0002 異世界の魔物

 突然、俺の目の前、2mほどの場所に陽炎のような物が見えた。

その場所だけ空間が揺らいで見えるのだ。

まさに夏の日に見る陽炎のようだった。

最初は見間違いかと思ったが、それはどんどん激しく揺らいで、後ろの空間が歪んで見える。

陽炎現象に恐ろしく似てはいるが、妙に歪んで見える空間の大きさが限定されているし、そこだけ温度が違うとも思えないので、陽炎ではないだろう。

どう考えても見間違いではない。


「なんだ?これ?」


俺は背袋を背負うと、立ち上がって少々後ろに下がる。

何しろここは魔法もありな異世界だ。

いきなり爆発したり、おかしな事が起こった時の用心のためだ。


俺が見ている目の前で、その揺らぎは激しくなっていき、今度は赤い色がついて揺らぎ始めた。

最初は薄く暗い赤色だったが、次第に色が濃くなっていき、火の玉のような物が見え始める。

一見した限りでは火の玉というよりは、なんだか踊っている魂の炎のようだ。

それは色が濃くなって行くと、炎の状態から、何らかの形のように変化していく。


「何かの形になっていく・・・ん?

これ何か似たような物を見た覚えがあるな・・・何だっけ?」


俺は何かを思い出しそうになるが、その瞬間、その炎のような物がはっきりとした形を作り始めた。

その瞬間、俺はハッと思い出した。

(これ、キングギドラが出てくる時に似ている!)

それは昔、古いビデオで見た、キングギドラが誕生する瞬間に似ていた。

そう思った瞬間、俺は危険を感じて身構える。

炎から出現した物はキングギドラではなく、頭に角が2本生えたうさぎだった。


「角ウサギ?」


それはガイドブックの魔物図鑑で見た、レベル3のウサギ型魔物生物の「角ウサギ」だった。

動きは多少素早いが、それ以外には特殊能力はない。

角ウサギは発生した瞬間、キョロキョロと周囲を見回したが、すぐ近くに俺がいるのを確認すると、すぐさまに俺に襲い掛かった。

驚いた俺は、飛び掛ってきた角うさぎを右手でバッ!と払いのける。

俺に弾き飛ばされた角ウサギは地面に転がって多少ひるんだ様子だったが、体勢を整えると、再び俺に襲い掛かってくる。

今度は俺は正面から拳で突き、地面に落ちた角ウサギをさらに全力の手刀で打ち下ろす。

すると、角うさぎはパアッと赤い炎のようになって四散していなくなった。


「今のは・・・一体?」


俺は今、自分の目の前で、一体どういう事が起こったのか考えてみた。

今俺を襲ってきたのは魔物の角ウサギで間違いはない。

しかし、それが何故炎の中から出てきたのか?

そして俺に倒されたあと、なぜいなくなってしまったのか?

俺は仮説を立ててみた。

確か神様が言っていた。

滅多に見る事はないだろうが、この世界の魔物は空間から突然発生すると・・・おそらく今のはその発生の瞬間だったのだろう。

滅多に見る事のない、その瞬間を偶然この世界に転生したばかりの俺がたまたま見た。

そして誕生した魔物は、自分のすぐそばに俺がいるのを見て襲ってきたのだろう。

だが俺のレベルは10なので、素手とはいってもレベル3の角ウサギなど敵ではない。

あっさりと俺に倒された角うさぎは発生したばかりだったので、まだ肉体はなく、魔素だけの存在だったので、消えてしまったのではないだろうか?

真相は後になればわかるだろうが、おそらくはそんな所なのではないだろうかと俺は考えた。


「やれやれ・・・」


 どちらにしても、これ以上無防備で魔物に襲われるのは、例え相手がレベル1だとしても勘弁してもらいたい。


そう考えた俺は、早速、武器と防具の装備を始めた。

しかし、そうは言っても、レベルが上がる前はあまり派手な武装をしない方が良さそうだ。

レベルが低いくせに、下手に見栄えが良い装備をしていたら、これまた盗賊どもに狙われてしまうだろう。

かと言って、あまり弱い装備では、やはりいざという時に頼りない。

俺は神様からもらった剣を、いくつかマギアサッコから出してみた。

全て同じような鞘に入っているが、その中の一番弱い剣で銅の剣だ。

長さは60cmほどで、磨いた10円玉のようにピカピカと赤銅色に光っている。

柄の部分には麻のような布がグルグルときれいに巻きつけてあって、握りやすい。

いかにもRPGのゲーム序盤で登場しそうな剣だ。

同じ物がもう一本あって、見かけは一箇所ちょっとした印がある以外は同じだが、こちらには攻撃2倍の特殊効果がついている。

もう2本は鋼の剣とミスリル銀(シルバー)の剣だ。

こちらは両方とも長さは80cmほどあって、やはりピカピカの新品だ。

俺は3つの剣をそれぞれ軽く振ってみて考えた。

何回か振ってみた結果、やはり鋼の剣辺りが無難だろうと考えて、それを装備する。

これならば、弱すぎるという事もないし、かといって、盗賊の目を引くほどの高級品ではないだろう。

もっともこれもただの鋼の剣ではない。

こんな時の事も考えて、見た目は普通の鋼の剣だが、特殊効果に3倍攻撃と魔力吸収、体力吸収がついている。

これならばこちらのレベルが10でも、レベル15位の敵は一撃だろうし、例え一撃で倒せなくとも、相手の体力と魔力をかなり奪える。

そして見た目は普通だが、魔法の服を着れば、こちらも特殊効果が色々とついているので、レベル10でも余程の事がない限り、不覚を取る事はないだろう。

しかしこれは思ったより早急にレベルアップを計った方が良さそうだ。

やはりレベル10では低すぎたか?

魔物はともかく、盗賊の方が心配になってきた。

そう考えながら俺はマギアサッコから様々な装備を出して身につけた。


「危ない、危ない、丸腰でうろつく所だったよ」


自分のレベルは10の筈だし、この辺の魔物はレベル5でも何とか倒せるレベルの筈だから、今の角ウサギのように素手でもおそらくやられる事はないだろうが、もちろん、用心に越した事はない。

一応、剣と防具の装備をし終わると、俺はホッとした。

ふと思いついて、干し肉と水筒をマギアサッコから出して、干し肉を齧ってみた。

この世界で始めての食事だ。

味は多少香辛料が効いた普通の干し肉だ。

肉の味は牛肉っぽい。

干し肉を食べ終わると、俺は水を一口飲んで、立ち上がると、水筒を背袋の横の網に入れた。

そして今度こそ遠くに見える村に向かって歩き出した。

日はもうかなり傾き始めていた。

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