DAY1-16 烏丸
八月十七日 二十二時二十分 烏丸武
連日の猛暑の影響もあり自宅ワンルームのエアコンは覚えている限りだと二週間電源が入りっぱなしだ。実際のところは猛暑の影響を受けたのは俺の脳みそで自制が効かなくなっているだけなのだが。長時間エアコンを付けっぱなしにしているくらいは世間に許してもらえるだろう。
部屋にはゴミは散らかってはいないがテーブルには一部分、埃が積もっていてカップの底にはコーヒーの渋が染み付いている。どこでも使っている自分のノートパソコンを開いて夕飯であるコンビニの弁当とアイスコーヒーをつまみながらテレビを点けるがすぐに消してしまった。
独身生活はかれこれ五年になり飾られている写真は一つもない。スーツをかける服掛けはクローゼットではなく部屋の中に別である。テレビ台にテレビは乗っているが録画のできる機械などはない。刑事の仕事もそろそろやめて警備員に転職して夜勤でも良いからまとまった休みのある時間と余裕のある暮らしに憧れることがよくある。警備員は本当に定期的な休みがあるのかは全く知らないのだが。前屈みでソファーに座りながらテーブルを少し引き寄せた。
まだ車で仕事に出かける可能性があるから酒を飲めない。早くひと段落つけたい事件だが上手く犯人と思われる人物を見つけたとて「心的外傷を及ぼす映像」の報告書を書くことになるが「観ると死ぬ映像を作った」かあるいは「観ると死ぬ映像をプログラムした人間」というリアリティのかけらもない殺害方法かあるいは嫌がらせをした容疑者を立件できる可能性は低い。
クロックイズヘッドと言われているネットメディアの代表である花田からの連絡が入ったのは数分前の二十一時五十六分だ。
それは例の心的外傷を生む映像の被害者たちの共通点は動画を投稿した経験がある人間が多いという仮説だった。呪いの映像でもなんでも良いから噂話にして世に広めるのは逆効果かもしれないが対策を打つことに協力してほしいところではある。個人的に具体的なことは何一つ思い浮かばないため協力を要請することには難しさを感じていた。実際こういった被害のあったメディアは数件確認しているのだが話を聞いている人間は少なくあっさりと断られてしまうのが常だった。そういった連中とは違いこの花田という男は社員をこき使って色々と調べてくれたようだ。
「映像を見たと言った趣旨のネットのコメントを残して死んだと思われる人間がまだいたのか。本当かどうかはサイバー犯罪捜査課に調べてもらうか」
スマホをテーブルに置いた時静かな部屋にコンという音が反響した。肘をテーブルについてパソコンの画面を見る。
「確かに、被害者の共通点を洗うのは悪くないな。なにせ人手も足りていないからな。このオカルト事件の捜査に参加してくれる人間は限られているし。また何か調べてもらうとするか。クロックイズヘッドとか言っていたな。ネットメディアか。こう言ったものはテレビ局とかは見向きもしないからな。バチがあたる奴が多いからなあの界隈は。死因が不審でもどうとも思わないのだろうな」
独り言が虚しく部屋に響き渡ると疲労感が倍になって襲ってくる。それと同時に弁当の唐揚げを一口で頬張りすぐに飲み込んでアイスコーヒーで更に喉を刺激した。
実際のところ死んだサイバー犯罪対策係のメンツ数人は休日にバイクを趣味にしたコミュニティと動画を作成してつながっている事がわかっていたこと。木下はそれに参加していなかったことから動画を共有することがなかったのかもしれない。急遽チャットで呼びかけた心的外傷を生む映像対策班数人とリモートで連絡をとることにした俺は自宅のパソコンで待機していた。呼びかけから十分ほど経つが誰も参加していないのが現状だった。
「流石にもう全員寝たか。ここ最近訳のわからない映像を追う仕事をしているからな。捜査をしている実感がないんだよ。報告書なしで無かったことにしてしまおうかな」
スマホに連絡が入った。木下がそろそろリモート会議に参加するようだ。
(リモート今から合流します。例の映像の発信元はアメリカと日本の二つで個人のパソコンからの発信だったようです。会議で報告します。発信元をチェックする際に映像を見てしまいました。死んでいたのは捜査一課の今井さんでした。ここ最近連絡をしていなかったので。)
「おい待てよ。大丈夫か木下」
木下のアカウントがログインしたことがリモートの映像に映し出される。リモートの画面のチャットに長文が投稿された。画面の奥で木下が映っているが少し距離が遠い。だが奥に胴体と膝から上が見えていた。
「木下。おい」
まさか首を吊るのではと思ったが木下の顔が画面に映った。少し落ち着きがないようだ。
パソコンの画面を掴んだり天井と周囲を見渡している。どうやらホテルでリモートを繋いでいるようだ。
「烏丸さんいるんですか。僕は視界が悪いです。例の映像は世界中に散らばっているウイルスのようなものでした。クロックイズヘッドの会社員たちを見て世界のああいったメディア周辺を探ってみたらわかりました。あれは自動で動いて自動で拡散される類のもので特定の利益を得ている人間はいなかったです。ですが数人がプログラムごとダウンロードしてその内容を確認した形跡がありました」
「待て待て、もっとゆっくり話せないのか。要はヨーロッパとかアメリカでも被害が起きている可能性があるわけだ」
「すいません、おそらくもう僕には時間がない。いくつかのケースはオリジナルのプログラムを悪用したことによる被害の可能性があります。おそらく僕ら以外にも別の地域と国の警察組織やハッカーの部類の人間が映像を確認しているようです。あとはこの映像は自分のスマホやパソコンの履歴と住んでいる地域の画像を自動的にミックスして心的外傷を生むようです。僕の住んでいる地域やパソコンの履歴を映像と比べて確認するとほぼ一致していました。最後の知り合いの死ぬ姿だけが自分の頭の中で再生されるようです。その際に視界が悪くなりました。悪化しています。うっ見えない」
木下が目を押さえている。
「落ち着け、自分で自分を傷つけなければ死ぬことはないはずだ」
「確かに視界は悪くて気分が良くないですが。がっ」
胸を抑えた木下がパソコンのカメラの外に向かって倒れた。
「しまった今どのホテルにいるんだ。木下」
パソコンを閉じることはできない。このまま車に乗って木下を探しに行く必要がある。他のメンバーを待った方が良いだろうか。先ほど流れてきた長文のチャットを読むような状況ではない。
木下の映っていた画面から声がした。息を切らしながら怒鳴るような木下の声だ。
「チャットに映像のプログラムをコピーした履歴のある人間の住所を書きました。か らすまさん後は頼…み」
「木下。くそ。まさかアメリカじゃないよな」
チャットを見るとよくわからないコンピューターの不具合と思われるものの説明がされており後述に住所が一つ打ち込まれていた。
「東京都新宿区◯丁目〇〇―〇〇サウダージスカイ〇〇号室。高級マンション住まいかよ。腹が立つな」
俺は荷物を持って画面をオンにしたまま部屋を出た。キーホルダーがマンションの廊下に落ちて耳障り金属音を立てた。拾い上げてエレベーターまで走る。木下がいたホテルはどこにあるのかは見当がつかない。駐車場におり黒のセダンのロックを解除した。スマホを取り出してこの件を捜査している仲間の一人に電話をかけながら。車の助手席にカバンとパソコンを投げた。
「烏丸だ。今そこに何人いる。二人か新宿区◯丁目〇〇―〇〇のマンションで合流。捜査令状はもちろん無い。一旦住人に話を聞くだけだ。急げ」
木下の遺体を放置するのは悔やまれるが。その人殺し映像をコピーした人間とのコンタクトを取らないと気が済まない。
車を出した時刻は二十二時十五分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます