第34話 通りすがりのオーディン

 レオに名前を呼ばれ、差し込んだ光に手を伸ばして、彼の名を叫んでから、わたしの記憶はあやふやですわ。


「うぅ~ん」

「リーナ、大丈夫?」


 まだ頭の中は混濁していて、はっきりしていないですけど、ゆっくりと瞼を開けると炎の揺らめきを見せる紅玉ルビーの色をした瞳がわたしを見つめていました。

 彼の顔に浮かんでいるのは切なさと不安?

 わたしの勘違いではないはず。


 だって、いたわるように優しく、抱き締めてくれているんですもの。

 彼の温もりを感じて、心まで温まるような気がして、幸せ。

 幸せなのに感じる妙な解放感と違和感は何かしら?


「あ、あのね。リーナ。これ、使って」

「え? きゃあっ。レオ君のえっちぃ!」

「いたっ。酷いや、リーナ」


 レオが頬を赤らめて、差し出してくれたのは彼が羽織っていたマント……。

 彼の態度と行動に自分の体を確認して、ついレオにパンチをしていました。

 だって、全身がぬるぬるして、べたべたした粘液性の物質にまみれてますのよ?


 おまけに服があちこち、繊維がほどけているのではなく、溶けてますの。

 レオの顔が赤かったのは服が一部、溶けて、胸が露わになっていたからですわ!

 全く、もう!

 それなのに髪や肌には何の異常もありません。

 服だけが溶けるなんて、おかしいですわ。


「でも、レオのお陰でわたし……」

「リーナ? あれ?」


 レオのマントにくるまれて、彼に横抱きに抱えられていると彼の匂いにざわついていた心が安らいだ気がして、緩やかに意識が遠のいていく。

 ダメなのに抗えないのはレオに抱かれているから……。




 意識がゆっくりと覚醒していく。

 随分と長く、寝ていた気がしますわ。


「ふわぁ~。あら?」


 見覚えのある景色が目に入ってきました。

 いつもの天井にわたしが選んだ薄めの桃色のシーツ。

 わたしとレオの部屋ですわね。


 もしかして、また変な夢を見ているのかしら?


「リーナ! 起きたんだね」


 ギギギと首が軋む幻聴が聞こえた気がして、ゆっくりと声の方に顔を向けると大口を開けて、快活に笑うレオがいました。

 太陽のような笑顔を向けてくれるいつものレオですわ。


 でも、待って。

 どうやって、に帰って来たの?

 それに着替えた覚えがないのにいつもの夜着を着ています。


「大丈夫? 顔色が悪いよ」

「あ、あのレオ……わたしの着替えは誰がしましたの?」

「……僕だよ」

「み、み、見たわね?」

「目隠しをしたから、見てないよ」


 その割に目が泳いでいて、顔が赤いのは多少なりとも見たということかしら?

 レオの場合、素直で正直だから、すぐに態度に出るので分かってしまうの。

 反応がかわいらしいから、仕方ないわね。


「分かったわ。君を信じる。心配かけちゃったし、それくらいは見られても……君になら、かまわないわ」

「う、うん。見えちゃっただけだから……ごめん」


 そう言いながらも顔がどんどん赤くなっていくから、かわいい。

 少なくともそういう反応になるということはわたしのことを女の子として、意識はしているということですわ。


「でも、おかしいわね。体がきれいなのですけど?」

「お風呂で……ダメだった?」

「ダメではないですけど……」

「目隠しをしてたから、きれいに洗えなかったかもしれないんだ。ごめんよ」

「そっちですの!? 」


 汚れていたから、お風呂で洗ってくれたのには素直に感謝したいわ。

 でも、目隠しをして、勝手がわからないのに体をあちこち触られた方が微妙な気分になるのですけど!


「何の話?」


 レオの場合、本当に分かってないみたいですから、純粋に善意でしてくれただけなのよね。

 わたしが変に意識しちゃうのがいけないのだわ。


「何でもないわ。ありがとう、レオ。でも、気になることがあるの。誰が島まで送ってくれたのかしら?」


 それよりも重要な事実がわたしにとっては知るべきことですわ。

 転移の魔法を使えるわたしがいないのに誰がわたし達を送ってくれたのでしょう?


「通りすがりのおじいちゃんだよ。親切なおじいちゃんで『通りすがりのおじいちゃんだ』って、言ってた」

「んんん?」


 通りすがりに転移の魔法を使える人が、偶然いる訳ないから!

 レオ、もうちょっと疑うことも覚えて。


「もしかして、真っ黒の服を着ていて、こんな三角の帽子を被って、片目を隠してまなかった?」

「うん。何で分かったの? リーナ、すごいね!」


 それ、お祖父様オーディンですからね?

 多分、気が付かないで普通に接することが出来るのは君だけだと思いますの。

 ある意味、君のその純粋さは特技だと思うわ。

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