お馬さん
とりあえず、大きな自動ドアから中に入ってみよう。この自動ドアも不思議だよね。とっても便利。両手が塞がってる時とか。
私が入ると、騒がしかった室内が水を打ったように静かになった。
中は、事務所、ていうのかな? たくさんの机があって、パソコンとかいろいろ置かれてる。本もたくさんだ。事務所にいたのは、五人。男の人が三人と、女の人が二人だね。みんな私を見てる。
んー……。どの人が牧場長さんかな? みんな同じ服だから分からない。
「責任者の人、だれ? 牧場長さんかな? 来たよ」
私がそう言うと、はっと我に返った女の人が駆け寄ってきた。三十代ぐらいの女の人だ。その人は私の目の前まで来ると、嬉しそうに声を上げた。
「いらっしゃい、リタちゃん! 待ってたよ!」
「ん。コメントの責任者の人?」
「ええ、そう! あたしがここの責任者! 牧場長ね!」
『マジで女性なのかよw』
『しかもなんだろう、わりとかっこいい系の人やな』
他の四人もこっちに歩いてくる。他の人は分かりやすいほどに驚いてる。
「大事なお客様って、まさかリタちゃんですか……!?」
「それならそうと言ってくださいよ牧場長!」
「サプライズってやつよ!」
「そんなサプライズいらないですよ!」
なんだかちょっと騒がしい。何度か言葉を交わして、みんなが一斉に私を見た。みんな笑顔だね。
「ようこそリタちゃん!」
「馬を見にきたらしいね。ここの馬はみんなかわいいよ!」
「牛もかわいいよ! 乳搾りもやってみる?」
「今日はいつまでいるのかな!?」
結構みんなぐいぐい来るね。すごくうずうずしているのが私でも分かる。ただ、全員で回るとなると、さすがに面倒そう。話を聞くだけでも疲れそうだから。
どうしようかなと思っていたら、牧場長さんが言った。
「はいはい。みんな落ち着いて。リタちゃんの案内はあたしがするから、仕事しなさい」
『さすが牧場長』
『みんなをとりまとめる威厳がありますな』
『これはいい上司』
「えー! 牧場長だけずるい!」
「横暴だ! 職権乱用だ!」
「パワハラで訴えてやる!」
「パワハラは関係ないでしょう!?」
『草』
『これはだめみたいですねw』
ちょっと長引きそうだね。別の牧場に行った方がいいかな?
真剣にそれを考え始めたけど、すぐに話は終わったみたい。案内はやっぱり牧場長さんで、他の人は妥協案として配信を見ながらの仕事が許可された。それでいいの?
とりあえず、出発。まずはお馬さんを見に行くことになった。最初の希望だから、みたい。
「今の時間だと放牧してるから、走ってる姿を見られると思うよ」
「へえ……」
「ただ、結構広いから、少し歩かないといけないけど……」
「平気」
「そう? それなら、歩きましょう」
そういうわけで、私たちはのんびりと歩いてる。こうして歩いていると、本当に自然がいっぱいだ。今まで行った場所はコンクリート、というのがたくさんで、あんまり自然を感じられなかったから、ある意味で新鮮に感じる。
日本は東京みたいな街が多いのかなと思ってたけど、そうでもないんだね。
『牧場とはいえ、広い自然はなんだか和むなあ……』
『都会は便利だけど、田舎暮らしに憧れる気持ちもある』
『隣の芝は青いってやつだろうけどw』
都会もいいところが多いのは私も分かってる。出前とか、とっても便利。ピザもまた食べたい。
しばらく歩いて案内されたのは、柵で囲まれた草原って言えばいいのかな? そんなところ。その柵の内側に、動物がいた。
日本の動物図鑑で見たことがある。馬だ。ちょっと大きめの、がっしりとした馬。競走馬っていうやつかな? なんだか速そう。
「私の世界にいる馬とはなんだか違うね。こっちの方がかっこいい」
『リタちゃんの世界の馬ってどんなのだっけ?』
『過去配信を見なさい』
『わりとずんぐりしてて、馬と分かりにくいw』
多分だけど、速さならこの馬の方がずっと上だと思う。私の世界の馬は、力と持久力を重視されていたと思うから。馬車に繋げるための馬だったからかな。
もしかしたら、探せばこの馬みたいな子もいるのかもしれないけどね、
「あれが日本の馬?」
「ええ、そうよ。サラブレッド。競走馬として走っていた子。一応、重賞でも勝ったことがある馬なんだけど……」
「ん……?」
「気にしないでちょうだい」
『マジかよほんまにいい馬じゃん』
『まあさすがにリタちゃんには通じないだろうけどw』
『そう聞くと、こう、すごい馬に見えますね!』
すごいこと、なのかな? よく分からない。
もう少し柵に近づくと、お馬さんが私たちに気付いたみたい。こちらを見て、そして歩いてきた。私たちの目の前で立ち止まって、じっと私を見てくる。
「ん」
杖を持ってない方の手をそっと差し出してみると、お馬さんが顔をすり寄せてきた。かわいい。
『なにこれかわいい』
『めちゃくちゃおとなしい馬やな』
『気性の荒い馬が多いからきっとこいつも、と思ってたのにw』
すごくおとなしいよ、この子。あと、人なつっこい。かわいい。
「この子はとてもおとなしくて、人なつっこい馬よ。人が大好きみたいで、近くにいるのを見つけるとすぐにすり寄ってくるぐらいに」
でもそのせいで一般公開はできない、と牧場長さんは苦笑していた。食べ物をあげると拒むことなく食べちゃうらしいから、馬にとって悪いものを食べさせる人がいるかもしれない、だって。
そんな人、本当にいるのかな。
『間違いなく出てくると思う』
『この馬のためにも、公開はしない方がいいだろうなあ』
『俺らとしてもこうして見れただけで十分です』
いるらしい。よく分からない変な人がいるんだね。
「ところで、競走馬って何度か聞いたけど、なに?」
「えっと……。見せた方が早いかな……」
牧場長さんがスマホで見せてくれたのは、たくさんの馬が走ってる映像だった。ちっちゃな門みたいなところから、一斉に走り始めてる。ここで走れる馬は競走馬って言うんだって。
「じゃあ、この子もここで走ってたの?」
「そう。一番になったこともあるすごい馬なの」
「おー……。すごい」
もう一度お馬さんを撫でてあげる。気持ちよさそうに目を細めていて、とてもかわいい。このかわいい馬が、あの映像みたいに力強く走ってるなんて、本当にすごいと思う。
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