第10章〜どらドラ!〜①

5月6日(土)


「「「せ〜の!!!!!!」」」


「「「わっせろ〜い!!!!!!」」」


 大型倉庫内で円陣を組んだ、体育会系クラブ男子部員有志の面々の声が響き渡る。

中庭に設置されたステージ上で白草四葉たちのライブ公演が終了し、校門から校舎へと続く回廊を移動する竜司たちパレード隊の出番がやって来た。


「さぁ、私たちも気合いを入れて行くよ!」


 ドラムメジャーと呼ばれるマーチングバンドの指揮者を務める吹奏楽部の寿副部長が、部員に対して、喝を入れると、バンドメンバーたちは、静かにうなずく。


「じゃ、シャッター開けます!」


 野球部に入部したばかりの一年生部員数名が、大型倉庫の重たいシャッターを持ち上げると、薄暗かった倉庫内に、五月の午後の明るい陽射しが差し込んできた。


 シャッターを開いた一年生部員が移動式のフロートの内部に移動するのを確認し、ドラムメジャーを務める美奈子が、部員たちに向かってホイッスルを鳴らす。


 すると、四十名編成のメンバーは楽器を構え、さらに彼女が前方を振り向くと、金管のファンファーレに対して木管群が呼応するかたちで、この季節に相応しい爽やかな風を思わせる曲が始まった。


 マーチングの最初の曲は、かつて全日本吹奏楽コンクールの課題曲に選定され、今も高い人気を誇る『五月の風』だ。

 弾むような木管のメロディーが印象的な曲の冒頭とともに、開かれたシャッターの奥から吹奏楽部のマーチングバンドが現れると、校門から中庭、さらには校舎群へと続く回廊の周囲では拍手と歓声が上がり、その音の波は、ステージ前の観客席にも徐々に波及していく。


 そして、四十名の吹奏楽部の行進に続いて、黒田竜司たちの搭乗するフロートが出現すると、拍手と歓声は、さらに大きくなった。


「すげ〜! ユニバのパレードみたい!」


「あれ、何で動いてるの? 電動モーター?」


 観客がさまざまな声をあげる中、移動式フロートの台上では竜司とコーラス部の浦嶋部長ほか四名の部員たちが、沿道の見学者に手を振って歓声に応えている。


 また、フロートの周辺では、男子体操部、女子の新体操部、さらに、ダンス部の精鋭メンバーが演奏曲に合わせた振り付けを行い、パレードに華を添える。


 マーチングバンドの演奏は、フルートとクラリネットの応酬が繰り返される中盤に差し掛かり、この辺りから、周囲の観客から起こる拍手は、手拍子に変わっていった。


 この曲の作曲者自身が、「日本人が苦手な」リズムであると表現している八分の六拍子で構成された楽曲であるにも関わらず、キッチリと手拍子が取れているのは、演奏のクオリティが高いことと、校内にいる中高生の適応力の高さを証明しているのかも知れない。


 フロートの壇上から沿道を見渡した竜司は、観客のノリの良さにつられて笑顔になり、すぐそばで、観衆に愛想よく応じている浦嶋エリと顔を見合わせて、さらに表情をほころばせた。


 パレードは順調に進み、オープニング曲も演奏の後半に入る。


 ここからは、クラリネットとサックスが主体となり、マーチングに参加している紅野アザミたちの見せ場でもある。


 木管楽器のゆったりとした主旋律が流れる中、フルートとピッコロが奏でる装飾的な旋律が小鳥の囀りがイメージさせたあと、三重奏がニ度繰り返され、金管群と木管が呼応して演奏は、佳境に入っていく。


 いったん、スローなテンポになったあと、クライマックスでは、トランペットとクラリネットが奏でる主旋律、金管低音楽器隊が奏でる裏旋律に、中盤から引き続き木管高音群が奏でる装飾的なメロディーが融和し、見事な盛り上がりを見せて演奏が終わる。


 ドラムメジャーの寿副部長が、演奏終了のポーズを取ると、手拍子は、再び大きな拍手と歓声に変わった。


 ここで、行進は一時停止し、紅野アザミをはじめ、最初の曲の演奏を無事に終えたマーチングバンドの面々からは、緊張感から開放されたような安堵の表情が浮かぶ。

 オープニングから盛況となったパレードに、竜司と浦嶋部長は、再び顔を見合わせたあと、グータッチで、お互いの感情を確認し合った。


 ここからは、いよいよボーカル隊の出番だ。


 ドラムメジャーのホイッスルのもと、二曲目の『Twist and Shout』の演奏が始まると、それまで整然とした演奏で規律正しく行進を行っていた吹奏楽部の部員たちが、楽器を左右に揺らしながら、楽しげなようすで楽曲を奏で始めた。

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