第5章〜白草四葉センセイの超恋愛学演習・応用〜①
4月9日(土)
「最初のミッションは、なんとかなるにしても、自分からアプローチするとなると、緊張しそうだなぁ……だいたい、頼り甲斐のあるところとか、どうやってアピールすりゃいいんだ?」
カリスマ講師から突きつけられた課題に対して、オレは、腰の引けた態度で質問する。
「そこは、自分で考えてみて! まだまだ、ここまでは入門編だから、こんなところで立ち止まったりされると、困るんだけどな……」
困惑気味に発した疑問に対して、自称『超恋愛工学』のカリスマ講師は、期待する教え子にハッパを掛けるような雰囲気で、挑発的な笑みを浮かべた。
「ここまでやって、まだ初級編って感じなんだ……」
壮馬は、つぶやきながら、引き続き手元のクロームブックに恋愛アドバイザーの講義内容をまとめている。
「次からは、いよいよ実践編! ここからは、具体的なテクニックも交えて説明していくね」
人差し指を立てた白草は、講義の内容が本格化することを告げ、聴講する二人に注意をうながした。
そして、
「この実践編からは、実際のシチュエーションを想定した形式で解説しよっか?」
と、提案してくる。
((どういうことだ……?))
怪訝な表情でお互いの顔を見合わせるオレたち男子二名に対して、恋愛アドバイザーは講義を続ける。
「実践パートの最初は、さっきの『一緒にいると楽しい』アピールの応用編。会話の中で、相手を褒めることと、そして、相手の発言を肯定すること。この二つは、特に重要ね」
「相手の発言を肯定するってのは、なんとなく理解できるが……相手を褒めるってのは、具体的にナニを言えばイイんだ?」
こちらの質問に、彼女はアッサリと回答する。
「男子から女子に対する言葉なら、『かわいいッ!』この一言で十分!」
さらに、カリスマ講師は、
「逆に、女子から男子に対してなら、誉め言葉の『さ・し・す・せ・そ』とかがあるけど……これは、今回の件とは関係ないかな」
と、付け加えた。
しかし――――――。
彼女の後半部分の言葉は、自分の耳には、ほとんど届いていなかった。
「相手のことを『かわいい』って……そのフレーズ、どんなシチュエーションで言えばイイんだよ……」
一人、頭を抱えるオレに、壮馬も、「あ〜、だよね〜」と苦笑しながら、同意する。
しかし、これまでとは異なり、渋い面構えのオレたちに対し、白草はその反応を想定していたのか、余裕の表情で、講義を続ける。
「ま、女子に縁の無さそうな男子には、難易度の高いことかも知れないケド……自然なカタチの会話に落とし込めば、そんなに難しくないハズだから……じゃあ、ちょっと実戦形式で演じてみるね。黒田クンか黄瀬クン、どちらかカメラを用意してくれない?」
講師の唐突な指名に、やや面食らいながらも、壮馬は
「あぁ〜、ボクは講義録をまとめるから、撮影は竜司にお願いしてイイ?」
と、自身の最新型iPhoneを手渡してくる。
壮馬からスマホを受け取ったオレは、春休みに、自分自身が被写体となった失恋動画の時と同じ撮影モードで記録することを提案した。
「なぁ、壮馬! シネマティックモードってヤツで撮影してもイイか?」
「どうぞ、ご自由に……」
微笑を浮かべ、手振りを交えながら許可を与えた壮馬の返答を確認したオレは、カメラアプリを開いてスマホを横向きに持ち替え、ディスプレイに表示された被写界深度の調整ボタンをタップする。
六インチ強のディスプレイには、被写体である白草四葉にピントが合い、背景である編集スタジオの室内が、少しカスミがかって映し出された。
「準備はできた? じゃ、『かわいいッ』の伝え方、実践編いくよ! 実演するから、よ〜く観ててね!」
そう言って、コホンと小さく咳払いをしたあと、四葉は意識のスイッチを入れるように、目を軽く閉じ、昨夜、この部屋に用意されたばかりの高級クッション(本体価格:二万三◯◯◯円也)を両手で持ち上げ、胸の前あたりの位置で静止させた。
そして、竜司がスマホに表示された赤いボタンをタップして、録画開始の効果音が鳴ったことを確認するや、彼女は唐突に、
「『かわいいッ‼』のシチュエーションその1」
と、語り出す。
「『ねぇねぇ! 今日は、ちょっとおめかしして来たんだけど……どうかな?』」
クッションから離した左手で、かすかに可愛らしく髪の毛をかき上げる仕草をしたのち、白草四葉は、再び目の前のそれを両手で持ち直し、小刻みに揺らしながら、やや低くした声で、
「『とっても、カワイイよ!』」
一人芝居を打ち、やや間を置いてから、
「クッ〜〜〜〜!!」
と声を発して、クッションを抱きしめた。
突如として披露されたパフォーマンスに、
「何事……!?」と、講義録の記載の手を止める壮馬。カメラマンとして、スマホを構えたままのオレも、リアクションが追いつかない。
そんな自分たちにはお構いなしに、カリスマ講師は、演技を続ける。
「『かわいいッ!!』のシチュエーションその2!」
「何気ない場面でも、この言葉は有効だよね。たとえば、美味しくご飯を食べてる時なんかに……」
と、シチュエーションの解説を行ったのち、白草は、熟練した腕を持つ落語家のように、お椀の白米を頬張る仕草を取った後、かたわらに置いていたクッションを持ち上げて、小刻みに揺らし、
「『カ、カワイイ……』」
と、またも、やや低くした声で、つぶやくと、
「キャッ〜〜〜〜!!」
と奇声を発して、クッションを胸に抱く。
「………………」
「………………」
沈黙を選ぶより術のないオレたち聴講生二名の反応をよそに、講師役の一人芝居は続く。
「『かわいいッ!!』のシチュエーションその3!」
「あとは……普段、全然ほめ言葉を言わないヒトとかが、目を反らしながら……」
そう言って、被写体の彼女は、両手のクッションにソッポを向かせ、
「『ん……カワイイじゃね……』みたいな!?」
と、より一層低い声でセリフを語ったあと、
「ヒャッ〜〜〜〜! 無理無理無理無理!!」
と、声をあげて、抱きかかえたクッションとともに、そのまま床に倒れ込んだ。
そして、すぐに床から起き上がった彼女は、持ち上げたクッションに向かって、
「ねぇ、いま何って言った? もう一回! もう一回言ってみ!! ねぇ、ねぇ!!」
と言ったあと、
「って、こんな風になるよね!? ね!?」
呆然と彼女の姿を見守るしかないオレたちに同意を求めてきた。
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