第3章〜白草四葉センセイの超恋愛学演習・基礎〜⑤
しかし――――――。
「そっか……」
と、つぶやくように口にした彼女は、すぐに表情をやわらかなものに変えて、語り出した。
「わたしは、その動画を視ていないから、内容については、なにも言えないんだけど……できたら、もう、こういうことは止めてほしいかな……」
紅野アザミの一言に対して、申し訳ない気持ちから、全力で頭を下げて、
「本当に済まない」
と申し添える。
すると、やや明るい声で、
「でも、今のところ、黒田くんの動画のことについて、たずねて来たのは白草さんだけだし、それ以外では、何か問題があったわけじゃないから、気にしないで」
と、フォローするような言葉を掛けてくれた。
その一言に、こちらが意外そうな表情を返したためか、紅野は、さらに言葉を付け加える。
「それに、もし、これからも黒田くんが私に変わらず接してくれるなら……そういうことを気にするヒトもいなくなるんじゃないかな?」
そう言って、彼女は、茶目っ気のある笑顔を見せた。その様子は、さっきのはにかんだ表情以上に、普段の紅野アザミが見せるソレとは異なるモノだった……。
彼女の笑顔と発せられた一言に、動悸が早まるのを感じつつ、何より、救われた気持ちになって、
「あ、あぁ! たしかに、そうだな……」
と、同意する。
「うん! いま言ったみたいに、白草さん以外は、わたしのことを特に気にしている様子は無いみたいだから……これからも、変わらずに話してくれたら嬉しいな」
朗らかな声で返答する紅野に対して、またも名前が出た転入生のことを念頭に置きながら答える。
「わかった!白草のことは、オレの方でもケアしておく……さっき言ったように、動画の件での罪滅ぼしってわけじゃないが、こちらで出来ることは、何でもさせてもらおう、と考えてるから!」
オレの言葉に、
「うん!ありがとう」
と、すぐに返答してくれた彼女は、
「じゃあ、ちょっと、相談したいことがあるんだけどイイかな?」
そう付け加えたあと、こちらの反応をうかがう。
「あぁ、オレに出来ることなら、ナンでも言ってくれ!」
快く返答すると、紅野は、自身が所属している部活動と関わる、こんな内容の相談を持ちかけてきた。
「私が、吹奏楽部でサックスを担当していることは、黒田くんも知ってると思うんだけど……」
彼女は、そう切り出したあと、
「二年生になって、今年からソロを担当させてもらえることになりそうなんだ! そのためには、今まで以上に、練習時間を取りたいんだけど……クラス委員の仕事は放課後に残ることも少なくないでしょ? 先生から頼まれて、クラス委員を引き受けたけど……ちょっと、困ってるんだ」
人差し指で頬をかきながら、苦笑し、悩みを打ち明ける表情の中に、彼女の気持ちが表れているように感じる。
教師やクラスメートからの信頼が篤い紅野アザミだが、彼女が、頼まれると断れない性格であることは、去年、クラス委員の仕事をともに務めてきたことで、多少なりとも把握しているつもりだ。
――――――で、あれば、自分ができることは、ひとつだ。
「そうだったのか……それは、大変だな。そういうことなら、クラス委員の仕事が放課後に長引く場合は、なるべくオレが作業を担当させてもらうよ。紅野は、遠慮なく練習に打ち込んでくれ!」
そう申し出ると、彼女は、目をパッチリと開いて、
「えっ!? いいの?」
と、驚いた表情で問い返す。
「あぁ! 去年は委員の仕事で、紅野に助けてもらうことが多かったからな……今年は、オレに仕事を引き受けさせてくれ。なにより、紅野の演奏が楽しみだし……少しでも、そのチカラになれるなら、な……」
なるべく、彼女が気を使うような言い方にならないよう、気を付けながら、そう返答すると、クラス委員の女子は、遠慮がちに問いかけてくる。
「でも……迷惑、じゃないかな?」
「大丈夫! 紅野は、普段から色々と仕事を頼まれがちだろ? もし、やらなきゃいけないことが多くて困ったら、いつでも、オレを頼ってくれよ」
少しでも彼女に安心してもらおうと、自分の胸元を手のひらで軽くパン、パンと叩きながら答えた。
その仕草が功を奏したのか、彼女は、安堵したような表情を見せ、
「そっか……ありがとう、黒田くん」
と、感謝の気持ちを素直に言葉にしてくれた。
その一言に、自分の気持ちが、スッと楽になったことに気付く。
この程度のことで、彼女に無断で、自身の失恋に関する動画をネット上にアップロードしてしまったことに対する償いができるとは考えていないが、紅野アザミ自身が本来打ち込みたいと考えている活動に集中してもらえるなら、多少なりとも、彼女の役に立つことが出来ている、と考えて良いだろう。
それに、なにより、紅野アザミのソロパートを聞くのが楽しみなのは、本当だ。
自分の所属するクラブの活動上、他の部活動にも興味・関心を示すようにしているが、親しく話す仲であるクラスメートの活躍の場となれば、関心の度合いはケタ違いだ。
彼女の『見せ場』を盛り上げることに少しでも貢献できるなら、嬉しい限りである。
まぁ、クラス委員の仕事で手が足りなくなれば、ネットへのアップロードの共犯者(個人的には、ヤツが主犯だと言いたいところだが)として、壮馬に手伝わせれば良い、という算段もある。
そんなことを考えながら、
「いや、そんなに大したことじゃないから……」
照れた表情で答えると、紅野は
「ううん」
と、柔らかな表情で首を振って、明るい声を返してくれた。
「黒田くんに相談して良かった! 私も出来る時は、キチンと委員の仕事をするつもりだから、困ったことがあったら、いつでも言ってね!」
「あぁ! 紅野の演奏、楽しみにしてるから練習がんばってな」
そう声を掛けると、朗らかに「うん!」と、彼女はうなずき、
「頼りにしてるよ、いいんちょサン!」
やや冗談めかした口調で言ったあと、オレの二の腕あたりを軽くポン、ポンと触れる。
「おう、任せてくれ!」
こちらもサムズアップをしながら、快活に答え、
「それじゃ、早速、まとめた書類を職員室に持って行って来る。紅野は、そのまま部活に向かってくれてイイから」
と付け加える。
すると、彼女は、
「ありがとう! 実は、今週の新入生向け部活紹介で、早速、ソロパートがあるんだ……曲目は、『ニュー・シネマ・パラダイス』。黒田くんは、映画を観るのが好きなんだよね? この曲は、知ってる?」
と、自身の演奏の場を告げ、こちらに質問を投げかけてきた。
「あぁ、良い曲だよな! 映画も観たことあるぜ! ただ、壮馬ほど古い作品に興味があるワケじゃないから、あの印象的なテーマ曲以外、映画の内容はあまり覚えてないけどな……」
苦笑しながら答える。
「そっか! じゃあ、私たちの演奏も楽しみにしてて! 黒田くんたちも、部活紹介に参加するんだよね?」
「おう! オレと壮馬は部活の紹介側じゃなくて、動画の上映担当だけどな」
「そうなんだ。その時に時間に余裕があったら、ぜひ演奏を聞いてほしいな」
紅野アザミは、そう言ったあと、チラリとスマホの時計に目をやった。
「あっ、こんな時間……それじゃ、今日はお言葉に甘えて、お先に失礼させてもらうね」
「おう! じゃ、先に職員室に書類を持って行ってくるわ。あとのことは、こっちで済ませておくから……練習、がんばって!」
そう返答して、オレはプリント類をまとめ、教室をあとにすることにした。
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