ミレーユの事情

『これは草』

『あいつは何のために森の外に出たんだよw』

『いやこれ、あいつのことだから、森の外側にないことを知らなかったのでは……?』


 あー……。それ、あり得るかも。私もわざわざ精霊様に確認しようとは思わないし。

 ミレーユさんはジュースを一口飲むと、ほっと息を吐き出した。


「やっぱり美味しいですわね……。これは精霊の森で取れるのですか?」

「ん。ただ、浅い場所だと少ないから、わりと危険だと思う」

「そうですのね……」


 とても残念そうだ。多分自分でも取りに来たいと思っていたのかも。でもごめんね、ミレーユさんでも一人だと危ないと思うよ。

 私はそれよりも、少し気になったことがある。ミレーユさんはさっき、やっぱり美味しいって言った。これって、前も飲んだことがあるってことじゃないかな?


「ミレーユさん、前にもこれ、飲んだことあるの?」

「ありますわよ。賢者コウタからいただきました」

「へえ……」


 でもこれ、少量を配って、そして貴族が探してるってことは、師匠が配った相手って貴族なんじゃないかな。それでミレーユさんももらってるってことは……。

 そこまで考えて、気付いてしまった。私は、ミレーユさんのことを全然知らないなって。

 私のことは話したのに、ミレーユさんのことは全然知らない。不公平とかそんなんじゃなくて、ただ、なんとなく寂しいだけ。せっかく仲良くなったんだから、もう少し知っておきたい。


「ねえ、ミレーユさん」

「なんですの?」

「ミレーユさんのこと、聞いてもいい?」


 私がそう聞くと、ミレーユさんは一瞬だけ目を瞠り、そして頷いた。


「ええ、いいですわよ。わたくしに興味がありますの?」

「ん。ある」

「そ、そう……。それなら仕方ありませんわね」


 そう言ってそっぽを向いたミレーユさんの顔は、ちょっと赤かった。


『かわいい』

『やはりツンデレは至高』

『ツンあったか……?』

『こまけえことはいいんだよ!』


 何言ってるのやら。

 とりあえず気になってることは、これかな。


「ミレーユさんって、貴族?」

「ええ、そうですわ。公爵家の長女になりますわね」

「ん……?」

『ちょ』


『まってまってまってまって』

『あかん声だけやとどっちかわからん! 公爵か侯爵かどっちや!』


「それは、すごいの……?」

「すごいかどうかはともかく、格としては一番上ですわね」


『公爵家じゃないですかやだー!』

『悲報、朗報? ミレーユさん、マジで公爵家だった』

『リタちゃん一応説明しておくけど、王家の次の格と思ったらええ』


 王家の次って、それって本当にすごく高いやつ、だよね。もしかしてとは思ってたけど、本当に貴族だったんだね……。


「貴族って、そうそう生活に困らないんでしょ? ミレーユさんはどうして冒険者に?」

「そうですわね……。恥をさらすようで情けないのですが……」


 そこでミレーユさんは言葉を句切った。唇を湿らすかのようにジュースを少し飲んで、続けてくれる。


「王子から婚約破棄されたのですわ」

「こんやくはき」

「はい。婚約破棄です」


 なにそれ。意味が分からなかったのは、私だけだった。


『婚約破棄!』

『異世界テンプレキタアアア!』

『できれば生で見たかったなあ!』


 すごく楽しんでるけど、なんとなく分かるよ。これ、当事者にとっては辛いことだよね。ミレーユさんもすごく辛そう……でもないか。薄く笑ってる。

 ミレーユさんが言うには、ミレーユさんは幼い時から魔法の才能があって、ずっと磨いていたらしい。その魔法の才能が認められて、第二王子と婚約したんだとか。

 政略結婚なんて貴族だと当たり前だから、ミレーユさんもこれには不満はなかったらしい。

 ただ、その第二王子、すごく女好きだったらしくて、真実の愛に目覚めたとか言って他の貴族の子にも手を出したんだって。


『出たよ真実の愛』

『真実の愛www』

『仮にそれが本当だとしても、婚約相手を蔑ろにしていい理由にはならんやろ』


 ミレーユさんも何度か諫めたけど聞き入れてもらえず、その上パーティのさなかに何も知らない罪をでっち上げられて、大衆の面前で婚約破棄を言い渡されたそうだ。


「さすがにまあ、わたくしも怒り狂いましたわね」

「ん……。ひどいね。ミレーユさんさえよければ、ばれない程度に呪いかけようか?」

「いえ、大丈夫ですわ。仕返ししましたので」


「あ、はい」

『ア、ハイ』

『なにそれこわいw』


「腹が立ったので無実の証拠を完璧に用意してお父様に託して、わたくしは家を出ました。つまりあの男は無実のわたくしを責め立て、不当に婚約破棄して、さらには、わたくしが言うのもなんですが、貴重な魔法の才能を持つ子供を外国へと逃がす原因を作った、ということですわね」

「う、うん……」


『こわい』

『すげえ真っ当に仕返ししてる……w』


 あまり詳しくない私でも分かる。それ、王子様の立場がすごく悪くなるやつだ。

 でも、私としてはそれでもあまり納得できない。だって、それでもまだお城にいるんでしょ? 贅沢な暮らしをしてるんじゃないの? ちょっと、やだな。それ。


「それでですね」

「あ、まだ続くんだね」

「え? ああ、はい。もう少しですわ」


 うん。黙って聞きます。


「冒険者として働き始めて少しして、王子が廃嫡されたと聞きましたわ。剣の才能はあったから、冒険者になったようですわね」

「冒険者になってるんだ……。会うの、嫌だなあ……」

「いえ、多分会うことはないですわ」

「え」


 なんだろう、すごく不穏な気配が……。


「一年ほどして、そいつがわたくしに会いに来ましたわ。お前を取り戻せば俺は王家に戻れる、一緒に来い、と。もちろん無視したら、剣を抜いて襲いかかってきましたので……」

「う、うん」

「ぶちのめして憲兵に突き出しました。今頃奴隷になっているかと」

「そ、そうなんだ……」


『ヒェッ』

『わりと容赦なくて草』

『テンプレお嬢様とか言ってごめんなさいでした……』


 その王子様の自業自得だけど、なんというか、すごいね。いやもちろん王子様の肩を持つ気はないけど。なんならその上で呪いかけたいけど。


「まあそんなわけで、わたくしは冒険者になっているのですわ。ちなみに一応、貴族の身分もまだ持っていますので、公爵令嬢かつSランク冒険者、ですわね。おそらく世界で唯一ですわね!」


『それはそう』

『むしろそんなやつが何人もいてたまるかw』


 普通なら冒険者なんてやる必要ないはずだよね。波瀾万丈な人生だ。私としてはミレーユさんと知り合えたから良かったけど。

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