第4章〜白草四葉センセイの超恋愛学演習・発展〜③

「校内案内をしてくれたお礼を言っただけなのに、そんなに照れることないじゃん?」


「べ、別に照れてね〜し……」


「え〜、ホントは学園一の美少女転校生と一緒に校内を歩けたことが嬉しかったんでしょ?」


「毎回ツッコミを入れるのも面倒くさいが、自分で言うな!!」


「アレ? わたしは、客観的事実を話してるだけなんだけどな〜」


 その声を耳にした途端、天竹葵の表情が、サッと変わる。

 さらに、さきほどの少し砕けた雰囲気とは打って変わって、再び固い口調に戻った彼女は、壮馬にだけ聞こえる声で訴えかけてきた。


「黄瀬君、お願いです。くれぐれも、白草さんの言動には注意してください。彼女は、きっと何か重要なことを隠している――――――そんな気がするんです」


 歓談しながら階段を降りてくる四葉と竜司の姿を、文芸部員は無表情のまま見つめている。

 すでに、気が置けない間柄といった感じで白草四葉と接している竜司と違い、壮馬は四葉のことを全面的に信頼している訳ではなかったが――――――。


(天竹さん、せっかく打ち解けてくれたと思ったのに……それは、ともかくとして、天竹さんは、どうして、そんなに白草さんのことを過剰に意識するんだろう――――――?)


 その理由がわからないまま、彼は校舎一階に響く友人たちの声を聞いていた。



4月13日(水)


 水曜日の放課後――――――。

 二日前、自称『恋愛塾』のマドンナ講師(!)である白草四葉に出された最初の課題である『紅野アザミへの謝罪と関係の再構築』というミッションをクリアしたオレは、彼女から課された二つ目の課題について、頭を悩ませていた。


 「紅野さんとの仲をフラットに戻せたら、次は少しずつアプローチしていこう! 相手と二人きりになった時、もしくは、別れたあとにメッセージアプリのLANEなんかで、『アナタと一緒にいる時間が楽しい』ってことを言葉にしてアピールしていくの」


 白草は、そんなことを言っていたが、実践となると、コトはなかなか容易ではない。

 まず第一に、クラス委員同士とは言え、紅野と二人きりで居る時間というのは、さほど多いわけではない。さらに、放課後の時間になることが多い、クラス委員の仕事についても、紅野の部活動を優先してもらうため、彼女の負担が少なくなるように、出来ることは、なるべく、自分一人で引き受ける、と言ったばかりだ。


(自分で紅野と二人で居られる時間を減らして、どうすんだよ……)


 自分の発言を少し後悔しながらも、オレは、気を取り直すように、年度初めに学校から各生徒に一台づつ支給されたばかりのクロームブックに向き合うことにした。

 ちなみに、市の教育委員会から支給されているというこのノートパソコンは、壮馬が購入したモノよりも、若干高価なモノらしい。


「へ〜、ボクが買ったのより、軽くてスペックも高い、高価なヤツじゃん! 芦宮あしのみや市も太っ腹だね〜」


と、日頃、行政サービスを肯定することが少ない壮馬にしては珍しくポジティブな見解を述べていた。


 余談は、さておき――――――。


 六時間目にLHRロングホームルームの時間に行った、グーグル・フォームのアンケート機能(使い方は壮馬が一夜漬けで教えてくれた)による今秋に行われる文化祭のクラスの演し物についての模擬投票の集計結果を確認していると、感心したように、担任のユリちゃん先生が声を掛けてきた。


「ふ〜ん、スゴいわね〜。これなら、毎回、生徒ひとりに一枚づつアンケート用紙を印刷しなくてイイものね〜。便利な世の中になったモノだわ……」


「便利な世の中って、先生も学生の頃から、スマホを使ってた世代でしょ? 中年みたいな発言は止めてくださいよ?」


「いや〜、いくら先生がって言っても、中学校とか高校の頃は、学校じゃコンピュータ室でパソコンを触るくらいしか機会がなかったからね〜。令和の時代は、末恐ろしいわ〜」


 若い、と言うフレーズを強調しながらも、中高年のような発言をする担任教師に苦笑しながら、オレは、「配布されたばかりのノートPCを活用してアンケートを取りたい」という自分たちの提案を受け入れてくれた、彼女の柔軟性と生徒の自主性を重んじる方針に感謝していた。

(まあ、単純に、自分の仕事の負担を減らしたかっただけかも知れないが……)


「でも、たしかに便利ですね〜。こういうのがあると、クラス委員の仕事も楽になるかも知れないし……黒田くん、私に使い方を教えてくれない?」


 そう声を掛けてきたのは、授業中は、園田未知が座っているオレの隣の席に腰掛け、ディスプレイを眺めている紅野アザミだった。


「あぁ、モチロンだ……!」


 本当は、壮馬に使い方を教わったことには触れず、見栄を張って、そう答えると、担任教師は、


「ほほ〜う! 今度は、紅野さんにも頼れるオトコをアピールか〜。黒田くんも、案外スミに置けないわね〜」


などと、余計な茶々を入れてくる。


「ナニ言ってんすか? それに、生徒にこういうことを教えるのは、本来、教師の役割なんじゃないですか? 谷崎セ・ン・セ」


 紅野の前で、他の女子の存在を匂わせる、彼女の不用意な発言にやや焦りながらも、抗議の意味を込めて、少々皮肉を利かせた口調で応じると、


「あはは〜。今度、時間がある時に職員室に居るICTサポーターのヒトに聞いておくわね〜。それじゃ、あとのことはヨロシク〜」


と言って、彼女は教室から去っていった。


「逃げたな、ユリちゃん……」


 担任教師の背中を目で追いながら、ボソリとつぶやくと、隣の席の紅野アザミは、「アハハ……」と、苦笑い気味の表情で、クラス委員らしさを見せて、


「谷崎先生も忙しいんだから、あんまりイジメちゃだめだよ……」


と、面倒ごとを回避しがちな我らがクラス担任を擁護する。


「あぁ、それも、そうだな……」


 自分たちの自主性を尊重してくれるという、担任のポジティブな面にも目を向けて、オレも、紅野の意見に賛同の意を示した。

 すると、彼女はいつもの柔らかな表情で、


「でも、谷崎先生も黒田くんに感謝してる面はあるんじゃない? こうして、アンケートをパソコンで集計したりすることでも、かなり仕事が楽になるし……」


と、こちらに配慮するようなことを語りつつ、思わずドキリとすることを口にした。

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