エピローグ〜復讐スルハ我ニアリ〜後編
――――――閑話休題。
「復讐というと、ボクは、ギリシャ神話の『オイディプス王の物語』に登場する復讐の女神を連想するんだけど……」
物思いに耽りながら、ボクが独り言のようにつぶやくと、天竹さんは、クスリと笑う。
「印象的なエピソードですもんね。『復讐の女神』って、たしかに白草さんにピッタリの言葉かも知れません……」
そんな風に、竜司と白草さんの関係性に関するお互いの考察を述べ合っていると、吹奏楽部の朝練習を終えた紅野さんが、教室に入ってきた。
彼女は、仲の良い天竹さんのそばにいたボクに声をかける。
「朝から、黒田くんも白草さんも賑やかだね……私は現場を見てなかったんだけど……黄瀬くん、あの黒田くんの告白って、やっぱり広報部のドッキリ企画だったの?」
思わぬ直球の質問に、面食らいながら、なんとか、平静を装って答える。
「学内の盛り上げに一役買うのがボクたち広報部の使命だけど……その点は、企業秘密ってことで……」
すると、紅野さんは、「そっか……」と、一瞬なにかを考えるような仕草をしたあと、
「もし、黒田くんの告白が本気じゃないなら……私にも、まだチャンスはあるのかな……?」
と、直前の質問以上に予想外の言葉を口にした。
この発言には、隣にいた天竹さんとともに、顔を見合わせるしかない。
親友のクラス委員の発言に、天竹さんが、
「ねぇ、ノア! そのことなんだけどね……」
と、口にしようとした時、教室の入り口が、いままで以上に騒がしくなった。
「くろセンパイ! おはようございます! 病気も完治して、モモカが登校してきましたよ!」
教室のドアの方に目を向けると、ボクと竜司が良く知っている下級生が、そこには立っていた。
彼女は、ボクたち二年A組の生徒の注目を集めることも気にせず、ズンズンと教室に入り、竜司と白草さんが、じゃれ合っている窓際の席に歩いて行く。
「可愛そうな、くろセンパイ……ひと月半の間に、二回もクラスメートの女子にフラれるなんて……くろセンパイの悲しみは、ワタシが癒やしてあげます」
ボクたちの中学校の一年後輩でもあった佐倉さんは、そう言って、白草さんにまとわりつかれたままの竜司の右腕に、絡みつこうとする。
その瞬間、竜司の周囲で季節外れの静電気が、バチバチと音を立てたように見えた。
「あなた、下級生? 二年のクラスに関係ないヒトは、教室から出て行ってくれない?」
「いえ、モモカは広報部に入部することが決まっているので、くろセンパイとは大いに関係があります。アナタこそ、みんなの前で、くろセンパイをフッたんですから、もう関係者ではありませんよね?」
教室への闖入者を牽制する白草さんに、下級生の佐倉さんは、余裕の表情で切り替えしていた。
そんな二人を見ながら、ボクと天竹さんのそばで、クラス委員がつぶやく。
「黒田くん、かわいそう……私が止めなきゃ……」
紅野さんは、そう言って、芦宮高校の火薬庫とも呼ぶべき、一触即発の現場に飛び込んでいった。
「ねぇ、二人とも……ここで、大きな声をあげると周りにも迷惑が掛かるし……第一、黒田くん、とても困ってるよ……」
場を取りなそうとしているのか、二人にケンカを売りに言ってるのか良くわからない発言に、
「「はあ……!?」」
と、竜司を囲む女子二名のドスの効いた言葉が重なる。
それは、フォロワーに《かわいい》を届けることを信条にしている『同世代のカリスマ』と、中学生時代に魅惑的な声で放送を聞く生徒たちを虜にして『放送部のカナリア』と呼ばれた女子が発して良い声色では、断じてない。
その光景を見ながら、やれやれ……と、ボクは再び頭を抱える。
「知ってますか、黄瀬君……ギリシャ神話の『復讐の女神』は、三人いるんですよ……」
窓際でいがみ合う白草さんと佐倉さんのようす、そして、友人の紅野さんを交互に見ながら、無表情のまま語る天竹さんの語り口に、ボクは、思わずゾクリとする。
「やっぱり、ノアのことは、黄瀬君に、キッチリとケアをしてもらわないと……ですね」
隣に立つ天竹さんは天竹さんで、なにやら不可解な言葉をつぶやいた。
一年のうちで、もっとも爽やかな風が薫る季節なのに、なぜ、この教室は、こんなにも湿っぽい空気に包まれているんだろう……?
きっと、次に語ることになるのは、ボクたちが目撃する、
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