DAY1-14 長野
八月十七日 二十二時 〇〇駅 長野浩輔
ドゥーグル本社で社員が立てこもってから十八時間が経っていた。
十数名の人質はまだ誰も殺されていないことから武装した特殊部隊は突入に至っていない。これは珍しいケースで人質が人質としての扱いを受けていない。というのは表現が不適切かもしれないが乱暴なテロリストではないのだろうか。
ドゥーグル社勤務の数人の連絡先を自宅で、というよりはインターネットで探し回っていたため一睡もせずに俺はクロックイズヘッドへと出勤することにした。
基本的には海外ゴシップ専門なのでIT企業の知り合いを探してもらうことから始まり直接連絡をとってとにかくドゥーグルの社員との関わりがある人間を探しては見たもののニュースで流れているドゥーグル社員の概要は伏せられていたため情報収集は難航した。
唯一情報が公開されている容疑者は名門の情報工学科を出ているようで臨床心理の分野でも評価された「マイルズショーン」という男で学生時代に「プログラムを使用した心のケア」と「インターネットやSNSが心にもたらすダメージと錯覚と催眠を用いた予防策」などといった頭が痛くなるほどでもないが大半の人間が興味も湧かないものをテーマにした研究をしていたようだ。
英文の連絡が数件入っているがハズレが多いこともあり単純作業で開いているに他ならないが重要なものを見落としてしまうことはできない。傘の中棒を顔の側面に挟んでメールの序文を流しつつ顔認証のためにマスクを外した。
(ナガノへ 例のドゥーグル社員は殆どが連絡手段を経っている。人質全員電話の電源を落としているから諦めろ)
スマホにイライラをぶつける。
「うるさいなあテロの現場は大体そうだろう。近くの会社勤務だから何か知っていると思っていたのにな。無視だな」
(ナガノへのメール 人質の半数は容疑者と同大学出身らしい」
(アーソンへの返信 もしよければ人質の大学出身者のコミュニティだとか個人の情報が載っているフェイスノートのアカウントを教えてもらえないかな)
(ナガノへの返信 Okそれなら簡単だ」
「よし。これは現状一番良い情報だ。大学の専攻と経歴があれば記事が埋まる。まさか人質と見せかけてだ。ムショから出てくるテロリーダーが全員まとめて一生分遊んで暮らせる金をネットバンクに埋めている最中なのもしれないな。面白くなってきたぞ」
強い風が雨を吹きつけてきたためにスマホをリュックに押し込んで空いている片手で胸に抱えた状態でクロックイズヘッドを目指す。いつもよりも車が多い。思えばここ一週間くらい日本のニュースなどを見ずに生活している。
昨日と今日の深夜は海外のディーバのリネアスタチューをアメリカのパパラッチとリモートを繋いでもらい向こう側は汚い車内のバンの窓からパトカーを写していた。
目が離せない展開ではあったのだが追っかけていたパトカーにあっさり逃げられたため急遽事故現場と前の噂話と裏をとって済ませた。
結局留置所に入っていくリネアは記録することができずアメリカローカルのテレビの映像を貼り付けるしかなかった。二日ほど監視していたネタは月並みのクオリティだったことが悔やまれる。
先ほどタクシーの中でテロの主犯であるマイルズとかいう男の学生時代の論文を読んでいたが実験的な内容でありながら量産的で尚且つ平凡な内容のものだったことが思い出される。
(プログラムを利用して心のケアをする) と節は一見プログラムを学ぶ際にネット世界は人が作った世界であることを認識する一種の認知療法と思ったのだが中身は全く違うサイコ性のあるものに思えた。
一定の年月その実験では一年の間、被験者が利用している端末全てに目では確認できない速さで映像を差し込むことでネガティブな気持ちを和らげるということを実行したこのマイルズという男は端末をいじるのではなくウェブから、被験者のネットに関する動向の全てにこの映像を差し込んでいたということが序盤で書かれていた。
加えて被験者には実験をするとは一言もアナウンスしないで行われている。もし訴えられた場合アメリカの裁判では勝てる見込みがないだろう。
サブリミナル効果とは論文には出てこないのだが。ほぼオカルトのそれとも思える。映像を差し込む原理や法則は読んでもわからなかったが要するにネットに溢れかえっているイジメや誹謗中傷の言葉から目を背けることができない状況下でポジティブな言葉を脳が認識しない程度に連続して画面に紛れ込ませることで治癒効果を生むかどうかの実験だったようだ。たとえば、(大丈夫)だとか(君は違う)とか軽薄なポジティブワード全般だっただろうか。
結果、ストレスチェックや健康診断は前年度よりは良くなり被験者には何も伝えずに実験は終了したようでこれをもとにした人口AI〇〇ヒューマンダメージリカバリーを構築するという言葉で論文は締め括られていた。
この場合研究者は構築という言葉を用いるのだろうか。そう言った研究論文の知識は少ししかないがこのテロの容疑者は癪に障るタイプの人間であることは間違いない。
被験者は監視されていたことを教えてもらえなかったという点が。全く理解ができない。
被験者達が一年間の調子が良かっただけだったのではないのではないか。などとも考えるが海の向こう側のテロリストの論文なので後から何かわかるかもしれない。
容疑者が少し変わり者だった。ただそれだけで良いのかもしれない。テロ現場で人質になっている連中の研究なども調べておけば良いネタになるはずだ。
次の論文はSNSを使用している不特定多数のユーザーを被験者にしたものだったのだが。途中までしか読めなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます