第52話 帰れない二人

 レオはわたしの膝枕が気に入ったのかしら?

 彼が目を覚ましたのは、百貨店が終業の時間を伝えるベルを鳴らしていた頃。

 随分と長く、眠っていたみたい。


 わたしはその間、買ったばかりのロマンス小説を読みましたわ。

 これがまた、とても刺激的な内容だったのよね。

 色々と新しいことを知ってしまいましたの。


 新しい世界を知ったとも言いますし、知らない方が良かったとも言いますわ。

 分からないことがたくさん、増えてしまいましたもの。


「……ありえないわね」

「何の話?」

「あら? 起きたのね」


 眠れる王子様のようやくのお目覚めですわ。

 このまま、起きなかったら、百貨店の店内で一夜を過ごす羽目になったかもしれないもの。


「何か、変だよ」

「へ、変ではナクッテノコトヨ?」


 起き上がったレオは怪訝な表情を隠そうともしないので慌てて、目を逸らしましたけどバレたのかしら?

 さっきまで読んでいた本のせいで気になって、つい目が離せなかったのよね……。


 レオが寝ている時にこっそりと試す勇気はないわ。

 もしも、刺激で彼の目が覚めたら、どういう言い訳をするの?

 『美味しそうだったから♪』なんて、答えたら軽蔑されるわ。

 でも、物語の中でヒロインは美味しそうに舐めたりしているのよね……。

 謎ですわ。


「リーナ。また、難しい顔になっているよ。悩みがあるなら、僕に言ってよ」

「え? ええ? そ、そうね」


 悩みの原因が君なのですけど?

 そうは言えないので曖昧に笑ってごまかすしか、なかったわ。




 百貨店を出ると既に夜の帳が下りた空は宵闇の色で彩られていて、散りばめられた宝石のような星々と赤く、大きなお月様が顔を覗かせている。


「すっかり、暗くなってしまったわ」

「帰るんだよね?」


 レオと手を繋ぎ、通りを歩いていたら、辿り着いたのは観光名所でもある噴水広場。

 明るい時間帯に訪れていれば、また印象が違ったのでしょうけど、暗いと風情があるというよりもやや不気味ですわ。


「まさか。今から、帰るのは無理よ?」

「そうなんだ。あっ。お月様がきれいだね」


 ふと空を見上げたレオが急にそんなことを言い出したのでびっくり。


「一緒に見ているからよ」

「そうなんだ。一緒だからか。そっか」


 噛み締めるように言われると恥ずかしいのよね。


 それに帰れないのは嘘よ?

 転移は瞬時にどのような場所であろうとも移動が可能な魔法ですもの。

 夜であろうとも関係なく帰れますし、何なら、寝室に直帰も出来るのよね。


 シュンとしてしょげているレオに悪いとは思っているわ。

 でも、この機会を利用させてもらうけど♪


「そうなのよ。だから、宿に泊まりましょ♪ お食事で有名な宿があるのよ~」

「そ、そうなんだ。何で嬉しそうなのかな」


 嬉しいのがバレてる!?

 本当、君は妙なところだけ、鋭いわね?

 二人きりで誰にも邪魔されないの。

 こんなに嬉しいことはないわ。


「レオ君と二人きりになれるのよ? 喜んだら、ダメ?」

「そうなんだ。僕も……嬉しいよ」


 珍しく、ちょっとだけ口角を上げるだけの笑い方だけど、迷いながらも嬉しいと言ってくれた。

 それだけで、わたしは幸せな気分を味わえたわ。


「エスコートして、わたしの大好きな旦那様♪」

「だ……んなさま? 何、それ? 僕、宿の場所も知らないんだ」

「…………」


 忘れていたわ。

 レオはようやく男女の違いと結婚、お嫁さんについて、おおよそ学んだ程度の常識しかないということを……。

 まぁ、仕方ないですわ。

 わたしが勝手に盛り上がったのが悪いんですもの。


「一緒に行けば、いいわね」

「うん」


 ともに歩んでいると考えたら、悪くないわ。

 君はまだまだどこか、頼り無くて、子供みたいなんですもの。

 今はこれで十分ね。

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