第29話 姫と運命のカード

 「どうしたの?」と訝しむレオの手を引いて、とある売り場の一角に向かいました。


「あれは何かな? カードみたいに見えるけど」

「正解よ、レオ君。あれはカードね。でも、ただのカードではないの」

「どういうこと?」


 見た目は占いや遊戯に使われる手のひらサイズのカードにしか、見えないでしょう。

 普通のカードとの違いは金属製であるとすぐに分かることかしら?

 ただ、その材質が普通ではないのよね。

 白金鋼と呼ばれるミスリルで作られているのよ。


 別名

 何で普通に売っているのかしら?


「あのカードは運命ファトゥムだわ。もしかしたら、ここでわたしが見つけたことが運命なのかしら?」

「リーナはたまに変なこと言うよね」


 はっきりと変だと言われても彼を相手に不思議と怒りの感情は湧いてこないのよね。

 嫌いだって、言われたら、さすがにショックですけど。


「ファトゥムは普通の人間には使えないの。あれを使えるのは多分、わたしを含めても三人かしら? でも、お兄様フェンリルは使える素質があっても使えないから、実質二人だわ」

「スゴイのは分かるんですがねえ。金額もスゴイですよ」


 レオは気が付いていないみたいですけど、ネズミ君は見てしまったのね。

 白金貨一枚の値が付いているのよね。

 真の価値を知らないからこそ、店頭に出しているのに価格はありえないくらいに高いんですもの。


「買うの?」


 眉尻を下げた不安そうな表情のレオがかわいいから、すぐにでも抱き締めて、頭を撫でたいところですけど、我慢!


「買いますわ! わたしを誰だと思って?」

「リーナでしょ」

「そ、それはそうですけど……そうではなくって!」

「お二人さんとも飽きませんねえ」


 ええ、全く。

 レオとなら、ずっと一緒でも飽きたりしないわ。

 彼がそうなのかは分からないけど。




 本当に買ってしまいました。

 素材の買取で十分な資金はあるとはいえ、白金貨一枚はちょっと痛いですわ。

 でも、これが人の世界で闇に埋もれたままになるのを免れたと思えば、正しい投資なのよ。


 杖、剣、杯、護符の四種類が十四枚ずつあるから、合計で五十六枚のカードを扇のように広げるとまるで虹色の金属製の扇子みたいできれいだわ。


 火を司る杖は紅。

 風を司る剣は碧。

 水を司る杯は蒼。

 地を司る護符は金。

 

 どういう風に使うのかは実際に試すのが一番だから、島に帰ってからでいいわね。


「きれいだね」

「え? やだぁ。レオ君ったら」

「え……あ、うん」


 変なレオ。

 反応がおかしいわ。

 もしかして、本当にわたしのことをきれいと言ってくれたのかしら?

 まさか! まさかですわよ。

 顔が熱いわ、レオのせいよ……。




 そこから、二人とも無言になってしまったのは仕方ないと思いますの。

 ネズミ君も空気を読んでいるのか、声を掛けてきませんでしたし……。


「姫さん。こりゃ、百貨店でもレオに合う武器なんて、ないかもしれませんよ」


 わたしもそう思っていたの。

 でも、さっきのやり取りで何となく、言い出せなかったから、助かりましたわ。


「そうね。これだけ、探しても見当たらないなんて、思わなかったわ。伝説とは言わないまでも逸品でもないものかしら? レオには東方由来のあのカタナみたいな武器がいいと思うの」

「さっきの曲がっているのでいいよ」


 それはダメだったでしょう?

 サーベルや曲刀と呼ばれるシャムシールのような湾曲した刀身を持つ剣なら、あったのよね。

 でも、レオの独特の構えから、抜剣して一気に力を放出する技には向いていないわ。


「こうなったら、腕のいい鍛冶師にオーダーメイドで依頼するしかないわ」


 わたしがそう言ったら、レオもネズミ君もギョッとした顔をしたけど、それくらいは普通でしょう?

 ヘルヘイムに腕利きの鍛冶師がいれば、すぐにでも頼めるのですけど……。


 残念ながら、今回のところは一度、諦めて帰島するしかないみたい。


「残念だなあ。折角、こんな人間がたくさん、いる場所来たのになあ」

「そうだね。でも、楽しかったよ」

「わたしは君がいるのなら、どこでも楽しいわ」

「はいはい。ごちそうさんですよお」


 ネズミ君はお道化て、そう言ってくるけれど、これは嘘偽りの無いわたしの気持ち。


 だから、レオがあの太陽のような笑顔を見せてくれるように彼の望んだことを叶えようと思うの。


「え、えっと。帰る前にわたし……お花を摘んでくるわね」

「花を摘むような場所はな」

「レオ。少し、黙ってようか」


 レオに分かってもらえるとは思わなかったですけど、その通りに意味を取ったところが彼らしいわ。

 思わず、微笑みを返したくなるもの。


 名残り惜しいけど、レオと繋いだ手をほどいて、わたしが向かうのは百貨店に入る前に目にした光景の場所。

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