第11章〜よつば様は告らせたい〜⑦

〜黄瀬壮馬の見解〜


 A4用紙三枚分にビッシリと書かれた内容に目を通したあと、白草さんは、「フ〜」と息をひとつ吐き、ボクに向かって問いかけてきた。


「これが、名探偵・天竹さんの推理の内容ってこと?」


「名探偵の推理と言えるようなシロモノではないと思うけど……今回のオープン・スクールでの一件についての天竹さんとボクなりの考察ってところかな?」


 そう答えると、会議室の長机でトントンと紙束を整理しながら、再びたずねる。


「いくつか、指摘したいところがあるんだけど、イイ?」


「どうぞ! 訂正するべき箇所があれば、ぜひ聞かせてほしい」


 こちらの返答に無言でうなずいた彼女は、指摘事項を語り始めた。


「まず第一に、わたしは、黒田クンのことをファースト・ネームで呼んだことは無い。もっとも、彼がそうしてほしいなら、断らないけどね」


 少し笑みを浮かべながら語る彼女に、ボクはうなずく。


「第二点は、一人称の表記。わたしは、一人称を文章にするとき、漢字は使わないんだけど……天竹サンも黄瀬クンも、わたしの《ミンスタ》や《トゥイッター》をあんまり見てくれていないのね……残念」


 彼女は、今度は、わざとらしく泣きマネをするような仕草をするので、こちらとしては、こう答えるしかない。


「それは、申し訳ない……もっと、注目するようにするよ……」


 すると、彼女は、


「まぁ、それは別にイイけどね」


と、微笑みながら言ったあと、こんな指摘をしてきた。


「三つ目の指摘は、わたしが確認した動画についてかな。あの時、《YourTube》じゃなくて、『ストーリーズに最近のコンテンツを追加しました』って通知を見て、まずは《ミンスタグラム》の動画を確認したから、ちょっと、ディテールが異なるかな?」


「そうだったんだ……《ミンスタ》の動画の方は、二十四時間で消えちゃうから、視聴したのなら、《YourTube》だと思ってたんだけど……白草さん、もしかして、竜司とボクのアカウントをかなり細かくチェックしてる?」


 今度は、ボクが彼女に問い返す。

 しかし、目の前の同級生は、曖昧に笑ったまま、その質問には答えず、憤慨するように、主張してきた。


「最後に指摘したいのは、紅野サンのこと……クロ、黒田クンのことについては、特に言うことはないけど……紅野サンに対して、わたし、こんなに粘着した覚えはないんだけど?」


「そうなの? アヴリル・ラヴィーンの『Sk8er boi』を情感タップリに歌っていた白草さんのことだから、ナニか含むところがあったと思ったんだけどな……あの歌の歌詞を最後まで見れば、誰だって、そう感じると思うよ? それに、転入してきた日に、竜司が告った相手を熱心に探ってたみたいだからさ……だから、紅野さんと天竹さんは、白草さんを警戒していたんだ」


 相手の語気に気圧されないよう、気持ちを奮い立たせながらボクが伝えると、彼女は、


「うっ……それなら、わたしにも原因があるかもだけどーーーーーー」


と、少し口ごもったあと、再び反論してきた。


「でも、これじゃ、まるで、わたしが、彼女に逆恨みしてる可愛くない女の子みたいじゃない!?」


な……じゃなくて、そのとおりなんだよ!)


 と、反論したくなるところだけど、さすがに、その言葉は、すんでのところで、飲み込んだ。

 それでも、この点については、ボクも天竹さんも引くわけにはいかない。


「その辺りは、白草さんの気持ちを勝手に推し量って、申し訳ないと思うけど……もちろん、今回の件が、あくまで白草さんと竜司の間だけで収まる話しであれば問題はないよ? だけど、自分の知らないところで恋愛アドバイスの標的にされて、振り回された紅野さんは、キミたちのイザコザに巻き込まれた被害者のハズだ……その点だけは、ハッキリと認識しておいてほしい」


 ボクが、キッパリと伝えると、彼女はそれ以上、言い返してくることはなく、殊勝な言葉を口にした。


「そう……たしかに、紅野サンには悪いことをしてしまったかも……彼女、イイ人だもんね……落ち着いたら、お詫びを兼ねて、何か埋め合わせできるようなことをしないとね……」


 意外なほど、アッサリと自らの非を認めた彼女に、少し拍子抜けしつつ、ボクも、白草さんの発言に同意する。


「うん……それが良いと思うよ」


 こうして、お互いに自分たちの思っていることを言い終えた、と感じたためか、小会議室に、しばしの静寂が訪れた。

 その沈黙を破るように、ボクの斜め前の位置に座る同級生は口を開く。


「いま思ったんだけど、なんだか、この会議室に来てからのわたしって、二時間サスペンスの終盤に、崖の上で刑事に問い詰められる犯人みたいね……」


 彼女の発言に、ボクがクスリと笑うと、白草さんは、こう付け加えた。


「ウチの母親は、犯人を追い詰める役の方が多いから、我が家からすると、ちょっと新鮮かも……」


「ドラマみたいに鋭く問い詰めることが出来たかはわからないけど……読んでもらったテキストからもわかるように、今回の推察の大半は、天竹さんが考えたモノだから……当たっている部分は、彼女の功績だよ」


 ボクがそう伝えると、彼女は興味を持ったように食いついてくる。


「犯行動機について、ここまで想像の翼を広げられる天竹サンはスゴイわ……将来、ミステリー作家にだってなれるんじゃない?」


 苦笑いしながら語る白草さんに、無言で同意すると、


「細かな点はともかく、こんなにわたしの心情に想像力を働かせてくれるなら……わたしが回顧録を出版する時は、彼女に執筆を依頼しようかな?」


と、冗談とも本音ともつかない言葉を発した。


「その言葉、天竹さんに、伝えておくよ……」


 彼女の発言に、微笑みながら答えると、同級生は、笑みをたたえたまま、静かにうなずく。

 こうして、天竹さんに依頼されていた内容の確認を終えたところで、ボク自身が気になっていたことをたずねてみることにした。

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