遊覧船

 軽く周囲を見てみると、何人かが私を遠巻きに見てる。真美みたいな制服を着てる人もいるね。学校はいいのかな?


『サボりでは?』

『まああまり気にしないでやってくれ』


「ん」


 こっちの人の生活に口を出すつもりはないから大丈夫だよ。多分。

 あまり近づいてこないみたいだから、視聴者さんに聞こう。


「遊覧船の場所、どこかな」


 そう聞いてみると、一瞬だけコメントの流れが緩やかになって、そして一気に流れ始めた。たくさんのコメントが、船に乗れる場所を書いてくれてる。港の名前、かな? ここに行ってみればいいのかも。

 スマホを取り出して、港の名前で調べてみる。えっと……。うん。だいたい分かる、かな。さっと転移して、港の上空に移動。あ、あれがお船かな。


 二階建て、と言っていいのかな? 屋根がしっかりとある船で、その屋根の上も柵で覆われていて人が出ることができるみたい。そこからのんびり景色を楽しむことができるのかも。

 お船、楽しそう。乗ってみたいけど、どうやって乗るんだろう?


「勝手に乗ったらだめだよね?」


『それはさすがになw』

『リタちゃん、そこに小さい建物があるだろ? その中の受付に言えば乗れるよ』


「ん」


 お船から少し離れた場所に、小さい建物がある。正面に回ってみると、浜名湖遊覧船乗り場、と大きく書かれていた。ここみたいだね。

 入ってみると、たくさんの椅子が並んでいて、奥にカウンターがあった。椅子にはこれからお船に乗る人なのか、十人ほどが座ってる。みんな、私を見てる。


『いつもの』

『この人たちからすれば予想外に過ぎるだろうからなw』

『ニュースで何度も取り上げられてたし、さすがにみんな知ってる、か?』


 私としてはどっちでもいいけど。

 カウンターまで向かうと、受付の人も口をあんぐりと開けて私を凝視していた。


「お船、乗りたい」

「あ、はい! その、えっと……。遊覧船ですね! ありがとうございます!」


 支払いを済ませて、チケットをもらう。乗船券って書いてあるね。これを持っていけば、船に乗れるらしい。

 まだ時間はあるけど、出発の時間がまだなだけで船に乗ることはできるらしい。お船も見てみたいから、私は先に向かおう。

 建物から出て、少し歩く。お船の側には男の人が立っていて、私を見て一瞬だけ固まった。でも本当に一瞬だけで、すぐに咳払いをして私に笑顔を向けてきた。


「いらっしゃい。配信、見てるよ」

「ん。ありがとう」


『こいつ視聴者かよ!』

『いいなあいいなあ羨ましいなあ!』

『私もリタちゃんに会いたい!』


「船に乗るのかい? 乗船券は?」

「これ」

「確かに。出発はまだ先だけど、それでよければ乗っておいてもらっても構わないよ」

「ん」


 問題ないみたいだから船に乗ってみた。

 船の中はたくさんの椅子が並んでいた。でもある程度の間隔は空けられていて、狭苦しさはない。余裕を持って行き来ができるね。テーブルもいくつかあるから、飲み物を飲みながらのんびり楽しめるのかも。


『ほーん。遊覧船ってこんなんなのか』

『船に乗ることなんてそうそうないからなあ』

『こっちはのんびりとできそう』


 景色を楽しむというよりは、船に乗ってることを楽しむ、みたいな感じなのかな。

 上に続く階段もあって、これを昇れば屋根の上に出られるみたいだ。上っていいかな? いいよね? 上ろう。

 階段の上、天井部分にもいくつか椅子があるけど、こっちは最小限みたい。こっちには窓みたいなものも何もないから、船が動き始めたら風をしっかりと感じることができるかも。


『ちなみにもう少し早い時期なら、カモメの餌やりができた』

『何それ楽しそう』

『冬だけだから興味がある人は調べておけよ』


 カモメって鳥だよね。エサを持ってたらカモメが集まってくるのかな。それは、ちょっと楽しそうだ。さすがにもうどうしょうもないけど。あっちの世界の鳥を連れてくるわけにもいかないし。


「でも、ここでのんびりするのも悪くなさそう」


『せやな』

『最近あっちこっちに行ってるし、たまにはのんびり過ごしてもいいはず』

『だるーんとしようぜ!』


 だるーんとしよう。だるーんと。




 二階の椅子に座ってぼんやりと空を眺めていたら、いつの間にか出航時間が近づいてきてたらしい。さっきの建物の中に人が入ってくるところだった。


「そろそろ出発?」


『多分』

『すでにわりと満喫してそうだけどなリタちゃんw』


 波の少しの揺れを感じながらのんびりするのは、悪くなかったと思う。

 椅子に座っていると、何人かが二階に上がってきた。私を見て、びっくりして固まるのはいつものこと。そろそろ慣れてほしいなとちょっとだけ思ってる。

 まだ出発しないのかなと思っていたら、私の側に女の子が駆け寄ってきた。ちいちゃんよりも幼くて、四歳か五歳ぐらいだと思う。


「じー……」

「えっと……。なに?」

「じー……」


 なんだかすごく見られてる。そんなにじっと見つめられると、ちょっとだけ恥ずかしい。

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