そうだ、地球に行こう


 私はリタ。精霊の森の守護者だ。

 私は幼い頃、この森の入り口で捨てられていたところを、師匠に拾われたらしい。拾われた直後のことはあまり覚えてないけど。

 師匠に拾われた後は、守護者である師匠から直接魔法を教わって、今では私が守護者の立場を引き継いでる。


 魔法を教わっている間、師匠からは多くのことを教えてもらった。魔法のことじゃなくて、師匠の出自とか。

 師匠は地球という世界の日本という場所で生まれ育ったことがあるらしい。そこで死んで、世界樹の精霊によってこの世界に呼ばれたのだとか。

 そのためか、師匠から聞く故郷の話は、とっても不思議な世界だった。


 そして、師匠は転生の特典とやらで、その世界との繋がりを持っていた。

 配信魔法、だって。これを使うと、師匠の故郷と交流ができるとてもすごい魔法だ。最初はどんな魔法か想像もできなかったけど、今となっては私も慣れたものだったりする。

 師匠は守護者の資格と、そしてついでに配信魔法を引き継ぐと、せっかくの異世界だから見て回ってくると森を旅立っていった。それ以来、私は一人で過ごしてる。


 でも、寂しくはない。師匠から引き継いだ魔法を使えば、いろんな人とお話しできるから。もしかしたら寂しくないようにとこの魔法をくれたのかも。

 森でのんびりと過ごしながら、時折異世界の人と話していて。

 私は思った。思ってしまった。この世界に行ってみたい、と。


 いやだって、気になるよ。魔法はないけど科学というものですごく便利な世界。その上、美味しいものもたくさんあるんだとか。

 師匠に作ってもらったカレーライスというものは、すごく美味しかった。それですら、日本のものと比べるとかなり劣っているらしい。

 美味しい料理を、カレーライスを食べてみたい、ということで、私は地球を探すことにした。




 そして、今日。


「見て、精霊様。魔法、作ってみた」


 世界樹の精霊様に紙に書いた魔法陣を見せると、それはもうとても驚いていた。


「嘘でしょう……? 本当に、作ってしまったんですか?」

「作ってしまいました」

「ええ……」


 精霊様は、半透明の不思議な人だ。姿は人族のものだけど、常に宙に浮いていて、けれど世界樹から離れることはできない。足首まで届く長い髪もその瞳もそしてシンプルな衣服も、全体的に緑色。そういうものらしい。

 その精霊様は、私の魔法陣を見て頭を抱えていた。


「信じられません。どうして作れるんですか。私の魔法を解析しただけでも、はっきり言って異常なのに……」

「照れる」

「褒めてませんが」


 精霊様は大きなため息をつくと、まあいいでしょう、と諦めたみたいに首を振った。ちょっとひどいと思う。


「それで、リタ。どうするつもりですか?」

「その前に、精霊様から見て、この魔法はちゃんと使えそう?」


 精霊様に魔法陣を書いた紙を渡すと、精霊様はじっとその魔法陣を見始めた。邪魔をするのも悪いので、黙って待つことにする。

 地球に行ったら何しよう。もちろんカレーライスは食べたいけど、他にも美味しいものがたくさんあるはずだし、漫画とかゲームとか、そういうのも興味ある。

 ああ、そうだ。アニメ。アニメも見たい。他の人の配信ってやつも見たい。ああ、やりたいことが多すぎて困るなあ。すごくすごく楽しみ!


「リタ。聞いてます?」

「聞いてませんでした」

「でしょうね。すごく気持ち悪い笑顔でにやにやしていましたよ」

「…………。気をつける」

「そうしてください」


 私はこれでも、世界に一人だけの守護者だ。こう、威厳というものがあると思う。


「ん? 人に見せることのない威厳に何の意味が……?」

「魔法はもういいのでしょうか?」

「あ、ごめんなさい。聞きます」


 危ない。威厳は必要かどうかは今はいいよね。それに、これから行く地球だとたくさんの人に見られることになるだろうし。異星人代表として、かっこよくありたい。


「この魔法ですが、結論を言えば、問題なく使えます」

「やった! じゃあ、早速……」

「ただし、条件があります」

「条件?」

「こちらの物をあちらに置いて帰らないこと、逆にあちらのものをこちらに持ってこないこと、です」


 んー……。つまり、食べ歩きはしてもいいってことかな。お土産とかで何かを買ってくるのは避けてほしいってことかも。


「あれ? でも私、配信でお菓子もらってるけど」

「森から持ち出さなければ大丈夫ですよ。正確に言えば、この世界の人族の手に渡らなければ問題ありません」


 ああ、なるほど。まあ、ろくなことにならないよね。

 この星も緑と水がたくさんある豊かな星だけど、それでも環境とかは全然違う。私にとっては無害でも、あっちの人にとっては劇毒になる場合だってある、かもしれない。その逆もね。

 そういった事故を防ぐためにも必要だし、事故とかなくても調べられたりとかしたら、それも大変なことになりそう。あっちにはないものだし。


「分かった。気をつけます」

「はい。あなたは普段からよく働いてくれています。休暇だと思って、楽しんできてください」

「うん。他に何か気をつけておいた方がいいことってある?」


 そう聞いてみると、精霊様は少しだけ視線を上向けて考える素振りを見せたけれど、


「特に……ないでしょう……。自由にしても大丈夫。なんなら、すこしやんちゃをしても。どうせあちらの星で何があろうと、私には関係ありませんし」

「…………」


 うん。よし。聞かなかったことにしよう。

 ちょっとだけ笑顔が引きつるのを自覚しながら、私は自分の家に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る