は日本に行くね」


『はーい』

『闘技場期待してるw』

『もちろんリタちゃんの自由だからな!』


 闘技場は……うん。考えておく。とりあえず私は美味しいご飯を食べたい。

 鍵をしっかりとかけて、森に転移した。明日はどこに行こうかな?

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