第4章〜白草四葉センセイの超恋愛学演習・発展〜①

4月9日(土)


 超恋愛学の自称・カリスマ講師から、「最初にするべきこと」として出された課題の説明を聞き終えてしばらくすると、カタカタという音を発していた壮馬のキーボード・タイピングも鳴り止んだ。


「ありがとう、白草さん! あとで、見直して清書するけど、最初のアドバイスは、何とか記録できたよ」


 講義録を残すという大役を自ら買って出た壮馬が告げると、白草は満足したように笑みを見せ、軽くうなずく。


「まぁ、いま言った最初の課題くらいは、カンタンに済ませてもらわないとね」


 オレの目を見据え、恋愛アドバイザーは澄ました表情でサラリと言った。


「そこは善処する……白草からのありがたいアドバイスもあるが、に《・》は《・》迷惑をかけちまってるからな」


 有効なアドバイスをくれた講師役に感謝を示すべく、殊勝な表情で答えるが、なにか気に触ることでもあったのか、かすかに白草の眉が動いた気がした。

 そんなオレたち二人の言動には構うことなく、先を急ぐ壮馬がたずねる。


「とりあえず、最初のミッションは竜司にがんばってもらうとして……次は、どんなことをすれば良いの?」


 外部聴講生と言って良い壮馬の質問に応じたカリスマ講師は、即答した。


「関係の再構築が、無事に終わったら、その次は、『アナタと一緒にいる時間が楽しい』ってことを言葉にしてアピールすることね」


「相手と『一緒にいることが楽しい……』って、そんなことでイイのか?」


 オレは、疑問に思ったことを聞き返す。

 こちらの質問に、彼女は、澄ました表情でうなずいたあと、


「昨日も言ったかも知れないけど、告白の成功率を上げるポイントは、『上手に好きバレさせながら相手に意識させる』こと……もっとも、黒田クンの場合は……態度や言動で、肝心の相手以外にはバレバレかも知れないけど……」


わざとらしい素振りで、気まずそうに視線をそらす。

 その仕草に、引き続きタイピングを続けながら、


「プッ!!」


と吹き出した壮馬は、声を噛み殺しながら肩を震わせている。


(おまえは、オレのピュアな恋ゴコロに、まっっったく気付いてなかっただろ!?)


 親友の態度に静かな怒りを感じながら、オレは、再び疑問を呈する。


「そのことだけどさ……相手への好意がバレるのは問題ないのか?」


 こちらの問いに、今度は真剣な表情で答えるカリスマ講師。


「好意がバレる……と言うよりも、相手に『アレ? このヒト、自分のことが好きなのかな?』って思わせることがポイントかな? これは、男女ともに有効な方法だと思ってる」


「そうなのか……?」


「うん! たとえば……そうだな〜、『毎朝、笑顔であいさつをしてくれる』『自分に対するボディタッチの頻度が高い』男の子は、そんな女子に弱くない?」


 白草の発した問いに、思わずドキリとさせられる。

 彼女が挙げた事例のうち、後者はともかく、前者はオレ自身が一年の頃、紅野に対して好意を抱いていた理由そのものだったからだ。


「それは、まあ……」


 曖昧に返答するオレの態度から、何かを察したのか、白草四葉は無表情になり、醒めた口調で、


「ふ〜ん、やっぱり、心当たりがあるの? 男子って、ホント単純……」


そう言ったあと、端的に解説を締めくくった。


「ま、この例からもわかるように、『好き』という直接的な言葉を使わずに、相手に『もしかして、わたしのことが好きなのかな?』と思わせることが重要なの」



4月11日(月)


 クラスの進路アンケートを担任教師に届け終えて、転入生の校内案内をすることになったオレは、隣を歩く白草にたずねる。


「とりあえず、さっきまでの時間で最初の課題はクリアできた、と思う……白草が良ければ、校舎を案内する間に、次の課題について、確認させてもらって良いか?」


 最初の難関をなんとか突破できたと感じて安堵していると、足取り軽やかに歩いているアドバイザーは、こう問い返してきた。


「わたしの言ったこと覚えてる?」


 その問に、オレは、二日前の白草の言葉を思い返す。


「『アナタと一緒にいる時間が楽しい』ってことを言葉にしてアピールすること」


 さらに、彼女は、その日の解説で、補足としてこんな言葉を付け加えていた。

 

「この言葉を言ってもらった側は、自分が必要とされている、と認識することで自己肯定感と相手に対する好感度が上がるでしょう?」


 アドバイザーの助言を反芻しながら、


「相手と居る時に楽しいと思ってることを伝える、か……」


オレがつぶやくように言葉を発すると、講師役はすぐに反応し、人差し指を立てながら、取り澄ました顔で、


「そう! ホントは、こういうことは、大げさに告白する前に、ちょっとずつ布石を打って行くモノなんだけど……」


そう語ったあと、


「まぁ、それを今さら言っても仕方ない、か……」


と、こちらに目線を向けながら、悪戯っぽく笑った。

 彼女の表情と言葉に、


「うっ……」


と言葉に詰まるオレをニヤニヤと見つめながら、四葉は続けて問い掛ける。


「じゃあ、次に言ったことは? 黒田クンは、ちゃんと思い出せるかな〜?」


 カリスマ講師の挑発的な問いに、オレは再び土曜日の編集スタジオ内で行われた彼女の講義内容を思い出す。


「その次は、女子と男子でアピール方法が変わるけど……女子なら、あざといと思われるくらいの可愛さアピール。男子なら、頼り甲斐のあるところをアピールすることが有効かな?」


 白草の口からは、スラスラと自身の見解が述べられた。

 さらに、彼女は笑顔を浮かべながら語る。


「もっとも、黄瀬クンみたいなタイプの男の子なら、可愛さアピールで、《あざと系男子》を目指すのもアリだけど……年上の女性とか、キャリア女子には需要が高いと思うよ?」


 楽しげに語る彼女に対し、それまで淡々とキーボードを叩いていた壮馬は、


「ウゲッ……」


と、小さく声をあげ、わざとらしく顔をしかめて、その気がないことをアピールしていた。

 その時のことを思い出しながら、


「頼りになるところをアピールか……」


と、独り言のようにつぶやくと、「良く出来ました」と言うようにうなずく白草。


「そう言えば、さっき、ユリちゃん先生も、そんなこと言ってたな?『頼れるオトコはモテる』とかなんとか」


 再びつぶやくように言うと、隣の転入生はは、


「でしょう? 黒田クン、谷崎先生の言葉に、露骨に反応するんだもん。可笑しかった」


 そう言ってクスクスと笑いながら、教え子の反応を確認するように付け加える。


「でも、これで、わたしの言っていることの信憑性が増したんじゃないかな?」


「まぁ、ユリちゃん先生が、どういう意味で、あんなことを言ったかはワカランが、たしかに、白草の解説は個人的な見解ってコトではなさそうだな……」


 竜司が彼女に同意してうなずくと、カリスマ講師は余裕タップリの表情で、「ウンウン」と、うなずき返し、


「紅野サンの負担を減らすために、『クラス委員の仕事をなるべく引き受ける』って言ったんでしょ? ちゃんと、次の行動につなげることが出来て、エライエライ」


と言いながら、右手を伸ばし、オレの頭を撫でようとする。


「ちょ……子供扱いするんじゃね〜よ!」


 思わず赤くなり抗議の声を上げるオレの表情を確認し、コロコロと楽しげに笑う白草。


「大事なのは、言ったことをキチンと実行できるかどうかだから……紅野サンに安心してもらえるように、ちゃんと仕事をこなさないと! しっかりね、委員長!」


 転入二日目の放課後、転入生は、校内を案内させながら、隣を歩くオレの肩を軽く叩く。

 そんな風に談笑を続けながら、各学年の教室のある本館とは別棟になっている芸術棟の四階にある音楽教室の入り口付近に来た時、白草四葉はガラス張りの窓に近寄り、校舎の南側に広がる景色に目を向けた。

 そして、大きなグラウンドを挟んだ学園の敷地外に広がる新池と呼ばれる溜め池を見下ろしながら、


「あの池って、ココからは、こんな風に見えるんだ……」


と、目を細めてつぶやく。

 そんな彼女の姿が、オレの目には強く印象に残った。

 たっぷりと、一時間近くかけて校内の案内を終えて、二年A組の教室に戻って来たオレたちは、通学カバンを取り、生徒昇降口へと向かう。


「今日は、ありがとう! 黒田クンの案内が上手だから、一緒に校舎を回れて、とても楽しかったよ!」


 別れ際、白草四葉は、そんなことを口にした。


「いや……別に、特別なことはしてねぇよ」


 やや視線を反らし、後頭部を指で掻きながら返答する。


「ううん……黒田クンって、頼りになるんだな、って思ったよ! これからも、ヨロシクね」


 彼女は、オレの視線が戻ったことを確認したのか、ニコリとした表情で、こちらの目を見据えながら、手を握りながら、そう言ってきた。

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