DAY1-4 鈴井
八月十七日 正午すぎ 鈴井菜穂
「鈴井ちゃん、前は深夜勢がおいていったラスクで食中毒起きたけど。絶対なんとかなるよ、呪いの映像なんかあるわけがないし。ほら時代も進んだからその変な動画もさ。ストレスでおかしくなるように計算されているのだと思う、これ以上絶対に見ないでね」
昔からそういうものがよくあった気がするのだが私はこの話を流すことにした。
「うん。みんなで協力してあんな悪ふざけ全削除してやる。神谷くんのパソコンごと処分しようと思う。城島さんに悪いことしちゃった」
少し泣きべそをかいている鈴井の頭に先輩の駒崎が手を添える。
「霊能力者というかオカルトライターに電話しておく。大丈夫。クロへに入社したときに廃墟取材とか行っている部署で発狂した子がでてさ。まあ突然呼ばれた着物にちょび髭ロン毛のお祓いで納まったから」
「どうりで最近オカルト記事やらなくなったのですね。マジで嫌いですそういうの」
「よし。元気そうだね。なんとかなるよ」
「朝、配信でエナドリ飲んだので。元気ですよ。はい」
「パーカーオシャレじゃんじゃあ行ってくる」
「ああはいお疲れ様です」
花田が招集をかけた藍田と内村を連れてきた。藍田の風貌は夏に白のTシャツの上に革ジャン、黒のスキニーをはいた茶髪パーマのバンドマン風のメガネ男。内村はTシャツ短パンスケーターシューズの坊主に寄せた短髪の頭が悪そうな中太りの男。この二人、喧嘩は強そうなのだが先ほど駒崎が言っていた着物にちょび髭ロン毛の除霊師のような活躍は見込めない気がしている。除霊士という職業は存在しないのでそちらも怪しいのだが。
いつも会社ですれ違うことはあるが。よりによって面識の乏しいメンツだった。ひとりでいるよりは安心といったところだろうか。
「鈴井さん、その動画の概要を教えてもらえますか。見ると死ぬ映像ってことは何か死ぬ直前の自分の映像が映るとかそういうことですか。いやこの前に見たホラー映画がそれだったなと思って」
藍田がパーマを揺らして眼鏡を持ち上げた。内村も同じことを考えていたらしく頷いている。予想に反してどうやら飲み込みは早い。
「青空が見えて。屋上かな。その後に交差点の足元が映っている。これくらいしか覚えていないかな」
内村が少し考えてからスマホで何かを調べているようだった。
「鈴井さんは屋上で配信するからそれに合わせているってことかな。でも死んでないよね。いやごめん。変な話。夜だった?映像。配信は夕方でしょ」
「ちょっと待ってよ。死ぬ場所が映るってこと?嫌だ。馬鹿みたい。それに夕方はまだ明るいしさ。晴天だったし。クロへの屋上ではなかった。あと多分城島さんも同じものを見ていたと思う。いや確実ではないけどそんな気がする」
藍田は名探偵のキャラのように顎に手を当てて無精髭を撫でている。
「それだけで死ぬかな?そういえばさっき城島さん大きい声を出していたよね。やっぱり刺激が強いだけの悪質な映像ファイルだったのではないかと。城島さんは確か前に戦争の映像を見てゲロ吐いていたし」
「ああさっき叫んでいたよね。ヘッドホンしていたけど思わず外して振り返ったな」
腕を組んだ鈴井は記憶を思い起こしていた。
「なんかピカラっとにイライラしたなあ漠然とだけど」
「ああなんかあのゆるキャラムカつきますよね」
この推論ゲームは想像以上に長くなりそうだ。考えるとキリがない。だが動画の概要がわからない人間しか生き残らないのであれば見なければ良い。だがせめて社内の人間にだけは注意できるくらいの情報が欲しい。リンクやファイルの中でどれを見てはいけないのかが重要だ。藍田と内村はまだこの必ず呪われる映像と出くわしたばかりでその上映像も見ていないわけだから余裕がある。この手詰まりな状況。呪われる映像という非現実的な問題。
人が死ぬ映像なんてこの世にはないはずだ。この段階では情報が少なすぎる。
「あのさ、私はさっきも言った通り何回かに分けて一部分の映像を見たわけだけど死んではいないじゃん。少なくとも今現在は」
「ああ、なるほどですね。鈴井さん」「そういうこと」
内村はついて行けていないようだった。「え?何。どういうこと」
「要するに半分ずつ見るってこと」「そうだね、今のところ現実感ゼロだから。みたほうが早いかも」
「アリだね、確かに。でさ。俺らが全く別のものを見たとしたら。それはしょうがないでしょ。死の瞬間を見てしまうわけだ。もしかすると十年後とかだったりして」
二人がホラー映画を一緒に見ている最中の学生のように笑った。まだそのホラー映画の設定が続いているようだ。
「同じものだったら改めて推理よろしく。二人とも。と言いたいところだけど。城島さんの件があったわけだからさ。二人に呪いのビデオの毒味をしてもらうのは少し無責任だと思う。だからと言って放置していてもいいことはないでしょ。結局世の中に広まる可能性は高いし。危険性を証明することも難しい。無かったことになれば一番良いけどさ」
「要するに三回にわけて見るってことですか?」
「そうしようと思う。もし自分が死ぬ前の映像を見るのであれば必然的に私は最後の方を見なければならないことになる屋上のシーンはみたわけだからさ。私が最初に動画を見たら動画の内容はわたしのものになっちゃうじゃん」
短髪を掻いた内村がついでに腹の周りを円で描いてさすっている。
「じゃあ、動画の主人公は俺で。それで中盤は鈴井さんで」
「ああ私は最後の方を見ないほうが良いのかな」
「そうだね。もし鈴井さんが見た映像と中盤を過ぎていた場合。全部見ちゃったら危ないでしょ。」
曇った眼鏡を袖で拭いた藍田は少し興奮しているようだった。三人で映画を見る際に一人だけ先に見ていてオチだけ知っている少し暗いやつのソレである。
「じゃあ俺が内村さんの死んだ瞬間をみると」
「それは見たとしても言わなくていいからな藍田。よしさっさと片付けますか」
「神谷くんのPCを起動しよう」
パーカーの腕をまくった私を藍田と内村が顔を見合わせた後に見た。
「いや花田さんからUSBメモリを預かっていますけど。城島さんが報告の時に持ってきたらしいです」
この良い歳をしたおじさん二人に少しイライラするのだが何人かで呪いの映像の話をしているだけで城島が死んだことを思い出さずに済む気がした。
「いや保存できるならさあ。動画の中身が変化するわけないじゃん」
「いやいや人を殺す映像ならワンチャンあるかなと思って」
「いやワンチャンって何、最近見た映画に引っ張られすぎでしょ。期待しないでよ。まあいいか。一旦だけど二人が動画の中身を知っていれば。考える脳みそが二つ増える。これが大事なのは確か」
「もし同じ動画だったら。どういうものかネタバレ確定でつまらないものにして攻略法として記録しておこうよ。中身がわかったらつまらないじゃん。食指がむかないでしょ。スワイプとタップするわけだから。これが大事じゃん」
この二人は第一印象から比べると心強い助っ人だと言うことがわかった。さっさとこの動画を葬る方法があるに越したことはない。考えてみると自分が死んでいないことから適当にスルーしてしまえば呪いに勝てるのかもしれない。
「確かにね。一回わかってしまえば呪いの映像もオワコンか、悪くないね」
特に円陣を組むわけでもなくデスクに向かって歩き始めた二人を追っていく。ベランダ兼喫煙所に貼ってあるピカラットのポスターをみてもイライラしない。それどころか勝ち誇った気分になる。恐怖もシェアしてしまえばなんてことはない
一人で背追い込むから死の確率を高くしてしまう。
ただそれだけだ。加えて考えると安藤と城島は偶然が重なっただけで呪いなど最初から存在しない可能性もある。ただ漠然とではあるが世の中に蔓延すると自ずと死ぬ人間が多く出てくる予感がある。今現在、呪いの動画をクリック(あるいはタップ)する人間の精神衛生などたかが知れている。自分の時間を自分で作れない人間など荒んでいないようにみえて切迫しているのは最早常識だろう。偏見ではあるが野菜も食わない水も飲まないで炭水化物と油だけで生きている人間にとってあの動画は少々刺激が強いのだろう。もしかしたら私が生き残ったのも健康状態が良いから呪いの動画が体調不良との相乗効果を生まなかっただけなのかもしれない。
重い扉を開けるとデスクでは城島の死を受けて病院に誰がいくのだとか。連絡する親族はいるのかだとかで忙しいようだった。藍田は自分のデスクに置いてあったスマホから充電ケーブルを外している。内村は城島の横の黒で統一された(シックマンというあだ名で呼ばれている記憶がある)デスクに座りPCのスリープを解いた。自分の持ち場に戻って安藤のパソコンをみると特に動いた様子はない。隅のデスクに向かってきた藍田が遅れてスマホのカメラアプリをオンにした。
「え、録画するの」
「もちろん、大丈夫編集アプリで別の人に分割してもらうつもり」
USBを黒の高級感のあるPCに差し込んだ内村はファイルを探している。デスクトップの壁紙は暗い廃墟にたたずむ赤いドアで電線やパイプから火花がでているクライムサスペンスのワンシーンで見るような画像で少し格好が悪いのだが呪いの映像をチェックするのにはうってつけだとも言えるかもしれない。映画の予告編やや先行上映のスケジュールの手帳系アプリだとかブラウザや怖い話のネタだのを閉じて最後にスケジュール帳を閉じた内村はUSBの動画のファイルをあさり始めた。おそらくウイルス対策だろう。自分のデスクに顔をむけて椅子に手をかけて屈伸をし始めた私をよそにして。向かい側にある安藤のデスクにスマホスタンドを設置した藍田も窓の方を向いた。
「あった、シーイング。わざわざつける名前にしては安直なセンスだな」
ファイルをクリックすると青空と屋上が映し出された。どうやら鈴井の言っていたことは正しかったようだ。屋上はどうやら少し都心を外れた場所だろうか。かといって病院や学校のような大型の建物でもない。マンションか少しリッチな住宅で三階建てくらいである事が推測できる。
画面が例の交差点になったところで。交代の合図をだした。
「鈴井さん交差点です」
「オッケー、久しぶりに見たこの画面」
交差点の映像は二分ほど続いた。少し画面がぼやけている。そういえば私は先ほど用を足したトイレにコンタクトレンズを忘れていた。更にもう一つこの後どのくらいの時間尺で終盤の映像に向かうのか全く把握していなかった。焦りを感じつつ適当にぼやけた画面を見流して内村に声をかけることにした。
「終盤かなそろそろ、あまり覚えていないけど」
カメラスタンドを握った藍田が落ち着きのない様子で画面に向かった。内村の椅子には座らず中腰で状況を押さえているようだ。芸能人や政治家にカメラを向けるゴシップジャーナリストのイメージが浮かんだがこいつは確か事務職だったなと思い出した後。自分の引き出しから希少糖キャンディーを取り出して封を開けて口に入れた。
もう一つのキャンディーを内村に渡すと。先ほどとは何一つ変わりのない憮然とした様子で飴をなめてすぐに噛み砕いた。
「死ぬ前の映像ではなかったですね。全員同じものを見る線で間違いないかと」
「怖い感じはするけど。さっき見た時よりイライラ感がないかな」
画面に食いついている藍田がぶつぶつと何かを言っている。
「ねえまだ終わっていない。大丈夫?」
振り返ると藍田はファイルを閉じた後スマホカメラの録画ボタンを止めていた、
「ああはい終わりました。画面が黄色くなってブツって途切れる感じかな。交差点が映し出されているだけで」
「え?じゃあ終盤も交差点だ。あれ?警察の人が駅のホームが映っているとか言っていた記憶があるけどな」
電話のベルがなった。今となっては大体の国民がこの着信音なのでデスク中の数人が電話を確認した。スマホを取り出したのは藍田だった。
「あ、ちょっと出ます。ハイ後でファイル確認するので」
「おう少し休憩挟みますか。鈴井さんはコーヒー飲みますか?」
「いやジャスミンティーでいいや。自分で淹れる」
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