回想②〜白草四葉の場合その1〜参

 自分の名前のことを細かく追及されなかったことに安心したわたしが、もう一度、「うん」と、うなずいたあと、


「わかった……よろしくね、クロ。わたしのことも、シロって呼んで!」


 そう返事をすると、「おう、わかった!」と快活に応じるクロ。

 ただ、彼は、そのあと、これまでとは異なる口調で、少しためらいがちに、


「――――――なぁ、シロは、女子なのか?」


と、唐突にデリケートな質問をしてきた。

 今の自分なら、


「こんな美少女を男子と勘違いするとか、あり得ないんですけど!?」


と、憤慨しつつ、デリカシーに欠ける黒田竜司の発言に対して、どう復讐リベンジしてやろうか――――――と思案するところだが、この時のわたしは、短く切り揃えた髪に、ロンTとパンツスタイルという小学生男子のような服装だったので、最初に彼が、わたしのことを男子と見間違えたのも仕方のないことだと納得していた。


 その問いに、無言でコクリ、とうなずくと、彼は、


「そっか、こんなこと聞いて、ゴメンな……オレ、女子と話すのは苦手なんだけど、シロは話しやすくて良かった」


と言って、また、ニコッと笑った。


 ただ、クロの言葉に、どう反応して良いものか戸惑い、無言のままでいると、彼は続けて、


「それにしても、スマホも人間も池に落ちなくて良かったぜ! この池に落ちてしまったら、それこそ『ハルヒ』と同じじゃん」


そう言って、ケラケラと笑う。

 その言葉に、すぐに反応したわたしは、


「池に落ちたのは、ハルヒじゃなくて、みくるちゃんでしょ?」


と、返答する。

 すると、


「あぁ、あと、谷口と国木田な!――――――って、それより、シロ、『ハルヒ』観てるのか!?」


彼は、目を丸くして、たずね返してきた。

 わたしは、クロの質問に、「うん!」と、大きくうなずき、


「スマホで調べたら、ここが、『朝比奈ミクルの冒険』のロケ地だって、出てきたから……それで、伯父さんの家からは、ちょっと遠かったけど、ここまで見に来たんだ!」


と、返事をする。

 わたしの返答に、クロは、さっきより、さらに目を大きく見開き、


「マジか!? オレも、家のパソコンで調べて来たんだよ!」


大きな声でそう言って、嬉しそうな顔で笑った。

 その笑顔に、自分もつられて、


「ホントに!?」


と答え、微笑んでいることに気づいた。


 そんなわたしの表情を見ながら、「おう!」と、うなずいたあと、クロは


「そうだ! シロ、このあと、時間あるか? 良かったら、近くのスーパーでジュースと菓子を買ってきて、ベンチで一緒に食わねえ?」


と、魅力的な提案をしてきた。


 彼の言葉には、気持ちを惹かれるモノがあったが、財布を持っていなかったわたしは、声のトーンが下がる。


「楽しそうだけど……わたし、お金持ってない……」


 けれど、クロは、ニカッとさわやかに笑い、


「大丈夫! 今日は、母ちゃんに昼メシ代としてもらってる千円を使ってないから! 節約するために、昼は家でラーメン作って食べてきたんだ! 一緒に行こうぜ!」


と、誘ってきた。


「ホントに、いいの?」


 おずおず、とたずねるわたしに、クロは


「あぁ、行こうぜ!」


と答えて、自分の自転車の方に歩いて行った。


《みくる池》から、自転車で数分の場所にあるスーパーマーケットで、お菓子や飲み物を買い込んだクロとわたしは、再び溜め池に併設された児童公園に戻り、ベンチに腰掛け、色々なことを語り合った。


 クロは、自身自身のことについて、さまざまなことを話してくれた。


・お父さんが、数年前に病気で亡くなったこと

・お母さんは、お父さんの会社を継いで働いていること

・四年生から仲良くなった友だち(ソウマと呼んでいた)のこと

・その友だちと一緒に色々な映画やアニメを観ていること…….etc


「春休みも、ソウマと一緒に映画とかを観れると思ってたんだけどな〜。毎日、習い事に行くことになって忙しいんだってさ……」


「そうなんだ……お友だちも大変だね……」


「いや! 春休み中の習い事を毎日休まずに行ったら、スマホを買ってもらう約束をしてるらしい! あいつは、オレとの友情よりスマホを取ったんだよ」


 クロは、半分笑いながら答えていたが、その表情には、寂しさがにじんでいたことが、わたしにはわかった。

 そのことで、「そっか……」と、つぶやいたあと、言葉に詰まってしまったわたしに気づいたのか、


「それでも、一人で出掛けるのも悪くないかもな! こうして、シロと会えて、話せたし! ホントは、『子供だけで校区外に行ってはいけません』って学校で言われてるんだけど……」


と、イタズラっぽい顔で言いながら、再び笑う。

 そして、彼は、こちらに質問を向けてきた。


「シロは、どこに住んでるんだ? いまは、伯父さんの家に居てる、って言ってたけど……」


 ついに、こっちの話しになってしまったか――――――と感じながら、


「住んでるのは、東京……」


とだけ、小さな声で答える。

 すると、クロは、「そっか〜、東京か〜。遠いよな〜」と言ったあと、


「シロも、大変なんだな……」


と、何かを察したように、つぶやいて、


「もし、シロが話したいと思うことがあったら、なんでも、話してくれ」


そう言って、優しく微笑んだ。


 彼の言葉に、わたしは、「うん」と、小さくうなずく。


 気がつくと、ドリンクとともに、二人で買い込んだ菓子類は、ほとんどがなくなっていた。


「二人で食べると、すぐなくなってしまうな……」


クロは笑って言ったあと、


「なぁ、シロ! まだ時間があるなら、他にも《聖地》に行ってみないか? たしか、この近くには、他にもSOS団が活動してた場所があるハズなんだ!」


と、新たな提案をしてきた。


 彼の申し出に乗って、


「調べてみる?」


スマホを差し出して、彼にたずねると、


「いや! シロが調べてみてくれ……」


 クロは、あくまでスマホの操作を断るつもりだったみたいなので、


『涼宮ハルヒ 聖地 みくる池周辺』


のワードで検索してみる。


 すると、クロの言うとおり、通称みくる池の周辺には、神社、スーパーマーケット(買い物したのとは別の店舗)、野球場、ファミレスなど、アニメの舞台になった場所が点在していた。


「『涼宮ハルヒの溜息』と『エンドレスエイト』で、出てきた場所が多いみたいだね」


 後者の単語に、


「『エンドレスエイト』かぁ……」


と、つぶやいて苦笑するクロに、わたしもつられて、


「え〜と……」


と、微苦笑を返す。

 お互いに、顔を見合わせながら、「プッ」と、吹き出すと、彼は、


「まぁ、せっかくだし、行ってみようぜ!」


声をあげて腰を上げた。

 その声に合わせて、


「そうだね!」


と、わたしも、ベンチから立ち上がる。

 こうして、わたしとクロの二人の春休みの聖地巡礼の旅が始まった――――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る