0084 エレノアの話すメディシナーの歴史 1
そして俺はメディシナーの宿に戻って、激しく反省した。
俺は今回ほど自分の考えの浅はかさと愚かさを思い知った事はなかった。
俺は大した経験と見識も無いくせに、意地になって今回の事態を引き起こしてしまったのだ。
あれほどエレノアが止めたのに、俺はエレノアに合わせる顔が無かった。
今回一番愚かなのはルロフス夫婦でも、ゴロウザでもない。
間違いなく俺自身だった。
俺は部屋で床に両手をつくと、土下座してエレノアに謝った。
「ごめんなさい!エレノア!
まさかここまでの事になるとは思わなかった、反省しています!
もう二度とこんな事はしません!
僕は本当にエレノアの言ったように世間知らずの若造だった!
もし僕がまた世間知らずで馬鹿な事を言ったら、また諌めてほしい。
いや、どうか諌めてください!
お願いします!エレノア先生!いえ、エレノア様!」
「どうか手を上げてください、御主人様、私は何とも思っておりません。
御主人様にわかっていただければそれで十分です」
「でも・・・」
エレノアはやさしい。
しかしそんなやさしさが今回俺を増長させたのだと思う。
今まで俺はエレノアに散々助けてもらってきた。
迷宮の戦い、盗賊たち、グレイモン、誘拐団・・・数えればきりが無い。
望んでやったとは言え、それらはみんな飛び掛った火の粉だったから仕方がなかったが、今回は俺が自ら引き起こしたのだ。
それもあれほどエレノアに止められたのにわざわざだ!
そう考えると、俺は本当にエレノアに対する申し訳なさで胸がいっぱいになって言葉が出てこない。
「それに私の説明不足もありましたし」
いやいや、それはない。
一方的に俺がアホだっただけです!
「そんな事はないよ!」
「いえ・・・もう少し、私が詳しく説明をすればわかっていただけたかも知れません。
ただ長い話になる物ですから・・・少々遅いですが、今からでも私の説明をお聞きいただけますか?」
その説明は、俺のアホさ加減と無知を少しでも向上させるために、ぜひとも聞かせてほしい。
どんなに長かろうと、全てだ!
「うん、何でも言って」
「全部話すと本当に長くなるのですが・・・」
「構わない、全部話して!」
俺が真剣にそう言うと、エレノアは話し出した。
俺は一言も聞き逃すまいと耳を傾ける。
「わかりました・・・ではお話させていただきましょう。
そもそもメディシナーという町は、まだ小さな村だった頃、名もなく温泉の湧く湯治の村としてだけ有名でした。
そこの温泉はその時から様々な病気に効くと評判でしたので、あちこちから患者や医者が訪れました。
そこにある時、のちの世の天才魔道士が訪れました。
彼の名はガレノス・メディシナー」
「ガレノス・メディシナー?」
「はい、彼の名前がその後、この町の名前になりました」
「それで?」
「彼は天才でした。
それまで不完全だった治療魔法をPTM、すなわち完全治療魔法へと進化させたのです。
その結果、彼の名声はかつてないほどに高まりました。
何しろそれまで不可能だった病気もほぼ全て治療する事が可能になったからです」
「うん」
いかなる病気をも治す魔法、それを考案した人物がどれほど有名になるか、それは想像に難くない。
「PTMは精神的な原因でさえなければ、3つの事、死亡した者を生き返らせる事、老齢による物、遺伝的な病気以外の病気や怪我は全て治す事が可能です」
「死人や老齢はともかく、遺伝的な物もダメなんだ?」
「はい、PTMの基本は「その人間の現在の本来の状態の肉体に戻す」治療魔法です。
遺伝的な病気ですと、元々その人が持っている物なので、治しようがないのです。
同じく老齢による物は治す事が出来ません。
例えば老眼などはPTMで治す事は不可能なのです。
当然の事ながら、若返らせると言う事も出来ません」
「なるほど」
つまり治す言うよりも、その人の年齢での基本状態に体を戻すと言う事か?
どちらにしても凄いな。
「彼の名声に引かれて数々の魔道士たちが町を訪れるようになりました。
彼らはそこで、ガレノスから治療魔法を学び、役立てていたのです。
しかしその町に来るのは魔道士たちだけではなかったのです。
不治の病や難病で助からないと言われた患者たちが、それこそ世界中から押し寄せてきました。
町に治療魔道士はたくさんいましたが、それ以上に患者は押し寄せてきました。
それにほとんどの患者は、他の医者たちに見捨てられて、ガレノスの開発したPTMでなければ、治せない患者ばかりだったので、彼は他に何もできないほど忙しくなりました。
当時、彼の高弟でPTMを使いこなせる事ができたのは、たったの6人でしたが、そのうちの3人は状況の異常さに驚くか、高額の報酬に引かれて他の地へと移りました。
そして徐々にPTMの存在が知れ渡っていくと、今度は権力者たちによるPTM術者の奪い合いが始まりました。
PTM術者さえいれば、戦争でどんなに瀕死の重傷を負っても回復する事が可能だからです。
最初は単なる引き抜きあいでしたが、最終的には国家同士の争いになり、それは必然的に戦争に発展しました。
その結果、メディシナーは戦場となり、とても治療どころの話ではならなくなりました。
それまでメディシナーは片田舎の村で、どこの国にも所属していませんでしたが、周辺の各国が自分の領土である事を主張し、領土を守ると称して軍隊を派遣してきました。
メディシナーはかつないほどの戦場になり、村自体が危うく消滅しかけたほどです。
しかし、ガレノスの弟子の一人に魔法戦闘に長けた者がいたので、その者が何とか攻めてきた相手を退けました。
そしてその人物からの要請で、事を重く見た魔法協会は、魔道士たちの防衛部隊を送り、さらなる他国からの侵攻を防ぎ、近隣国全てと休戦協定を結ばせました。
そして各国に使者を送り、メディシナーをアムダール帝国の自治領とし、事実上の独立国として、その一帯を非戦闘中立地帯とし、ようやく状況が落ち着き、日常が戻りました。
これを「メディシナー独立戦争」と言います」
「そんな事があったんだ・・・」
一つの魔法が戦争にまで発展するとは俺には驚きだった。
感心する俺に対して、さらにエレノアの話は続いた。
「ようやく平和になったメディシナーで、ガレノスと3人の弟子たちは、治療を続けましたが、戦争前にも増して押し寄せてくる患者たちを、とてもその全員を救う事などできませんでした。
ほどなくガレノスは過労で倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。
もちろん、3人の弟子はガレノスが倒れる度にPTMで治しましたが、それすら追いつかないほどにガレノスの体は蝕まれていたのです。
そしてついにある日、あまりの過労のためにガレノスは亡くなりました。
弟子たちが気づいた時にはもう息がなかったのです。
いくらPTMでも死者は治せません。
3人の弟子たちは嘆き悲しみました」
ここまで聞いて俺は恐ろしい話だと思った。
人を治すための術を開発した人が、その術のために死ぬ・・・ありえない事だと思った。
「死の直前にガレノスは遺言を書いてありました。
その遺言状には自分が死んだ後の事が書かれていました。
決して自分のように無茶をして倒れないようにする事、
人々に公平に治療するための事を考える事・・・」
「公平に治療を?」
「はい、後の世に「ガレノス三高弟」と言われた、その3人の弟子たちは、魔法協会と連携して、医療統一規則を作りました。
ガレノスは後進のために診察の仕方の指針をしたためてあったのです」
「指針を?」
「はい、一番の基本はどんな魔法力がある術者でも1日3回より多くは、PTMは行わない事、もっとも大抵の魔道士はPTMを一日にせいぜい1回か2回しか使えませんでした。
3回以上出来る者は稀です。
そして1週間の間隔である事を繰り返して治療する事です。
まず1日目の一回目は競りで患者を決めること」
「競りで?」
「はい、これによってまず、金に糸目はつけないという連中が除けます。
そうしないと金持ちという人種は自分だけが特別だという錯覚から現実に立ち向かいません」
「ああ、なるほど」
「そしてこの競りによって「いくらでも金は出すから早くしてくれ」という人間を大方排除できます。
競りは金貨千枚から始まり、大抵は二千枚前後で落札されますが、場合によっては金貨1万枚を超える事もありました」
「そんなに!」
「はい、競りには資産家の見栄をくすぐる機能もあったのです。
つまり自分はこれほどの金額でPTMを競り落としたのだと自慢するための」
「なるほどね」
初鰹やマグロの初競りの御祝儀相場自慢みたいなものか?
「また、金貨一万枚を越えた頃から、競りで過去の最高額を凌いだ額をつけた場合は、特典として、無条件でもう一回、PTMを受ける権利と、医療協会の感謝状をつけたのも効果的だったようです」
「ははあ・・・」
なるほど、そうすれば金持ちたちは世間に自慢できるし、魔法協会は運営資金を調達できるから万々歳って事か?
「はい、そして2番目の患者は魔法協会で相談した結果、選ばれた者が治療される事になりました。
つまり権力者や為政者、業界の大立者などです。
これは必要な事でした。
こうした者たちは何とか自分の権力やコネを使って、枠の中に入ろうとする者です。
しかし最初からその枠があれば、そこに入ろうとするし、断る方も断りやすいので、必要悪といった所です」
「なるほど」
確かにそうだ。
そういった輩はきりがない。
どうしても自分を優先させようとするだろう。
さもないとゴロウザのように脅迫や脅しをかけてくる。
しかし最初からそういう枠を作って、他の権力者たちすらその枠に入っているのなら大方の人間はあきらめるだろう。
もちろん、それでもあきらめない人間はいるだろうが、かなり緩和はするはずだ。
「そして1日目の最後は抽選枠です」
「抽選?」
「はい、完全治療魔法を受ける権利のクジを銀貨1枚で買って、それに当たった者が治療を受けられます。
そのクジは「PTM抽選券」と言われています」
「それは確かに公平だと思うけど、そのクジは外れたらただの紙なんでしょ?」
「ええ、そうです」
「それでも1枚に銀貨1枚を払うんだ?」
「実は、最初は無料にしていたのですが、そうしないと一人で何枚もクジをもらおうとする人間が続出したのです」
「ああ、なるほど」
「銀貨1枚にしてもクジを大量に買う者がいたので、クジをもっと高くしようと言った者もいたぐらいでしたが、さすがにそれはしませんでした」
「なるほど」
それだと庶民が買えなくなっちゃって、治療が無理になるもんな。
確かに銀貨1枚位が、妥当な金額だろう。
「そして、2日目は治療代が金貨千枚、百枚、十枚の日です。
これで金持ちたちはある程度満足しますし、これと競りによって、運営費もかなり潤沢になります。
当然ながら金額が高いほど、待ち日数が少なくなります。
何しろそれでも予約が殺到した位ですから」
「うん」
「そして3日目は無料治療の日です」
「無料?」
「ええ、ガレノスの本来の目的は庶民万民の治療でしたから」
「ああ、そうか、でもそれじゃ・・・」
「はい、その通りです。無料の日には患者が殺到し、予約で一杯です。
あまりにも予約が多く、一番予約が多かった頃には、最後にかかる人間は十年以上先になったほどです」
「そんなに!」
「4日目は往診の日です。
メディシナーに来れない患者のために、往診します」
「往診もしたんだ?」
「ええ、重篤な患者は、メディシナーまで来れませんからね。
もっともさすがにそれほど遠い場所へは行けませんが・・・
これは1日目の競りから3日目の無料の日までの患者の中で、PTMの順番となった遠距離の者の所に行きました」
「なるほど、そういう事か」
それにしても、そんな遠距離の患者までPTMで治しに行くとは大変だ。
「そして5日目は講義の日です。
後進を育てなければいけませんからね」
「それは確かに」
「6日目は自由日です。
自分のための修行をしても良いし、治療をしても構いませんし、何をしても構いません。本人の自由です。
そして最後の7日目は安息日です。
この日はよほどの事がない限り、PTMを使って、患者を治す事はしません。
絶対に体を休めるように決められています」
「よほどの事って、どういう場合?」
「PTM術者自体、もしくはそれに準ずる高位魔法治療士が、何らかの理由で命が危なくなった場合です」
「ああ、なるほど」
そりゃ、それが使える人が死んじゃったら困るもんな。
それを優先して治すのは当然だ。
「この1週間の循環によってPTMは運営されているのです。
ちなみにメディシナー以外にPTMを公式に行っている場所は、帝都アムダルンと魔道都市マジェストンだけですが、どちらでも基本的にはこの方法を遵守しています」
「なるほどねぇ」
この話を聞いて俺は納得した。
確かにこの方法を遵守すれば、完璧とは言わないまでも、かなりPTMを受ける権利や順番の混乱は緩和されるだろう。
そしてまだこの世界の事をロクに知らなかったとは言え、自分はやはり馬鹿だったと痛感した。
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