VS.SEEING SCARY 1-1 鈴井菜穂
八月二十八日 クロックイズヘッド 二階デスクルーム 午後二時二十分
「特別配信なんだけどさ、どうせだったら今日私の代わりで来てもらった地下アイドルの娘、誰だっけナナコちゃんか。あの娘にも出演してもらおうよ。夜の八時まで生配信するのはわかるけど、ユーはレイちゃん、ユレちゃんね。その娘がクロへのビルに来るのが夕方の四時でしょ。私さあ打ち合わせの時間なしでブランチューバーのオカルト話に絡める自信がないんだけど」
ADの松田はムスッとした表情でエナジードリンクをグビグビと飲んだ。缶のデザインは黒字に緑の文字だった。先週宣伝したキ・ワミエナジーではなく自販機で売っているクリーチャーだった。
「うん、そう言われましてもまだ台本もできていないし、光過敏性症候群の話もマジでよくわからないのですが視聴者さんがわかるかな。確かに神谷さんと城島さん、内村さんが死ぬ直前にパニック発作が起きていたと聞いていますけど」
今日の午前の配信をしたアイドル女の姿が見えない。まだ屋上にいるのだろうか。松田のやつれた表情を見ると何となく察することができるのだが。
「え?ナナコちゃん飛んだの」
松田はエナジードリンクを飲み干して缶を振ってピチャピチャと音をたてた後に停止した。一時停止した動画のようになった松田は鼻水が少し垂れている。そして肩を震わせてから再始動した。
「飛んだわけじゃないです。また来てくれますよ!」
「いやそれは私からも謝っておくからさ」
松田の目は焦点があっていない。仕方がない来週の配信は任せてよ。と言いたいところではあるが。
「ナナコちゃん、今仕事が少ないみたいで。ブランチューバーの『ユーはレイ』ちゃんって売れっ子じゃないですか。あの娘、突然『クッソ、ストリーマーに仕事を取られた!』って発狂しちゃって。先ほど特番のことを伝えた後すぐに退勤しましたー」
だからそれはわかっている。退勤ね、戻ってくる気配はしないな。そんなSNSのコメントやぼやきみたいな喋り方をするものだろうか。
そして再度停止した松田の鼻水は唇にまで達した。なるほどね、もう一度呼び出すわけにもいかなさそうだ。
「わかった、私が後で連絡する。あの娘くらいしか代わりがいないのは間違いないの。一応休暇がないと世間に文句を言われるし。連絡先を教えてよ。今現在シーイングスケアリーって呼ばれている『見ると死ぬ呪いの映像の問題』もいつ解決するかはわからないし。松田くん頑張っていこうよ。それはともかくユレちゃんってどんな感じの娘なの」
松田はフウーと深呼吸をした。エナジードリンクのアルギニン臭が周囲に漂うと同時に私はパタパタと鼻の前を手であおいだ。
「ツインテールにゴシックファッションの地雷系メイク女子ですよ」
珍しく出演者のことをファッションで説明したよ様子を見る限り憔悴している松田を見て私はこれ以上ユレちゃんのことを聞く気が失せた。
「ああ、見た目のことは別に大丈夫。テンションは高そうだね」
「まあとにかく健康被害があるAIの生成映像ってところが大事なんだけど。それを強調するのであれば、テレビのニュースみたいに紙芝居があったほうがいいでしょ。ネットからフリー素材持ってきてテロップつけてよ。今クロへは絶好調なんだから後戻りなんてできないでしょ」
「わかってますよ。エナドリが回ってきた。やってやる」
「うん」
デスクルームではいつも通り社員たちが仕事をしている。シーイングスケアリーとは関係のない記事も更新することには変わりはないのだ。
奥の窓側のデスクにいるパジャマ姿の花田はスマホを耳に当てて騒ぎ立てる状態が二時間近く続いていた。「ワールドドローンさんでも配信の宣伝してもらえませんか?…え?ありがとうございます!無動明神嫌い?わかります!」
藍田と長野は特別配信のための台本を書くためにキーボード撃ち続けている。徹夜の二人は刑事から聞いたことを録音した音データを聴くためにイヤホンを片耳につけている。血走った目をこすりながら何度も再生しては止めるを繰り返して一心不乱にパソコンに向かう姿は情報亡者を通り越して滝行で手を合わせて震えてる修行僧のようだ。
藍田がスマホの時計を確認した後に斜め奥の離れたデスクにいる長野に声をかけた。
「さっき長野さんが言っていた無動明神のスタッフの仁藤って人からの連絡はありましたか?」
長野は「ううー」とざらついた声を出してスマホを確認した。画面をスワイプして動きを止めてから「おっ」と声を出した。
「警察の家宅捜索が入ったらしい。無動明神がどうやらおかしくなったみたいだ」
キーボードを打つ手を止めた藍田は身を乗り出して長野の方を見た。
「はあ?警察が来たくらいで?烏丸さんがあちらにいるということですか」
長野は「ふん」と低く頷いた。
「今日の朝方、撮影済みの動画を編集している最中に動かなくなったようだ」
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