DAY1-17 花田

 八月十七日 二十三時 花田直哉


 クロへのあるビルの向かいのコンビニでは夜勤前のアルバイトが冷凍食品を棚に並べている。菓子パンと缶コーヒーをいくつか買ったが問題は鈴井の夜食だ、スープなんかが良いのだろうか。などと考えつつ、先ほど連絡を入れた烏丸からメールが来ていないかを確認した。特に返事などはない。カゴを持ち替えて栄養ドリンクを六本入れてまたカップ麺のコーナーに戻る。コンビニの店内放送で流れている合宿免許の宣伝をしているアイドルは土曜日と日曜日に鈴井の代わりに仕事をしているアイドルの二人だった。


「うん。スープ春雨しか思い浮かばないな。これにしよう。後はミネラルウォーターで良いか。早めにオフィスに帰ろう」


 藍田からのメールが入った。レジにかごを置くと店員がスキャンを始める。ちょうどスマホを使用中なので現金払いをするために空いた手で財布を出した。


(動画編集アプリの登録チェックの件で ドゥーグルムービークリップが怪しいです至急戻ってきてください)


「しまったな。それを聞いてから烏丸に報告すればよかった。ここから先はサイバー犯罪捜査係とかいうチームに任せた方が良さそうだ」


(返信 俺が来るまではチェックするな 一応警戒した方が良い。)


「うん藍田のやつ、スマホを放置したな。すぐに返事がこない。早く戻るか」

コンビニを出ると小雨が降っている。突然強くなったり弱くなったりするタイプの天気だが傘なしで向かい側にあるクロへに戻る。横断歩道を渡りクロへのあるビルにはいった。少し湿ったスーツを気にしながらエレベータに乗る前に一階フロアを占拠しているアイスクリーム屋に在庫があるかガラス越しに確認した。ちょうどバニラだけが売れ残っているが予定より早くクロへの三人を殺した映像の

情報が更新されたので閉店前の最後のチャンスを諦めることにした。


 三階について入り口の通路に出ると喫煙後と思われる俺に気づいた山野がオフィスの入り口扉を開けて待っている。


「花田さん夜食買ってきたのですか。あとで割り勘にしましょう」


「ああ別にいいよ。センスのある差し入れってものがわからないから。大したものじゃないよ」


 オフィスへの扉を抜けると冷たい空気が汗ばんだ体を冷やす。藍田のパソコンを鈴井が凝視している。差し入れの夜食を藍田のデスクの隣に置いて俺も画面を覗き込んだ。


 もうすでにキャプチャを終えた映像を細かく分割してスローモーションにして再生しているようだ。会員登録を終えた編集アプリでスクリーンをキャプチャした会員登録画面を編集しているのは少し面白いアイデアだなと思ったがその話題を振ることはやめた。


「何、なんか見つかったの」


「どうやらこの辺の地図アプリの画像とか僕の仕事中の履歴とかが黄色いフィルターをかけられた状態でランダムに差し込まれているみたいですね」


「見ると死ぬ映像をドゥーグルが試験運用しているとでもいうのか。それはあり得ないと思うのだが社会現象どころじゃないだろ。会社が潰れるぞ」


 鈴井が映像を止めた。「これ城島さんが事故にあった現場ですよね」


「確かに、こうやって城島が死ぬ寸前を想像して気分を害してしまうわけか。実際そういったものを実現することはかなり難しいと思うけどなあ。他のアプリにはこういうものがないかチェックするのも面倒だな。言っておくが俺は仕事人間だからスマホにやましい履歴も無いし。最近身近な人間が死んだこともない」


「俺もそのドゥーグルムービークリップを確認してみるか。スローモーションは何倍に設定しているのかな」


「勿論三十二倍で最大まで遅くすることで幾つかの黄色い画像が確認できる程度です。」


「わかった烏丸に連絡を入れておく。そういえばドゥーグルって今テロが起きているよな。アメリカだっけ」


 鈴井と藍田が顔を見合わせた。


「もしかしてこの件でトラブルを起こしているんじゃ」


「だとしてもだ。とにかくある意味では本編にあたる気分の悪くなる映像が画面に出たら目を背けるか画面を書類で覆うとかして対策できるようにしておけよ。死んだら終わりだぞ」


 山野が深呼吸をしたあと俺が置いた夜食の入ったレジ袋のあるデスクの前にきた。


「二つの編集アプリで登録画面を録画したあとスローモーションに編集した結果。特に何もなかったです。ごくごく普通のものでした」


「うんドゥーグルの内部で何かあったのかもしれないな。俺たちには一切関係のない話ではあるが」


 藍田はメガネを触りながらマウスをクリックして何か検索しているようだ。


「ハッカーに乗っ取られたとか。ですか。サイバーテロを起こされて人生を終わらされた社員が動揺してテロを起こしたとか」


「花田さん菓子パンもらいますね、確かに藍田君がいっていることも起こりうるかもしれないですね。まあ何かに動揺したとてテロは起こさないと思いますが」


「山野さんはハッキングができる人とか知り合いにいたりするのですか」

ジャムパンを開けながら山野が空いているデスクに腰掛けた。


「いや多分ハッキングができる人ってその技術を共有したりしないのかも。高校生とかはわからないけどね。あいつはハッキングができるらしいぞって噂が立ったりするやつは二流ってイメージ」


「え?それって本当の話なのですか」


「いやまあこれもオカルトみたいなものなのだけど。まあ本職がハッカーだったら人を殺す映像なんか作っている暇はないってことかな。例の映像に近いものが見つかったけど気分は悪くなっていないかな。分析変わろうか」


「なるほどですね。今鈴井さんにみてもらっているので大丈夫です」


「鈴井さんも映像見たあとなのでしょ。俺がやるよ」


 鈴井が席を立って差し入れのあるデスクまできた。


「結局近いものがあるだけで何もわからないですね。あとは本編。死の危険を伴う映像の発信元を割り出さないと前に進まないかなと思います」


 鈴井がマウスとキーボードを無造作に音を立てて動かしている。


「あ、本編が勝手に再生されました」


「みんな藍田のパソコンから離れるんだ」


 本来なら見つかった動画に注目するのが普通だが見ることができない。


「画面の録画はつけたままにしてありますが。発信元が追えるかどうかはわからないですね。長野さんはまだですか」


「確かにあの人、いつもより遅いな」


「あ、山野さん映像を見たらダメですよ」


「一部分なら見ても大丈夫なんでしょ。見せてもらうよ。この映像にようがあるんだ」


 すぐにでも止めたいところだが真剣な表情の山野が言っていた知り合いが被害に遭っていたという話から何かを察した俺は止めることができなかった。


「前半は過ぎているかもしれないが少し危険だ。終盤も見ない方が良いかもしれないです」


 オフィスが静まり返った。山野が藍田のパソコンをじっと見つめている。確かに山野がこの映像と関係があるのは理解できるがこのパソコンは藍田のものだから藍田のネットの履歴が反映されているはずだし。再生された段階でパソコンの前に座っていたのは鈴井だから山野の記憶とネットの履歴、そして周辺地域のシーンが映像に挿入されているとは考えにくい。山野が画面を見て三分ほどが過ぎている表情に変化はない。録画はされているので何が映像に反映されているかは記録できているがこれ以上山野に映像を見せることはできない。手に持っていたスーツの上着を藍田のパソコンにかけた。


「そろそろやめた方がいいかと思います」


 山野は腕を組んだ。


「これは藍田くんの履歴が参照されているから。そうか。最後に映ったのは内村さんでした。実際に僕は内村さんが飛び降りた場面に遭遇しているからなあ。ほぼ同じ映像というよりは思い出したと言った感じでしょうか」

最後の方を見てしまっている以上。山野に現状何か変わった点がないかを聞くべきだと思うのだがまずは録画した画面の確認をしたい。それを山野以外の俺と鈴井と藍田の誰でやるかが問題だ。


「山野さんの見た情報と録画した画面の映像を僕が確認します。席を代わってもらっても良いですか」


 山野が藍田の席を出たのを見て俺はデスクに前屈みになって別撮りで録画されたファイルをクリックした。まず映像の序盤はどこかの建物の屋上だった。


「なんかこれどこかで見たことがあるな」


 次に横断歩道を行き交う人々の足元が映し出されていた。黄色いチカチカが目立つがパソコンの画面ごと録画されているせいか少し目立たないが認識できる範囲内だった。


「ああそういえば近所でホラー映画を撮影しているアーティストがいたな。誰だっけ」


 最後の映像は真っ白だった。これが刑事が言っていた現象なのだろうか。


「真っ白か。うん」


 鈴井がいつの間にか春雨スープにお湯を注いで蓋と底を両手で挟んでいる。


「花田さん、ホラー映画を作っていたアーティストって聞きなれないキーワードなのですがどういった感じなのですか」


「ああ十年くらい前かな。音楽作っても売れないからホラー映画作ってやろうって言っていた。クロックイズヘッドが創業したときに機材を借りにきたやつがいたのだけど」


 藍田が少し考えたあと検索し始めた。


「ホラー映画を作っている音楽家…菅井ノムさんですよね。亡くなっていますね。この人映画もネットで自由に見られるようですね。再生しますか。スマホですけど」


「ああ死んだのか。あの人。内容が思い出せないのは多分どうでも良いはずだ。上映会もなかったしウェブにだけしか乗らなかったんだそれこそブランチューブとかで無料で見られるからな」


「藍田はネットの履歴を反映すると仮説を立てていたな。ブランチューブが運営を開始した頃にこの映画がアップロードされた筈だから間違っていないかもしれない」


「多分他の被害者もブランチューブ関連とドゥーグルの履歴を利用されて死んだ可能性がある。罪悪感とか悲壮感、焦燥感に襲われて死んだというのは現実的ではないのだが」


「山野さんが内村さんの死の瞬間を見ることができたのもこの周辺で仕事をしているからかもしれない。刑事たちは多くのパターンを見ているからわからなかったことかもしれないな。一旦烏丸に報告だな」


 藍田のスマホを見た鈴井と山野が夜食を手に持ったまま引いた表情をしている。


「ほぼほぼネットの動画をコピーしているだけじゃないですかシーイングの映像」


「要は周辺地域と現在位置と身近な人の死の情報が揃えば前に死んだ人間の死の瞬間を想像してしまうということになるのだが。だが仕掛けは説明されてもわからないだろう。しかしだ。内村にはしてやれなかったが死なない状態にするのは簡単だ」


 藍田と鈴井が頭を抱えて軽く「ええ」と悲鳴を上げた。


「山野さんを一番奥にある俺のデスクにベルトとかなんかで縛って。映像の影響力がなくなるタイミングを見計らう。実験だ。心臓麻痺になるわけじゃないんだからな」


 山野が真顔でパンを齧った。


「ああ、別に構わないですよ。今はなんか死にたくないかもしれないし。ははは」


「問題は誰がこういう嫌がらせをしているかなのだがそれの解決は長野を待つしかない。山野さん水分と栄養摂ったら自殺しないように軟禁開始です。よろしくお願いします。これから先はトイレを我慢してください」

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