三題噺「冷や汗」「告白」「花畑」
はちみつプログラム
「冷や汗」「告白」「花畑」
僕はいま怒られている。
目を瞑って頭を抱え、ぶるぶると小刻みに足を震わせ、僅かに鼓動が高鳴るのを感じている。
女は唾が飛ぶほど罵声を浴びせられ、その内容に僕は心が地面に叩きつけられて、これでもかと踏み躙られる苦痛と恐怖、そして腰の一部に熱が集まりマゾヒズムが膨張する。
そっと目を開けると、そこには誰もいない。
見慣れた自分の部屋の壁がある。
家には部屋の中には僕しか居らず、怒鳴り散らす女の姿はいない。
だが目を閉じて瞼裏に現れるのは、僕が密かに思いを抱く、学校の同じクラスの女の子。
彼女は容姿端麗、性格は優しく人気者で、僕すぐ隣に席に座っている。
……。
今日の放課後の事だ。
誰もいない教室。自分を除いて、は。
すべての授業が終わり、部活に励む彼らとは違って帰宅部の僕は、放課後を三十分ほど昼寝をしていた。
目を擦って起きた時、針は十分しか経っていなかった。起きた原因は隣の彼女だ。
青空にバックに、窓から入り込む風が彼女の綺麗な髪を揺らす。そっと左手を額横に置いて顔にかかる髪を抑える。
彼女の右に座る僕は、流された髪が顔に当たり、鼻腔をくすぐる良い香りがした。何のシャンプーを使っているのだろうか、それともリンス?
なんてことを考えていると、隣のいる彼女がこちらを見て、
「ごめんね、髪がかかっちゃって」
彼女が愛想笑いで謝ってきた。
僕はすぐさま反応した。
「大丈夫! 気にしてないから」
「そう? よかった」
彼女は笑った。
途端、すっと表情はいつもと変わらないものになり、机の上に出した教科書やノートをバックの中にしまい込んで、帰りの準備を着々と終わらせる。
あぁ、会話が終わったのか。
それを理解するのに、時間が必要とするとはこれまで思ってもみなかった。初めて感覚だ。
友人と話し別れたとしても、そんなことは考えたことはない。
あぁ……切ない、のか。
僕がのろのろと帰りの準備を進めているのに、彼女はてきぱきと手慣れた動きで終わらせる。
長く彼女と居たくてゆっくりと、なんてしてる間に彼女は立ち上がって、僕の後ろを横切っていく。
僕は、僕は会話を終わらせたくない。
そんな気持ちが揺れ動き、
「匂い!」と、叫んでしまった。
彼女は驚いてこちらへ振り向く。
やっべ。
僕は考えなしに先走った口を縫ってやりたい衝動に駆られる。
彼女は長い艶のある黒髪を鼻下の寄せて、「臭かった?」と首を傾げて問うてきた。
いや、まだ大丈夫。
まだ巻き返せる。
首筋に冷や汗が流れる。
「い、良い意味で!」
彼女は眉間に皺を寄せた。
気持ち悪がられてることだろう。
「臭かったんだ……」
「い、良い意味で……」
「良い意味って?」
なんて答えたら良いか。
なんて答えたら正解に、彼女と仲良くなれる道に行けるだろうか。
とにかく何か返事をと、
「甘かった」
感想を言ってやった。
彼女は「そう」とだけ言うと、腕を上げた。
「もしかして、こんな臭いがした?」
「え?」
「近くに寄って」
僕は何のことなのだと、言われるがまま近づくと、彼女は僕のネクタイを引っ張り、強引に首をワキに突っ込む。
唐突のことで頭が真っ白になった。
僕らは髪の“匂い”について話し合っていたと思っていたのに、なぜワキに……! いや、これは?
「甘い……」
「ん……」
彼女はやはりといった表情をする。
ワキから発生する強い臭いが、僕の鼻を刺激し、いやでもなぜこんな甘い臭いが? と一分ほど嗅いでいると。
突然頭が腕に抑えられ、強く締め付けられる。
これは、ヘッドロック!?
「嗅ぎすぎ」
彼女は蔑んだ視線を、固定された僕に浴びせるのを、横目で捉えた。
そして、ヘッドロックから解放されると彼女は自分の身に起きた出来事を語った。
「少し前から、ワキから変な臭いがしてきたの。調べてみたら、ミルク臭のするワキガみたいで……。多分、はちみつパンケーキの食べ過ぎで、糖尿病が起こした結果だと思うの。……塗り薬やシートで臭いが外に出ないよう注意して来たけど、悪化してるの、かな……」
ワキガで困っている彼女に、僕はタイミング悪く匂いの話をしてしまうなんて。僕はなんて馬鹿なんだろうか。
深刻そうに暗い顔をする彼女。
なんとかしてあげたい。
「あのさ、僕はワキガになったことはないし、君の辛さはわからないけど、君を幸せにすることは出来る」
「どうやって?」
「君のワキの臭いが苦痛に感じない、寧ろずっと嗅いでいたいくらい好きだ。付き合って欲しい」
「えぇ……それって君が幸せに出来る方法じゃない? 話が合わないんだけど?」
「明日の休日、連れて行きたい場所がある」
「それってデートってこと?」
「そうだ」
「えぇ……」
……。
かくして僕は強引にも彼女の彼氏? 枠を勝ち取り、デートへと持ち込んだ。
家に帰り、自室まで走るとバックを乱暴に投げ置く。
ベット座り、目を閉じて妄想をする。
僕は女性と付き合ったこともなければ、デートの経験もない。
だから僕は、あらゆることを想定する。
どのようなことが起きようとも、スマートに解決させる為に。降って湧いたチャンス? だ。この好奇を逃すわけにはいかない。
何事も起こり得るかもしれないで、考えるべきだ。
今は彼女が怒った場合を想定していたが、これはこれでありなので解決したとする。
まずデート場所をどうするべきだが、彼女の臭いが気にしない場所に連れて行こう。
となれば、個室だろうか。自分の部屋はないな。それは、性的な警戒されるだろう。
カラオケはどうだ、二人だけの空間で臭いを気にせず楽しめるかもしれない。
だが、小腹が空いてスタッフが注文した料理を運んだとしよう、彼女の臭いに気づいた反応で彼女が傷つくかもしれない。
ならば、外だ。
外なら何がある。
海、山、森、街。
どこも遠出になりそうだな。近場なら……花畑だろうか?
良いかもしれない。
辺り一面に広がる花畑。美しい色彩に花の香りが漂い、僕と彼女のデートは良い雰囲気なるかもしれない。
だが、そんなデートでもトラブルは起きるものだ。どんなトラブルにも対応できるよう、想定してみよう。
デートのトラブルといえば、ナンパだろうか。
不良が彼女に声をかけたと想定しよう。
「よう、そこのかわい子ちゃん。俺と一緒に遊ばない?」
「や、やめてください」
「やめろ!」と、ここで僕が割って入る。
「ちっ、彼氏連れかよ」
「ありがとうございます! 頼りになるのね」
行けるかもしれない。
……いや、そううまくいかないかもしれない。
「うるせぇ、この野郎!」と殴って来るかもしれない。
そこで僕は拳を躱す……。
僕は自室を出て、隣の妹の部屋の扉を開ける。
「ノックしろや」
「突然ですまない。殴ってみてくれ」
「えぇ……」
妹はベットから起き上がると、スマホを置いて近寄ってくる。
ばちんと、男の頬が強く弾かれる音が家に鳴り響く。
「妹にビンタされた感想は?」
「避けれなかった……」
「避ける? ボクシングでも始めるの?」
「いや、喧嘩のシミュレートだ」
「えぇ……」
「もう一回頼む」
妹が再びを手を挙げて迫ってくる。
僕は「来た」と思いっきり避ける。
その時だ。後頭部に強い衝撃が走り、頭を抱えて倒れる。
「あぁ! ドアに穴が!!」
「わかった。僕に喧嘩は無理だ」
「ねぇ! それよりドアが!」
なんということだ。
僕は三つ下の妹の攻撃すら躱すことができないのか。
こんなんじゃあ、不良の拳なんてもっと無理ではないか。どうすれば……。
「…………僕は、逃げる」
「逃げんなあ!!」
自室に戻る。
シミュレートして正解だった。
僕は冷や汗をかく。
危うくデート先で酷い目に遭うところだ。
後ろで妹がうるさいが、今はデートだ。
不良対策はなんとかなった。かもしれない。
次はそうだな、花畑といったら蜂が来るだろうか?
彼女の蜂が近づくかもしれない、そこで僕が蜂を掴んで握り潰そうとするかもしれない。
……ふと、スマホを取り出す。
「花畑、蜂、何が出る?」
『スズメバチ』
「えぇ……」
種類こそ多いが、ほとんどの種が体長約二センチメートル、一円玉ほどの大きさだ。
それを握り潰すと想定しよう。
スズメバチを……毒針があるかもしれない。
手に食い込むかもしれない。
ダメかもしれない。
「ちょっと兄貴! ドアどうするの!」
「悪かった、代わりに俺の部屋で寝てもいい」
「えっ!」
「そうか! 手袋をすればいいのか!」
「え、手袋? ……それより、その、一緒に寝てもいいの?」
「ああ」
「わかった。部屋から、お布団持ってくるね」
さて、これで蜂の問題は解決、したかもしれない。
ふう、と冷や汗を拭う。また想定が正解へと導いてくれた。
後は、彼女がワキガで困っていたと想定しよう。
僕は困ってないが、彼女はそうもいかないだろう。ならばどうするべきか。
「……そういうば、彼女のワキガの原因は糖尿病によるもの。これ以上酷くならないようにするためには糖尿病を改善する必要がある?」
糖尿病を治す方法しては色々あるが、最も効果的なのはスポーツとのこと。
「彼女にスポーツをさせるには、そうか! あれがあれば!」
「持ってきたよ! そ、それじゃあ一緒に寝ようか……」
かくして僕は、数々のトラブルを妄想を働かせながら、想定しながらも就寝にする。
全ては万全。
用意周到だ。
…………翌朝。
「デートに誘ってくれてありがとう。半ば強引だったけど、花畑に連れてきたのは嬉しかったから許す」
「言っただろ? 君を幸せにすることは出来るって」
「うん。でもひとつ聞かせて。なんで、ボクシンググローブしてるの?」
「君を不良や蜂から守るため、そして君にこれを渡してスポーツをさせる為さ。これで糖尿病対策はバッチリだ!」
「そう……。ちょっとこっちに来て?」
「ん? あ、や、ちょっと待って!」
「デートにそんなの着けてくる奴なんていないわよ! 馬鹿じゃないの! くらえヘッドロック!!」
その後、なんのトラブルもなく、デートは成功した。
三題噺「冷や汗」「告白」「花畑」 はちみつプログラム @dorolin
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