AFTER WEEK DAY3-2 烏丸

「パソコン、動いていますね。どうしますか烏丸さん」


 桑畑が唾をのんだ音が聞こえた。機械を覆う衣類の奥には人を殺す凶器がある。考えようによってはこの家に立てこもった狂人がいるともいえる。人ではないから危険性が高い薬物や爆弾といったほうがいいのかもしれない。


 ここ数日の間に捜索した被害者の電子端末が動いているケースは初めてだった。包丁を胸に抱えたままショック死したパソコンの持ち主の姿が頭によぎった俺は桑畑をみた。今回の被害者はいつもとは少し違う。IT系の社員とはいえ利用者の多いアプリの運営をしていたこともあり何かが臭う。


 老けたとはいえまだ若くあどけなさが残る桑畑にこのパソコンの画面をみせるのはやめておこう。階段の照明に照らされたリビングでぼんやりと指示を待つ男をみてため息をついた。


「服をどけるからお前はそれを回収しろ。ポケットの中身だとかを確認しておいてくれ。冬服も調べろ。画面は見るなよ。心的外傷だとか自殺の欲求が高まるとかではなく。ガイシャの個人情報が大量に映っている可能性があるからな。俺に任せろ。俺はトラウマだとかやましい事情なんか一つもないからな。ここで突然倒れたりしないよ」


 桑畑は二階のリビングの照明スイッチを探すそぶりをみせてからあきらめたようだ。十分明かりは足りている。


「了解です」

「ほらジーパンだ。今はデニムっていうんだろ?」

「今はですか。ずっとデニムでしたよ」

「うるさい。パソコンの操作の仕方はサイバー班のやつに聞いているからそちらは間違えないぞ」

「怒らないでくださいよジーパンって言い方もアパレルブランドによってはしますから。テレビもみていないのですか?シーエムではレトロな言葉を使うじゃないですか」

「レトロか。見てないね。だから俺には画面に映っているヤバいものが通用しないんだよほら床に座って服を調べろ。シャツのポケットに何かがはいってるぞ」

「はい。あ名刺ですね。出てくるものですね普通は胸ポケットにはいれないでしょ」


 俺はディスプレイの上にあるコートとシャツ。キーボードの上にあるチノパンとTシャツをどけて桑畑にわたした。一瞬画面の光に目がくらんだ俺は眉間にしわを寄せて手で顔の前をはらった。その光は映画の中で宝箱をあけた主人公の視点がとらえたそれに近いものだった。


 ぼやけた視界が明瞭になると同時に目に飛び込んできたのは五人の女子高生だった。それがぎっしりと宝石が詰まった箱とは程遠い邪悪なものだとわかり鼻からスンと息を吐く。数人で一人の学生の首に腕をまわして目じりにしわを寄せてへらへらと笑っている若い子供たち。写真の中央で暗い表情を浮かべる少女はカメラのレンズをにらんでいる。


「やっぱりショックな画像を見ただけか。桑畑。カメラをもっているやつをよんでくれ。パソコンのハードディスクは俺が直接サイバー班にもっていく」


 服を抱えた桑畑がふうとため息をついた。


「ひどい写真ですね。令和になってから一層画質がよくなったというか。意地汚さがましていますよね。僕の通っていた学校でも写真でバレて退学になる連中は結構いました」

「ああ、自動でクラウドに保存できるからな。どこかに残ってるらしいな」

「クラウドって言葉が烏丸刑事の口からでてくるか。時代ですね。わかりました。名刺はいりますか。同じ名刺が何枚もあるのですが」


 画面にはほかに目ぼしいものはなかった。だが新幹線の中から撮影された富士山の写真が張り付けられたデスクトップからは不思議と何かの情報がつまっていそうな気配がただよっていた。


「同じ人物の名刺が数枚あるのか?みせろ。いや悪い。みせてくれ。俺だって若い人間にトラウマを与えたいわけじゃない」


「いえいえ問題ないですよ。ぼくだって警察組織の人間ですよ。烏丸さんは昔から押柄な態度をとらないじゃないですか。どうぞ」


「その通りやましいことはないんだよ。ありがとうな」


 名刺をペラペラと揺らしてから顔の前で止めた。黒い縁取りの中に金色の名前がはいったいかがわしいデザインだった。


「ウェブマガジン『凡夫の叫び』記者 無動明神。わるふざけじゃないかガイシャは嫌がらせでもうけていたのか?」

「え?みせてください。マジか」


 桑畑は目を輝かせて俺に手をさしだした。何のひねりもない偽名、昔ながらのインチキ霊媒師のような名前の無動明神は若者の間では人気なのだろうか。いやな時代になったものだ。


「おお、本当にミョウジンだ。この人はあれですよ。今最も人気のある暴露系ブランチューバーです。いや俺はこういうのはあまり好きじゃないですけど。だって警察署内でも逮捕間近だっていわれているし。もしかして被害者の方は脅されたり、ゆすられていたのかもしれないですね」


 明神の発音が妙に上ずっていて若者風に聞こえることからカタカナ読みなのだろうな。


 「面倒だな。完全な別件の可能性があるのか。ただの自殺かもしれないわけだ。よしわかった。その男の所在を調べて明日の午後に話を聞きに行く。やっぱり若いやつがいると仕事がはかどるな。助かった。鑑識の仕事に戻ってくれ。このパソコンはあまりいじらずにサイバー課に運べよ」


「はい、お疲れ様です烏丸刑事。ここ最近はそういう流れで仕事をしているので問題ないです」


「おう。頼んだぞ。なんだっけメインのハードディスクを取り外す前にメールのチェックをするのだったな。さすがにメールのユーザー名が無動明神ってことはないよな」


 階段に向かった桑畑をみてから俺はデスクトップにある封筒のアイコンをクリックした。


 すぐに「Myoujin1874bonp@〇〇〇〇.jp」というアドレスとのメールのやり取りがみつかった。もっとも最近のメールである「大丈夫か?連絡してくれ」をクリックした。未読の表記はない所をみるとすでに一度メールは開かれていたようだ。


「おーい!ゴトウちゃん。大丈夫かい?予定通り奥さんと白宗騎士の浮気の件はネットに公開することになると思う。いじめっ子の娘さんが死んだことは本当に残念に思うよ。だからイジメのことは五百万で手を打つことにした。娘さんのことは黙っておくことにする。とにかくメールに気づいたら返事してよ。三日前に例のドゥーグルのテロ事件に関するレアなファイルを送ったのだけど見た?感想を聞きたいのだけど」


 俺は舌打ちをして握っているマウスを浮かせてからデスクに軽く打ち付けた。


「感想を聞きたい…か。どうやらみると死ぬ危険性を理解しているようだな。なにが暴露系だ。クソ野郎だな。こいつも死んでいればいいのに」


 俺はふと思いついてメールに返信をすることにした。この男に話を聞くのには後藤のフリをして連絡をとったほうがよさそうだ。









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