異世界魔女の配信生活 ~いなくなった師匠が残していったものは地球に繋がる通信魔法でした。師匠の真似をして配信してお菓子をもらいます~
龍翠
プロローグ
とある場所に、広大な森がありました。この星で最も広い森で、精霊の森と呼ばれています。森の中央には他の木よりも圧倒的に太く、高く、大きな木があります。世界の魔力の流れを司る世界樹です。
その広い森をたった一人で管理しているのが、守護者です。
守護者は世界樹に宿る精霊により選ばれたり、もしくは異世界から召喚されてきます。選ばれた守護者は、森でのんびりと暮らして見守ることになります。
もちろん、精霊も無理強いはしていません。選んだ者の意志を尊重して、拒否された場合は別の人を探すようにしています。
ですが、今代の守護者は今までの守護者とはちょっと違っていました。
前代の守護者である魔導師に拾われ、弟子となり、そしてそのまま守護者の役目を引き継ぎました。もちろん精霊も承認はしているのですが、それでも今までの守護者とは違う選ばれ方をしています。
そしてもう一つ。今代の守護者は、前代の守護者から引き継いだ、ちょっとした趣味がありました。
精霊の森の奥深く。木造の大きな家があります。二階はありませんが、広さはそれなりにあるでしょう。その家の扉が開かれて、一人の人族が出てきました。
真っ黒なローブに身の丈以上もある大きな杖を持っています。フードを目深に被っていて、顔は見えません。
その誰かは顔を上げて、少しだけ嬉しそうに口角を持ち上げました。
「ん。いい天気」
そう言って、フードを外します。腰ほどもある長い銀髪が風に揺れます。整った顔立ちをした少女は青い瞳で周囲を見回すと、満足そうに小さく頷きました。
「今日も平和だね」
もちろん森のどこかでは弱肉強食の掟に従って動物が殺して食べて、なんてことをやっているのですが、それを含めても平和な朝です。
少女は少し歩くと、家の前にある小さな空き地に立ちました。杖で何度か地面を叩くと、一瞬で地面に魔法陣が浮かび上がります。
そしてさらに地面を叩くと、拳大ほどの大きさの光球が現れました。そして同時に、小さな黒板のような板が光球の側に出てきました。
その黒板を見ていると、少ししてから文字が流れ始めました。
『きちゃ!』
『まってた!』
『リタちゃんおはよう!』
その文字はこの世界の文字とは違い、日本語、という言葉の文字です。ですが少女にとっては見慣れた文字であり、問題なく読むことができます。
「みんな、おはよう」
リタと呼ばれた少女がそう挨拶すると、黒板は挨拶の文字で埋め尽くされました。その様子に小さく笑いながら、言います。
「早速だけど、研究で疲れたので甘いものが食べたいです」
『いきなりすぎるw』
『開幕でいきなりねだるなよw』
『まあ送るんですけどね!』
そういった文字列のあと、リタの目の前の地面にたくさんのお菓子が並びます。ケーキやクッキー、和菓子などなど。リタは頬を緩ませると、早速一つ手に取りました。
草大福。食べやすくて美味しいのでとても好きです。
「うまし」
『うまし』
『誰だよこんな言葉教えたの……』
『俺たちなんだよなあ……』
草大福を食べ終えたリタは、さらに続けてお菓子を食べていきます。一つ一つ、丁寧に感想を言いながら……。
「うまし。うまし」
『うまししか言ってねえw』
『いやまあ、美味しそうに食べてくれるだけで十分だけどw』
送られてきたお菓子をぺろりと平らげたリタは、さて、と咳払いをしました。真面目な話をするとしましょう。
「それじゃあ、研究結果の報告だけど」
『その前に、口の横にクリームついてるぞ』
『ついでにあんこもついてるぞ』
『もうちょっと落ち着いて食べてもいいんだぞw』
「わ……。失礼」
それほど急いで食べたつもりはなかったのですが、少々がっつきすぎていたかもしれません。久しぶりの糖分だったので仕方ないかもしれませんが。
「改めて、研究結果の報告です」
『あいあい』
『前は確か、俺たちの世界が本当に異世界かどうか、だったよな』
『結論ってどうなってたっけ?』
「保留、だね。推測として異世界ではないとしてるけど」
リタの仮説としては、遠く遠く離れた場所のどこか、と考えています。というのも、そもそもとして、
「異世界ってなんだよって話なんだよね」
『それはそう』
『言われてみると謎だからなあ』
『お話の題材としてはわりとあるけど、改めて聞かれると答え方に困る』
異なる世界。言いたいことは分かります。ただ、異なる世界というなら、そもそもとして観測できるわけがないだろう、と考えています。
リタと、そしてこの魔法の向こう側にいる誰かたちは、こうしてリアルタイムで会話しています。それが、異なる世界とやらでできるとは思えません。
まあ、だからといって、あちら側がどこにあるかと聞かれるとそれも分からないのですが。
ですが、ふと思ったのです。こうして魔法で会話をしているのなら、今この魔法は地球に繋がっているはずだ、と。つまりこの魔法を解析すれば、地球がどこにあるのか分かるのでは、と。
「というわけで、師匠から譲り受けたこの意味不明な魔法を解析してみたよ」
『意味不明言うなw』
『意味不明だけどな!』
『解析しようとしてできるもんなん?』
そんな簡単にできるわけがありません。少なくとも、一朝一夕でできるものではないのです。
ですが、リタには師匠から教わった数多くの魔法があります。その魔法の中に、特殊な亜空間を作り出す魔法があるのです。アイテムボックス、と師匠によって命名されたその魔法で作られた亜空間は、中で一年過ごしても外ではたった一時間しか経っていないというものです。
その亜空間内で研究をして、ついにリタは答えにたどり着きました。何年かかったかは内緒です。あえて言うなら、この配信は一週間ぶりだと言っておきましょう。
まあ、それを魔法の向こう側にいる彼らに伝えるつもりはありませんが。
「結論を言えば、異世界なんて存在しない」
『まって』
『それはつまり、お互いがどこにあるか分かったってこと?』
「ん。ばっちり」
『なんと』
『まじかよ』
『え? え? ということは、そっちに行けるかもしれないってこと!?』
「それは無理」
あちら側、彼らが言う地球の場所は分かりました。ですが、気軽に行ける場所ではありません。リタですら、地球に行く方法はこれから確立させなければならないのです。
そう伝えると、具体的な場所を知りたがるコメントがたくさん流れていきます。隠すつもりもないので、リタは素直に答えました。
「地球があるのは天の川銀河」
『うん。うん? それはそう』
『銀河なんて知ってるのか。いやまあ、師匠の入れ知恵だろうけど』
『いや待て、今それに触れるってことは、まさか』
「ん。この世界があるのは、アンドロメダ銀河」
『ちょ』
『まって。いや本当にまって!?』
『いやいやまさかそんなご冗談を』
残念ながら本当です。リタも最初は信じられず、魔法の解析を何度もやり直したほどです。けれど、結論は変わりませんでした。
地球があるのは天の川銀河であり、そしてリタのいるこの世界、いいえこの星があるのは、アンドロメダ銀河です。
「ご近所さんだね」
『ご近所さんのスケールがおかしい』
『どういうこと?』
『説明しよう! アンドロメダ銀河は地球から目視できる銀河なのだ!』
『ただし距離は二百万光年以上』
『ご近所さんとは』
他の銀河と比べると近いというだけの意味です。それ以上はありません。
『その距離を一瞬で繋いでる師匠の魔法、やばすぎない?』
『やばいなんてもんじゃねえよ。師匠が精霊様から与えられた魔法だっけ?』
『精霊様がやばすぎるw』
それについてはリタも同感です。この魔法で解析できたのはごく一部。術式の仕組みなど、リタでは理解できないものでした。
だからといって諦めるつもりはありませんが。とても面白い研究対象です。継続して調べてみようと考えています。
「今回の研究結果はこんな感じ。で、地球の場所も分かったし、次はそっちに行く方法を考える」
『おお、なんかいよいよって感じやな』
『さすがに不可能だろ、て言いたいところだけど、投げ銭ならぬ投げ菓子があるからな』
『この投げ菓子もかなり謎だけどw』
リタから見ても、意味不明が極まった謎な魔法です。
この投げ菓子というものは、表示させている魔法陣をあちら側の人が印刷とやらをして、そこにお菓子を置くことで発動します。何故かお菓子のみ発動します。誰がどうやって区別してるのか、それもやっぱり分かりません。
さすが精霊の魔法。
「正直、不思議を通り越して気持ち悪い」
『気持ち悪いwww』
『言いたいことは分かるけどw』
「うん。まあ、ともかく、次はこれを解析して、地球の正確な位置と転移方法を考えるよ。また気が向いたら配信するから、よろしくね」
『あいあい』
『待ってるよ!』
『うまくいけば異星人が来るってわけだな。胸熱すぎる』
なるほど。確かに異星人ということになるでしょう。不思議なことに、こちらの人族とあちらの人間はほとんど同じのようですが。
リタも地球に行くのがとても楽しみです。実現するためにも、研究を頑張りましょう。
そう考えながら気合いを入れたリタの目に、そのコメントが流れていきました。
『そのがんばりの理由がカレーライスを食べたい、という理由について』
それは触れなくていいことです。
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