0091 頼れるオーベル副所長
寝ている所を、無理やり起こされたらしい、オーベル副所長の声が聞こえる。
「何だよ、ドロシーちゃ~ん、俺はこれから夜勤なんだぜ?
仮眠中の治療士を起こすなんざ、医療規定違反もいいとこだ。
いつも規則に厳しいパターソン副所長様らしくもない。
亡くなったガレノス様に怒られるぜ?」
「いいから!緊急事態なんです!
レオニー所長が緊急にお呼びですから!
今回の事は、ガレノス様だって、お許しになります!」
「レオニーちゃんに呼び出されたんじゃしょうがないねぇ・・・ふぁ~あ」
「起きろっ!この馬鹿オーベル!」
ゲシッ!とドロシーさんが蹴りを入れたような音が聞こえる。
「いたた!痛いよ!ドロシーちゃん、起きてるよ、大丈夫だって」
そんな声が聞こえてきて、二人が所長室に入ってくる。
「オーベル・ライトン副所長出頭しました!
所長!何か御用事ですか?」
「ええ、今までの私の人生で、これ以上はない位に緊急な御用事ですとも!
それもあなた以外に頼れる人がいないのです」
「おほっ!レオニーちゃんにそこまで頼られるとは男冥利に尽きるねえ。
はいはい、何でも聞きましょう」
「オーベル!言葉!」
ドロシーさんがオーベルさんに文句を言うが、レオニーさんは気にせず話を進める。
「構いません、いいですか?オーベル、
これから重要な話がありますからよく聞いてください」
「はいはい、大丈夫ですよ。
おや?そこにいるのは、人気者の少年と女奴隷コンビじゃないの?
この二人がまた何かやらかしたの?
今度はシノブ君が牛でも治しちゃったのかな?」
オーベルさんが俺とエレノアを見て楽しそうに話す。
この人は面接で会った時から気さくで、俺たちとも仲が良い。
「この二人はこれから話す重要な話の中心人物です。
心して聞いてください」
「ほほう?この二人が?」
興味深そうにオーベルさんが俺たちを見るが、エレノアは先ほどから再びフードを被っていて、オーベルさんには正体がわからない。
「ええ、これから話す事は他言無用です。
事はメディシナーの未来を大きく左右する問題です。
ですから現在、この部屋にいる人間以外には決して漏らさないでください。
これはあなたを信用して話すのです。
良いですね?」
レオニーさんの言葉で、事が重要だと悟ったオーベルさんが、それまでのふざけた調子から緊張した面持ちになる。
「メディシナーの未来を?
わかりました、所長、どうかこの忠実なるオーベル・ライトンを信じて話してください。
このオーベル、所長に話すなと言われたら、心臓を抉られても話しませんよ」
「では、まずこちらのオフィーリアさんに素顔を見せていただきます。
しかしもしその素顔を見て、見覚えのある顔でも、決してその名を口にしてはいけません。
このシノブさんに対してでもです。
いいですね?」
「見覚えのある顔でも名前を言うな?
しかも主人であるシノブ君にまでも?
まあ、もちろん言うなと言われれば言いませんがね?」
不思議そうにしながらも、オーベル副所長はレオニーさんの言葉を了承する。
「では、オフィーリアさん、お願いします」
「はい」
そう言ってエレノアが素顔をさらす。
オーベルさんは先ほどの二人のように首をかしげて、エレノアの顔を見つめる。
「ん?確かにどこかで見たような・・・んん?エルフ?・・・」
しばらくじっとエレノアの顔を見ると、思い当たったように叫ぶ。
「まっ!まさか、この人はグリーン・・」
名前を叫びそうになるオーベルさんをレオニーさんとドロシーさんが二人揃って口に人差し指を当てて叫ぶ。
「ダメッ!シーッ!」
その二人の動作にオーベルさんも慌てて口をつぐみ、無言でコクコクとうなずく。
そして深呼吸をして落ち着くと、改めて驚いたように話し始める。
「それにしても驚きだ・・・眠たかった目が一片に覚めたよ・・・
あの・・・失礼ですが、本当に本物ですか?」
「はい、私はあなたが気づいた通りの人物です」
「こいつはたまげた・・・レオンの奴に話したら羨ましがるぞ」
どうやらこの人もレオニーさんの弟とは旧知の仲らしい。
そのレオニー弟が、エレノアのファンである事まで知っているようだ。
「ええ、そのレオンと私は、これからこの方に教えを乞い、PTMを教えていただく予定です」
「え?この方に弟子入りするんですか?
そいつはいい!それじゃ俺も一緒に・・・」
喜び勇んで一緒に弟子入りしようとするオーベルさんを、ドロシーさんが止める。
「あなたはダメ!」
「ええ?何でだよ?ドロシーちゃぁん」
「その事に関してあなたに頼みたい事があるので、わざわざ呼んだのです」
「一体どういう事です?」
レオニーさんがこれまでの経緯を話すと、オーベルさんも納得する。
「なるほど!
つまり、そのPTM修行の間、俺とドロシー副所長で、3人の留守を誤魔化せという事ですね?」
「だいたいその通りです」
そのレオニーさんの言葉に、ここぞとばかりにオーベルさんがうなずいて返事をする。
「そういった事ならお任せあれ!
書類の捏造でも、空出張や急な所用でも何でも作って、一ヶ月間は、必ず所長の不在を誤魔化してみせましょう!
さあ!面白くなってきたぞ!」
とんでもない事を自信満々に堂々と話すオーベルさんに俺は感心する。
「なんかこういう時は凄く頼りになりそうですね?
この人・・・」
思わず俺が感想を述べると、ドロシーさんがため息をついて、苦々しそうに答える。
「こういう時だけはね・・・いつももっと頼りになれば良いのだけど・・・」
「はっはっは!ひどいな!ドロシーちゃん!
非常時の人間と言ってくれよ!」
オーベルさんの言葉にレオニーさんも感心半分、呆れ半分といった感じで話す。
「・・・まあ、確かに彼がこういう事態の対応には向いているのは間違いありません。
表向きはドロシーが動き、裏工作をオーベルがやってくれれば、間違いなく大丈夫でしょう。
私がやるよりよほど上手くいくでしょう」
「その通り!わかってらっしゃる!
さあさあ!所長!
ここは我々に任せて、大船にのったつもりで安心して修行に行ってきてください!」
「ええ、お願いします」
レオニーさんが改めて二人に頼むと、エレノアが俺に話しかける。
「御主人様、今回は緊急事態です。
エルフィールを起動していただけますか?」
「うん、わかった。エルフィール起動!」
途端に部屋が光で満たされると、俺の横に銀髪エルフ顔のジャベックが現れる。
「エルフィール起動いたしました。
御命令をどうぞ」
そのエルフィールを見て、3人が驚く。
「これは・・・ジャベックなのですか?」
「まるで人間と区別がつきません・・・」
「こいつは驚いた・・・ジャベックでも、ここまでできるとはね・・・」
「ええ、そうです。
このジャベックなら石化解除も可能ですし、私のようにフードをかぶせて治療させれば、まずジャベックと見破られる事はありません。
今日から3日間、私は宿でジャベックの製作に掛かりきりになりますから、その間、私の影武者として、この子に御主人様と一緒に治療を行わせます。
あなた方にはお見せしますが、この子の存在は私同様内密にしておいてください」
「承知いたしました。
よろしくお願いいたします」
「ああ、ちょっとグリ・・・じゃなかった、オフィーリアさん」
「なんでしょう?」
「もしあなたがジャベックを作るのがここまで可能なら、これほどまでではないにしろ、そのジャベックを所長似にしていただけるとありがたいのですが?」
「ええ、元より三体のうち、一体はその予定で許可を取るつもりでした。
それでよろしいですね?レオニー所長?」
「はい、私もその方が都合良いと思います」
レオニー所長もオーベル副所長案に賛成する。
「では、後の2体は御主人様とドロシーさんを雛形にしたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、私もそれでお願いします」
「うん、ボクも別に構わないよ」
こうして作成する治療ジャベック三体の雛形も決まった。
「では、その他の計画を考えましょう」
その日は5人で計画は立てられていった。
エレノアは次の日から治療を休み、ジャベックを作り始めた。
その間、フードを被せてエレノア同様に顔を隠したエルフィールと俺は、診療所で治療を続けていた。
レオニーさんたち三人は、所長不在に備えて、色々と準備をし始めていた。
俺は信用できる近しい人の何人かには、ある程度の事情を話しておいた方が良いと言って、四人もそれに賛成した。
5人で相談の結果、ステファニーさんとルーベンさん、それにペロンには話をしておく事にした。
ただし、話したのは俺たち三人が、訳あって、しばらく診療所からいなくなる事、それに気づいても、知らない振りをしておいて欲しいという事だけだ。
三人は快く承諾してくれた。
「承知しました。どうぞ安心して御用件を済ませてきてください」
「おう、所長やシノブたちのためなら、俺も何でもするぜ!」
「ボクも治療を頑張って続けますニャ」
これで俺たちがいない間に誰かが疑っても、副所長の二人と、この三人が話を取り繕ってくれるだろう。
3日後に治療ジャベックが3体完成した。
それは笑えるほどに俺とレオニーさん、ドロシーさんにそっくりだった。
違いと言えば、ドロシーさんに似せたジャベックは赤毛ではなく、銀髪である事くらいだ。
これである程度レオニーさんの事はごまかせるだろう。
「三体ともみんなそっくりだね」
「ええ、レオニー所長と御主人様がいない事を誤魔化すには、本人に似ていた方が、誤魔化し易いですからね。
ドロシー副所長のジャベックには私の代わりをしていただきます。
何しろ、今回は私の姿をかたどる訳には参りませんから。
私同様フードは被せておきますし、彼女に迷惑はかからないでしょう」
それはそうだ。
何しろどうやらここではエレノアは特別な扱いらしい。
レオニーさんたちの様子からすれば、万一にでもフードが取れたら大騒ぎになるのかも知れない。
俺は用事の済んだエルフィールを元通りにベルトに収納し、エレノアと一緒に3体のジャベックを連れてレオニーさんの所へ行く。
俺以外は全員ぼろ服を着て、フードを被っているので、街中を歩いていると少々怪しい。
第三無料診療所に着いて、その3体をレオニーさんたちに見せると、本人たちも驚いた。
「これは驚きです。
これでしたら確かに1ヶ月くらいなら十分ごまかせるでしょう」
「結構、結構!これで誤魔化すのも楽になるってもんです」
「この私に似せた銀髪のジャベックは、さしあたりオフィーリア役をする訳ですね?」
ドロシーさんの言葉にエレノアがうなずく。
「ええ、その通りです」
こうして俺たち3人の影武者役のジャベックは完成して第三無料治療院で働く事となった。
俺とエレノアはこっそりとそれを観察してみたが、どうやら問題はないようだ。
「どうやら問題はないようです」
「じゃあ、これでPTMの修行が出来るね?」
「そうですね」
俺とエレノアがレオニー所長とそんな話をしていると、そこへ伝書鳩のような物を抱えて、ドロシー副所長が入ってくる。
「大変です!レオニー様!レオンハルト様が!」
「レオンがどうかしたのですか?」
「たったいま、マギーからの連絡があったのですが、レオンハルト様が落石事故にあって、瀕死の重傷だそうです!」
「なんですって!」
ドロシー副所長の説明にレオニー所長が驚きの声を上げる。
レオンハルトと言えば、これからレオニーさんと一緒にPTM修行をしようとしていた、レオニーさんの弟だ。
一体何があったのだろうか?
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