咲那の提案

 子犬もすごくおとなしい。抱かれたまま、とてもリラックスしてる。もしかして嫌だったりするかなと思ったけど、尻尾を振ってるから嫌じゃない、ということかな?

 私が子犬のもふもふを堪能していたら、咲那が言った。


「ねえ、リタちゃん。その子、私の家で生まれた子なんだけど」

「ん」

「よければ、もらってくれない?」

「…………」


 もらう。もらって帰る。つまり、精霊の森に連れて帰ってもいいってこと、だよね。それはすごく魅力的な提案だ。誘惑されそうになる。でも。


「それは、だめ」

「え……?」


 咲那が、そして真美も、驚いたみたいに目を丸くした。


「その……理由とかは、ある? リタちゃんなら、この子を任せてもいいと思ったんだけど……」

「ん。危険だから」

「危険?」

「ん。私が住んでる精霊の森は、すごく危険。私がずっと一緒にいてあげられたらいいけど、出かけられなくなるのはちょっと困る」

「精霊様に預けたりとか……」


 んー……。そっか。私が呼べばいつも来てくれるから、誤解してる人も多いのかも。


「精霊様は、すごく忙しい。私が呼べば来てくれるけど、普段はいつもお仕事してる。私がいない間犬を見ていて、なんてさすがに言えないよ」

「そうなの……?」

「そうなの」


 精霊様は、世界樹の精霊だ。世界樹の精霊の仕事は、世界樹を守ることと、そして世界樹からあふれ出す魔力の流れを管理すること。それは精霊様にしかできない仕事で、代わりがいない。

 だから、犬のお世話まで頼むことはさすがにできないよ。

 そう説明すると、二人とも納得してくれた。


『精霊様ってもしかしてすごく偉い?』

『多分あの世界の頂点だぞ』

『俺は師匠さんの頃から見てるけど、精霊様の上を見たことないな』


 ん。精霊様はすごいのだ。


「ん!」


『謎のどや顔』

『多分精霊様を自慢できて嬉しいんだと思う』

『お母さんを自慢する子供かな?』


 それはよく分からない。


「そっかあ……。でもまあ、仕方ないね」

「ん。せっかく言ってくれたのに、ごめん」

「ううん! 納得できる理由だったし、無理強いなんてしても、ろくなことにならないから!」


 名残惜しいけど、子犬を咲那へと返す。咲那が子犬をケージの側に下ろすと、子犬は自分からケージの中に入っていった。すごく賢い。


「いやあ、それにしても、真美がリタちゃんの友達だっていうのはびっくりした! 何も言ってくれなかったし!」

「ああ、うん。ごめん」

「いやいや! 仕方ないのは分かってるから! 慎重になるのも致し方なし!」


 そう言って快活に笑う咲那。本当に、すごく元気な子だ。それだけでも好感が持てる。真美も信頼してるみたいだし、きっといい子なんだろうね。


「その子犬はどうなるの?」

「里親探すよ、もちろん! 幸せにしてくれる素敵な里親さんを見つけないと!」


 ん。そっか。この世界の犬について詳しくない私は、あまり手を出せることはなさそう。だからせめて、いい人が見つかるように、それだけ願わせてもらおうかな。


「ところでリタちゃん」

「ん?」

「犬? 猫? どっち?」

「急になに?」


 えっと、それは好きな方を聞いてるのかな。犬か猫か。んー……。両方とも、かわいいよね。両方とも好き。でもどっちかと言えば……。


「犬かな」


『よっしゃあ!』

『ちくしょう……!』

『犬派の俺、大歓喜』

『犬派と猫派の争いかこれ』

『争いってほどでもないけどな』


 どっちも好き、でいいと思うんだけどね。

 咲那はそっかと頷きながら、一枚の紙を取り出した。チラシ、かな? それを私と真美に渡してくる。えっと……。犬カフェ?


「そこ、東京で新しくオープンしたお店で、たくさんの犬と触れ合える喫茶店!」

「へえ……」

「最高だったよ!」


 あ、咲那は実際に行ったことがあるんだね。それで、私に勧めてくれたと。

 犬と触れ合える喫茶店。いいなあ。すごくいい。とても気になる。行ってみようかな。


「あ、えっと……。リタちゃん」

「ん? どうしたの。真美」

「その、私も興味あるなって……。一緒に行っちゃ、だめかな?」

「ん。いいよ」


 そういえば、真美と一緒に出かけるっていうのは、あの高い場所に行った時ぐらいだった。せっかく友達になったんだし、友達と一緒に遊びに行くっていうのも体験してみたい。

 友達と遊びに行く。うん。すごくいい。


「いつがいい?」

「土日なら大丈夫」

「ん。じゃあ、土曜日で。楽しみ」

「うん! よろしくね、リタちゃん」


 ん。友達と一緒にお出かけ。すごくすごく、とっても楽しみだ。気付けば頬が緩んでた。


「ん……」

「リタちゃんがすごく機嫌よさそう」

「あはは。かわいいでしょ?」

「うん。すごくかわいい」


 そういうことは言わなくていいよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る