回想③〜白草四葉の場合その2〜拾弐

 わたしたち出演者の歌の収録が始まったのは、午後一時すぎだった。


 午前十時半にテレビ局に到着して、控え室に案内されて以来、緊張しっぱなしだったクロは、目に見えて憔悴していることがわかった。


「やっぱり、オレみたいな素人が、こんなとこに来ちゃいけなかったんだ……」


 弱気になるクロに、心配げな表情で真奈美サンも声を掛けるが、その言葉が、どれだけ彼の耳に届いているかは、わからない。


 あるいは、司サンがいてくれたなら、クロの気持ちの動揺も少しは収まったのかも知れないが、こればかりは、わたしたちにどうすることもできない。


 また、運の悪いことに、全部で十名の出演者のうち、わたしたちの収録順は、クロが九番目、わたしが最後という順番になっていた。


 朗々と演歌を歌い上げる男子中学生、プロの指導を受けているとしか思えない振り付けで歌うドレスアップした女子小学生、幼稚園児ながら見事に童謡を披露する女児など、地域限定の放送とは思えない人材が揃っている。


 彼らのパフォーマンスは、舞台経験のないクロを、さらに萎縮させてしまうには十分なものだった。


「ハハハッ……みんな、歌うまいのな……」


 何かをあきらめたように、チカラなく笑いながら、クロがつぶやくと、


「リュージくん! 準備おねがいしま〜す!」


 スタジオ内に組まれたステージの外側で待機していた、わたしたちの方に声が掛けられる。

 プライバシーに配慮してか、出演者はフルネームや実名以外に、名前の一部やニックネームでも出場が可能だった(両親が世間の注目を集めている自分にとって、これはとても幸運なことだった)。


 自分の名前が呼ばれた瞬間、ビクリと身体を震わせたクロは、明らかに緊張し、


「じゃ、じゃあ、行ってくる……」


口から発する言葉は、上ずっていた。


「クロ……」


 がんばって、と声を掛けようとしたものの、そのフレーズはかえって彼を緊張させてしまうかも知れない、と思い直し、わたしは、その言葉をのみ込んでしまう……。


 そして、身体を強張らせたまま、クロは、照明器具に照らされたスタジオの中央部に向かって、ぎこちなく歩いて行った――――――。



 歌の披露が終わり、放心状態になっているクロは、パフォーマンス後に行われるテレビ局アナウンサーのインタビューを受けている。


 公共放送で週末のお昼に放送されている『のど自慢』の番組とは違い、鐘の音などで評価が下されるわけでないことは幸運だったけれど、クロの披露したパフォーマンスは(悪くはなかったものの)緊張感からか、ぎこちなさを感じさせるものだった。


 アナウンサーからも、「ちょっと、緊張してたのかな?」などと聞かれ、彼は曖昧な苦笑いを浮かべている。


 クロが歌っている間、


「なんか表情が硬いな〜」


「緊張してるんじゃない?」


と言った声に混じって、


「経験不足だろ? もうちょっと、場数を踏んだほうがイイんじゃない」


という声が聞こえてきた。


 振り向くと、着物姿の男子中学生らしき人物が立っている。


 思わず、年上の彼をキッと睨みつけてしまったが、幸か不幸か、相手はわたしの視線に気付いていないようだった。


 わたしは、悔しかった――――――。


 せっかくの練習の成果が、生かされなかったことが――――――。


 そして、なにより、楽しそうに歌うクロの姿をみんなに観てもらうことが出来なかったことが――――――。


「次! シロさん、準備おねがいしま〜す」


 案内役のヒトから声が掛かり、わたしの意識は、ふたたびスタジオに戻った。

 スタジオの中央部から、こちらに歩いてくるクロは、意気消沈したようすで、


「あんまり上手く歌えなかったわ……練習に付き合ってくれたのに、ゴメンな……」


 わたしに向かって、チカラなく言葉を掛けてきた。


 クロの言葉に、わたしは、「ううん……」と数度、首を横に振り、


「クロのせいじゃないから……気にしないで……」


と、一言だけ返事をして、ステージ中央を見据え、ゆっくりと歩きだす。


 ふと、この一週間の間の思い出が、頭をよぎった。


 歌声をほめてくれた時の司サンの感心したような声色。


 わたしが歌う姿を熱っぽい眼差しで見つめていたクロの表情。

 

(クロが上手く出来なかった分まで、わたしが歌ってみせる)

 

 わたしの歌に感心を持ち、今日、この舞台に立たせてくれるよう取り計らってくれた司サンのために――――――。


 そして、なにより、人前で歌うことに苦手意識があったわたしの気持ちを変えてくれた、彼のために――――――。


 そう決意した瞬間、わたしのなかで、ナニかのスイッチが入るのがわかった。

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