第7話 3-3 ノーライフキング

「ギャァァァ!! 」

教室に荻窪歩の絶叫が響いた。それを合図に寿円香は正気に戻った。

「キャッ!! 」

寿円香は悲鳴を上げ胸元を抑えるとうずくまった。それから円香は急いでブラウスのボタンをはめながら慌てて言った。

「い、一体……、な、な、何が起こったの!? 」

祐一がすぐに口を開く。

「突然、円香先生が……」

(「指輪について一切触れずに、この状況をうまく収めないと……、そ、それにしても……、想像していたよりずっとずっと大きかったな! やっぱり円香先生は最高だぁ!! 」)

祐一はメガネに手を添えて、いつものように今後の展開を素早く計算していたはずだった。けれど祐一の頭の中の大部分は寿円香のおっぱいが占めていた。

「お、おっぱいを出してから、おっぱいが……、おっぱいに……、思ったよりおっぱいが……、いえ、え、えっと……、突然、荻窪先生に告白したんです! 」

「ええっ!? わ、私がそんなことを!? 」

激しく狼狽する寿円香。

畳み掛けるように詩織が口を挟む。

「そうしたら荻窪先生がびっくりして転んじゃったんです。それで、そばにあったハサミで指を切っちゃったみたいです」

「えっ、指を……、キャッ! 荻窪先生! 」

血だらけでうずくまる荻窪歩とそばに転がる小指を見て寿円香はまた悲鳴を上げた。

「ううっ……」

苦しそうに呻く荻窪歩を見ている円香の眼差しに力が戻る。

「仁木君! 急いで講師室に行って誰か呼んできて! 」

「はい! 」と言って祐一は小走りに教室を出て行った。

「ああっ……」

荻窪歩は唸り声を上げてうずくまっている。

「荻窪先生! 大丈夫ですか!? 」

「い、痛い、……です」

「荻窪先生……、わ、わたしのせいでこんなことに……!? わたし……、どうしたら……」

荻窪歩の左手は出血がひどい。

寿円香はポケットからハンカチを出し傷口に当てて必死に止血していた。

「き、気にしないで下さい……。僕がぼんやりしていたせいなんです。自業自得だ……、ま、ま、円香さんは何も悪くないんです」

(「あっ……、荻窪先生、どさくさに紛れて円香先生を下の名前で呼んだ」)と詩織は思ったけれど、話の流れが理想的に進行していたので口は挟まなかった。

それからふと、詩織は横にいるささの方を見た。

ささは虚な様子で押し黙っていた。瞳が金色に輝いている。どうやら先程使ったチャームの魔法による呪いが発動したみたいだ。瞳の奥でキラキラと金の輪で輝いていた。

「きれい……」

思わず呟くほどに、その横顔は女の詩織でも見とれるほど女性的で美しかった。

長いまつ毛がナチュラルにカールして、大きな二重の目は金色に輝いている。髪はサラサラでちょこんと耳がでているところがあざとくかわいい。ハーフパンツから見える足のラインもすらっとしていてなかなかだった。

(「川島君って……、中学に上がったらモテるんだろうな……」)と詩織はぼんやり思った。

詩織がそんな事を考えている間に、救急車がやって来て荻窪歩は搬送されていった。

寿円香は荻窪歩の無傷の方の手を握り付き添っていった。荻窪歩は思いのほか幸せそうに運ばれていった。

……。

その日の夜、祐一、ささ、詩織は塾のある駅前のコンビニに集まって反省会をした。

あたりはすっかり暗くなり、駅からは止めどなく人が溢れ出てくる。

3人は人工的な白い光に照らされたコンビニの駐車場の縁石に腰掛けて一息ついていた。

「さっきはかなりやばかったね」

ささが言った。

「うん、危うく3人とも指を切られちゃうところだった……。本当に命がけで指輪を奪い合うなんて、……信じられない」

詩織は眉間に深いシワを寄せて頷く。

「ぼくは大人が指輪を持ってた事に驚いた。なんだか勝手にこの指輪は子供にしか見えないのかと思ってたからさ……」とささもため息混じりに言った。

「うん、大人の人と戦って勝ったなんてなんだが信じられないけど」

「俺は福原が荻窪先生の指を切った時が一番びっくりしたけどな」

祐一は詩織の冷徹な判断と行動力に驚き、若干ひいていた。

「….…自分でも驚いてる。あの時、わたし……、荻窪先生の事を敵だと思ったの。わたしの心を勝手に覗いて……。わたし達の事を脅して……、許せなかった。あの時、わたし………、全然迷いが無かった……」

「……うん。まあ、あの状況なら仕方ないさ……。もしもあの時、荻窪先生を攻撃していなかったら、きっと俺たちがやられていただろうからさ……」

「そうだよ! 福原さんは俺たち2人を助けてくれたんだよ」

「ああ、あまり気にしない方がいい」

「……うん」と詩織が複雑な表情でうなづいたまま俯く。

「とりあえず……、明日にでも荻窪先生のところにお見舞いに行こうと思うんだ」

祐一がキッパリと言った。

「えっ? 謝りに行くの? 」

ささはビックリして聞き返す。

「それもあるけれどさ、何より向こうの出方を確認したいんだ。あの時、荻窪先生は叶えたい願いがあるって言ってただろう? 指輪を失っても、それで簡単に諦めるとは思えないんだ。万が一また戦いになっても、指輪を持っている俺達の方が圧倒的に有利ではあるけれど……」と祐一が浮かない顔で言うと、詩織が続けていった。

「3人とも向こうに能力がバレているものね……。それにやっぱり……、あたしも荻窪先生とは1度、落ち着いて話した方がいいと思う。謝っても許して貰えないかも知れないけど、指を切っちゃった事……、やっぱり謝りたい。あとね……」

そう言った詩織は言葉を区切ると、伏せ目がちにささて祐一を見てから口を開いた。

「この指輪、どうする? 」

その言葉に反応して詩織のパーカーのポケットからガチョピンが顔をのぞかせた。ガチョピンの右手には腕輪のように荻窪歩の指輪がはまっていた。

「それは福原さんが持っていなよ」

ささが言った。

「でも荻窪先生に勝てたのは川島君が円香

先生にチャームをかけたから……」

遮るようにささが言った。

「僕がパスして祐一が繋いで福原さんがシュートを決めたんだよ。荻窪先生には悪いけどさ。僕らはとっさにすごくうまくやったと思う。正直、興奮しちゃった! だからその指輪は福原さんが持ってるべきだ 」と珍しくささがキッパリと言い切った。祐一も頷く。

「そうだな。確かにいい連携だったし、福原はよくやったよ。俺たちはいいチームだ。だからその指輪は福原が持ていればいいさ。ただ身につけるのはやめときな。人の心が読めるのは便利だけれど、代償が視力低下じゃマイナスが大きすぎる」

少し考えてから詩織がうなづいた。

「うん、わかった……、そうする。わたしも魔法を使う度に誰かを舐めるなんて嫌だし……」と詩織は顔をしかめて言った。

「そりゃそうだ! 」と言ってささと祐一が笑った。

「あとさ、俺の事は祐一でいいよ。お前は今日から俺達の仲間だから」と祐一が笑顔で言った。

「僕もささでいいよ! 」と言ってささは詩織に手を出した。

「えっ!? いいの? ……うれしい! じゃあ、あたしも詩織って呼んで」

詩織の顔がパッと輝いた。

それから3人は笑って握手をした。

重かった空気が急に和らいだ。しかし祐一と詩織の手が触れた瞬間、まるで見計らったかのように祐一の目が金色に輝きだした。

「! 」

瞬時に状況を察したささは、素早く祐一の視界から身を隠した。

「祐一……、く……、ん? 」

急に硬直した祐一を怪訝そうに詩織が見ている。

「……あぁ、詩織! お前はホントにかわいいなぁぁ! 」

そう言った祐一は握った詩織の手をいやらしく撫で回しはじめた。

「えっ!? えっ!! 何!? 」

事態が飲み込めず詩織はオロオロしたが、祐一は関係なく叫んだ。

「俺は……、お前が好きだぁ!! 」

そして祐一は詩織を全力で抱きしめた。

ちょうどコンビニの出口から出てきた同じ年くらいの女の子が気まずそうに視線を逸して通り過ぎて行く。

「ちょ、ちょ、ちょっと! ……なっ、なんなのぉぉ!? 」

祐一の手から必死に逃れようと詩織は暴れたが、祐一はうっとりした顔で詩織の腰に手を回して抱きしめた。それから祐一は唇を尖らせて詩織に顔を近づける。

「い、いや! ちょ、ちょっと! 」

詩織は近づいてくる祐一の顔を全力で押しのけながら、物陰に隠れているささに助けを求める視線を送った。

「……それが祐一の呪いだよ。大丈夫、もうすぐ時間だから」

コンビニに駐車してあるワゴン車の影から達観した目つきでささが呟いた。

「えっ!? 」と詩織が目を見開いたのと同時に、祐一が正気に戻った。

「はっ!? 」

詩織に抱きついていた祐一の手がパッと離れる。

「痛っ! 」

祐一の顔を両手で必死に押しのけていた詩織は、腰に回されていた祐一の手が突然離れバランスを崩して派手に尻餅をついた。

「痛っっ……」

「お、俺は……!? はっ! ご、ごめん、詩織!! 」

「ごめんじゃないよぉ! ! な、な、何なの!? 」

詩織は祐一に抱きしめられたことがショックでしばらくワナワナと震えていた。

「祐一の呪いは目の前の人を好きになって告白しちゃうんだよ。いや、かなり危なかった(今度は何とか……、逃げられた)。……でも今回は呪いの時間が短くて良かったね」

ささは1人だけ落ち着いた様子で言った。

「ええっ!? そ、そうなの? ちょっと……何、その呪い! 全然よくないよ! ホントに最悪!! 」と詩織はキレかけたが、ふと気がついて言った。

「あっ! 丸山さんに急に告白したのもこれのせい? 」

「ああ、ジャイ……、いや丸山にも悪いことをした……」

そう言ってガックリと肩を落とす祐一。

「ちなみにさっきはもっと長い時間、正気を失ってたけどね」

ささがボソっと言った。

唖然としてささの顔を見ていた詩織は、その場の状況を想像して深いため息をつく。

「ホントに迷惑な呪い! 」

それから詩織はしばらく祐一を睨んでいたけれど、再び深いため息をつくと諦めたように頬を膨らませて言った。

「……ゆ、祐一。UFOチョコ、買ってきて! 」

「えっ!? 」

キョトンとした祐一が聞き返した。

「だから! そこのコンビニでUFOチョコを買って来てくれたら、今の事は……、許してあげる」

詩織は祐一を睨みながら、コンビニを指差して言った。

「あっ!! それなら僕はドクターペッパーが飲みたいな。さっきあれだけのことをしたんだからいいよね? 」

直ぐに空気を察したささも詩織の提案に乗った。

「わ、わかった! ちょっとまってて! 」

祐一はあわててコンビニへ入っていった。

それからコンビニの駐車場でちょっとしたパーティが始まった。3人はドクターペッパーで乾杯してチョコを頬張った。

「あぁ、やっぱりUFOチョコは最高! パリっとしたチョコの中がしっとりしてるのってたまらないなぁ」

「わかるー! 」

詩織が満足そうに呟いてささが同意する。祐一は心配そうに2人の様子を伺っていた。

「もういいよ、祐一。許してあげる」と言って詩織は笑った。

「ほ、本当に? 」

珍しくオドオドしている祐一を見てささは笑ってしまった。

(「こういうのっていいな……」)と詩織は内心思っていた。詩織が男の子とこんなに話したのは久しぶりだった。いつもと変わらないはずの街の街灯が、何でもないコンビニの白い照明が、夜の街に浮かぶ車の真っ赤なテールライトが、いつもと違ってキラキラと輝いて見える。今の自分を包む空気が特別なものに変化していた。

詩織はフワッと笑ってから言った。

「ねぇ、それよりも3人で組むんなら、せっかくだからチーム名も考えようよ」と言った。

「うん? あっ、……そうだな。それじゃあさ、みそら小の仲間だからミソラズは? 」

「……いまいちかな」と詩織が眉をひそめた。

「なら……、リングコレクターってどうかな? 」とささが言った。

「おお、悪くないな、それ! 略してリンコレ! 」

「うんうん、リンコレかぁ、いいね! それならかわいい! 」

「よし! じゃあ、僕たちは今日からリンコレだ! 」

「おう! 」

「うん! 」

3人は再びドクターペッパーで乾杯した。笑い合うお互いの顔が眩しかった。

祐一はこの夜のささと詩織の顔を忘れない。この時、祐一は知らなかった。この先、何度も何度も、この日の2人の笑顔を思い出す事になる事を……。

こうして川島ささと仁木祐一、福原詩織は友達になりリンコレが結成された。

……。

……。

翌日、リンコレの3人は学校が終わるとすぐに荻窪歩の入院する病院を訪れた。

詩織は1人だったらとてもじゃないけど、荻窪先生のお見舞いになんて来れなかったと思った。だって自分は先生の指を切断してしまっているのだ。いくら襲われたからって、やっていい事といけない事がある……。

(「でも……、だからこそ……、わたしは謝らなければいけないんだ」)

詩織は病院の入り口でギュッと手を握りしめる。そして横にいる祐一とささを見た。2人も顔が硬っているけれど、それでも詩織を見て無理に笑顔を作った。ふいに詩織は思う。

(「指輪を見つけたのがこの2人でよかった。祐一とささが居れば、もう一度、荻窪先生に会って話す勇気が湧いてくる」)

「行こう」とささが言って祐一がうなずく。詩織も「うん」とうなずいてから無意識に前髪を整える。緊張した時に前髪をいじるのは詩織のクセだった。

そんな風に緊張した面持ちで3人が病室に入ると……、意外なことに病室には寿円香もいた。

「あっ! あなた達、お見舞いに来てくれたの? 」

寿円香は、まるで荻窪歩の身内のように3人を病室に招きいれた。

荻窪歩は当たり前だけれど病院の白い浴衣のような服を着ていた。特徴のない服を着ている荻窪歩はいつもよりずっとかっこよく見える……、と3人は心の中で思ったけれど、今は口に出さなかった。

「怪我の具合、どうですか? 」

祐一が神妙な顔で荻窪歩に声を掛けた。しかし口を開いたのは寿円香だった。

「すぐに処置をしたから、指は奇跡的につながったの! でも元通りに動くかはわからないらしくて……」

そう言った寿円香はうつむいた。

「ま、円香さん、本当に気にしないで下さい。無事に指がくっついただけで充分にラッキーです。そ、それにこれは、ま、円香さんのせいではないんだ。元々、ぼ、ぼくは小指なんて殆ど使わないですし、あっても無くても変わらないというか……。な、何より、ま、ま、円香さんがこうしてそばにいてくれるだけで、ぼ、僕は幸せだ! 」

「歩さん! 」

顔を真っ赤にした荻窪歩と涙を浮かべる寿円香。2人はいつのまにかお互いをファーストネームで呼び合っていた。どうやら昨日の一件で、荻窪歩と寿円香の距離は急接近したらしく、甘い空気が病室に充満していた。

拍子抜けした3人はフッと肩の力が抜けた。念のため、戦いになった時の事をあれこれ打ち合わせしたのは、どうやら取り越し苦労だったみたいだ。

ささは一瞬、自分がすごく場違いなところに来てしまったような白けた不安に駆られたけれど、それでも気を取り直して祐一を小突き話を促した。

「……あの、少し話をしても平気ですか? 」祐一があからさまに不機嫌な声で言った。

「ああ! すまん、すまん。ま、円香さん、ちょっと飲み物を買ってきてもらえますか」

荻窪歩は円香を呼ぶ時、100パーセントどもった。

「はい! 甘いものでいいですか? 」と円香は荻窪歩を見つめていった。

「ま、円香さんが選んだものなら、なんでも構わないであります! 」

「ありますって、軍隊かよ……」と祐一が小声で舌打ちした。

寿円香が名残惜しそうに病室を出て行った後も祐一はなかなか口を開かなかった。2人のイチャイチャで機嫌を損ねたのだろう。

荻窪歩も腑抜けたみたいにニヤニヤして明後日の方を見ていた。

仕方なくささが口を開いた。

「えっと……、お二人は付き合ってるんですか? 」

「ああっ!? そ、そ、そうだな! そういう事に、……なっちゃうかなぁ! 」

「チッ! 」

照れた荻窪歩が嬉しそうに言ったので祐一がまた舌打ちをした。

「キャー! 」

詩織は一気にテンションが上がったようでキラキラした瞳で悲鳴を上げた。

「昨日の一件がキッカケですか? 」

「ああ、あの事件のおかげで、ま、円香さんといい感じになれたんだよ。そういう意味では君達にはすごく感謝しるんだ! 」

「あっ……、その……、指……、ごめんなさい」

詩織は荻窪歩が嫌味を言ったのかと思い、恐る恐る謝った。詩織の手が少し震えている。しかし荻窪歩は首を振って穏やかに言った。

「いや、指の件で君達をとやかく言うつもりはないぜ。僕らは魔法の指輪を奪い合ったんだから、どちらかが傷つくのは当たり前だろう。しかも戦いは僕からふっかけたんだ。そして負けた。完敗だった。自業自得。別に僕の怪我を君達が気に病む必要なんてないさ」

憑き物が落ちたようにサッパリとした顔で荻窪歩が話すのが腑に落ちず、祐一が口を開いた。

「でも先生には叶えたい願いがあるって言っていたじゃないですか。指輪が無ければその願いは叶わないんですよね? 指輪を奪ってしまった俺達を恨んでいるんじゃないですか? 」

「ああ、夢なら叶ったさ」

あっさりと荻窪歩は言った。

「叶った!? 」

3人は怪訝な顔で聞き返した。

「おう……、まぁ、その……、なんだ……。1つ目の願いは……、ま、ま、円香さんだ。実はさ……、僕は彼女の事が好きだぁ! 」

(「わざわざ叫ばなくても、それ、みんな知ってましたけど……」)と、詩織は心の中で呟いた。

「僕の指輪は人の心が読めるだけで、川島君のチャームのように気持ちを変えられる訳では無いからな。指輪の魔法で、ま、円香さんを振り向かせるのは難しい。だから昨日、ま、円香さんが一所懸命、僕の看病をしてくれた時はまだ川島君のチャームが継続しているんじゃ無いかって疑ったんだぜ。でも川島君の魔法は塾の教室ですでに解かれていた。そうだろう? 」

ささは頷いた。寿円香の魔法は荻窪歩の指が切断された段階で解除している。

「……と言うことは、つ、つまり……、ま、ま、円香さんは自分の意志で僕に付き添い看病してくれているらしい……。いやー、あり得ない……。本当にあり得ない! あの美人で可愛くて清楚で可憐な、ま、ま、円香さんが僕なんかを心配してくれるなんて……。まさに魔法にかかった気分だ。だからさ、僕も昨晩、思い切って自分の気持ちを伝えた。そうしたらさぁ! な、なんと! 向こうも僕に好意を持ってくれていたんだぁぁ! 奇跡だよ、奇跡! これはまさに僥倖だ。……あっ、この単語は中学受験にはでないから覚えなくていいぞ」

(いや、そんなつもりで聞いてないし」)と小学生3人はため息をついた。

「ってゆうか、円香先生は前から荻窪先生の事が好きだったんですよ」

詩織がなんだかバカバカしくなりながらも、真実を伝えた。

「えええっ!? そ、そうなの?? 」

荻窪歩はびっくりして聞き返す。

「ってゆうかリーディングで心を読めば、そんなのすぐわかるでしょ……」

祐一がふてくされ気味に呟いた。

「そ、そんなこと出来るわけがないじゃないか! 好きな人の持ち物を……、そ、その……、こっそり舐めるなんて……。それじゃぁ、まるっきりただの変態だろ! 君達は僕を何だと思っているんだ! 」

(「いや、ただの変態だと思っていますが……」)と3人は心の中で呟いた。

「とにかく、お2人がお付き合いされる話はそれくらいで充分です」とささが話を区切った。この話は長くなりそうだったし、ささにとってどうでもよかった。

(「それよりも……」)とささが思うと、祐一が不機嫌そうに口を開いた。

「それよりも、もう一つの願いは? 」

「そう? いいの? なんだよ、これからなのにつれない奴らだな。……まぁ、いいか。もう一つの願いはな、呪いの指輪を外す事だよ。人の心が読める能力なんて実際、煩わしいだけだ。考えてもみろよ。そこら中にいる人の心のつぶやき。妬み、嫉妬、野心。誰もが心の奥にしまっている表に出せない負の感情や思考が際限なく見えてしまったら、それは地獄だぜ。しかも力を使えばこの通り視力まで失うんだ」

そう言って荻窪歩は自分のメガネを指差した。

「僕は少し前まで視力2.0だったんだよ。それがあっという間にど近眼だ。全く割りに合わない。だからこんな指輪は早く手放したかったんだ。そう思っていたら突然、目の前に3つも指輪が現れた。指輪は全部で8つ。目の前の小学生から3つの指輪を奪えば、残りはあと4つ。あの時はそれくらいならすぐに集められそうだと思ったんだよ。そして8つの指輪を集めて指輪をはずしたいと願えば呪いも解けるはずだろう」

(「なるほど……。確かに指輪を外して欲しいという願いはアリだな……」)と祐一は思った。

「でも、どうして指輪が全部で8つだとわかるんです? 」

話に引き込まれた祐一は疑問をぶつけた。

「それは自分の指輪を舐めたからさ。その時、『残ル指輪ハアト7ツ……』って不気味な声が聞こえたんだ。さらに昨日、福原さんの人形を舐めた時、そのぬいぐるみは『8ツノ指輪ヲ集メマショウ』って心の中で繰り返し呟いていた。一定のリズムで同じフレーズをエンドレスリピートしてた。それを聞いてゾッとしたよ。指輪達の声はな、正直かなりヤバかった。奴らはまるで壊れた機械みたいに同じ事だけを考え続けている。福原さんもそのぬいぐるみには気をつけた方がいいぜ」

「えっ……? 気をつけるって……」

詩織は怪訝な表情で聞き返した。ガチョピンは詩織のデニムジャケットの右ポケットにいるはずだけれど、出てくる気配は無かった。

「あまり気を許すなってことさ。そいつは指輪と繋がっている。まあ、指輪の所有者も呪いの指輪の一部みたいなもんだが……。とにかくだな、指輪本人が言うんだから指輪の総数は8個で間違いないだろう。そして指輪自身が8つの指輪を集める事を強く望んでいる。というよりもそれだけが指輪の持つ意思だ。いいかい、君達。その指輪はね。目にすると身に付けたくなる。見つめていると思考が止まる。そして指輪は…….、指輪を持たない人間には認識されない。現に今の僕には君達の指輪はもう見えないんだ。指輪をはめれば便利な魔法が使えるが、その代償に取り返しのつかない呪いを受ける。そしてその指輪は一度身に付けたら決して外す事が出来ない。指を切れば外せるとわかったあの時も、僕はどうしても自分で指を切断する気にはなれなかった。何故だと思う? 指輪なんか要らないと強く願っていたはずなのにさ。それはな。きっと指輪の生存本能のようなものが働いて、指輪集めの妨げになることはそもそも出来ない仕組みになっているんじゃないかと思う。もしかしたら身に付けた本人達も気付かないうちに指輪は装着者を支配しコントロールしているのかも知れない。……恐ろしい指輪だ。見つけてしまったらその魅力にやられてみんな指輪をはめてしまう。しかし一度身につけたら自分では外すことができなくなる。しかも指輪の力は使えば使うほど後戻りできなくなっていく。そして……、恐らくは指輪同士が引かれ合う。そうでなければこの広い世界に8個しかない指輪が、これだけ短期間で何度も出会うなんて確率的におかしいだろう? ……でもね。僕が最も気がかりな事は、指輪自身が指輪集めをさせたいはずなのに、指輪を持つもの同士が出会った時、事前に予想した程には強制的な何かが働かなかったことだ」

「強制的な何か? 」

話を促すようにささが言った。

「考えてごらん。指輪を見つけたら絶対に身につけたくなる。身につけたら外せない。そこまでは完璧な仕組みなのに、いざ他の指輪と出会ったら、怪しい女の声で指示があり、目から涙が出て、お互いが指輪所有者と判別出来るだけ……。これでは相手を殺してでも指輪を集めようって気になる人間は少ないぜ。実際、君らはそれぞれ指輪をつけているのにお互いの指輪を奪い合っていないだろう。僕にしたって君達と戦った時、そこまでのモチベーションはなかったからな。何かがおかしい。これだけ力を持った何者かが指輪を集めさせるため周到にプログラムしているはずなのに、決定的な何かが不足している……」

「……? よく分からないです。不足している何かってつまりなんなんですか? 」

「それは、……強制力。あるいは仕組み。指輪を持つ者同士が殺しあってでも指輪を集めなきゃいけない何か。……僕にはわからない。……本当にわからないんだ。だがな……、気をつけた方がいい。君達はこれからも指輪を集めるつもりなんだろう? でも指輪はまだその本性を見せちゃいない。その事を忘れちゃいけない。君達はこのゲームのルールを一部しか知らないまま、どんどん先に進めている。いずれは全てのルールが判明するだろう。しかしその時はもう取り返しがつかないかも知れない」

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