DAY1-1 鈴井


八月十七日 鈴井菜穂


 午前六時三十二分、神谷光喜は高血圧が引き起こす脳卒中で死亡した。警察もそう話していたから間違いない。


 私の隣の夜勤は過労が原因で死んだという事は確かだ。死因は働きすぎで、私は病名に区別をつけるのは何かのおまけでしかないと理解した。だが何かが引っ掛かる神谷は顔を掻きむしっていた。ブルーライトにやられてアレルギーでも出たのだろうか。確かアナフィラキシーショックという死の危険性のあるアレルギー症状で年にかなりの人が死んでいると聞いたことがある。


 アレルギー反応が出たとすればカップ麺の箱以外に神谷のデスクにはマウスとキーボードとディスプレイモニタしかないが配線に特に埃が積もっているわけじゃないようだ。あの男は病んでいたのだろうか。


 夜勤は厳しいのかは疑問だが。つけっぱなしのパソコンは開いて中を見る事ができる。業務上パスワードを設定しないからだ。深夜のニュースをみる限り普段通りくだらないニュースを、しっかりとアップロードしているようだった。深夜一時頃の文だけの飛び降りのニュースに違和感のあるリンクが貼ってある。


 リンクの概要も説明もないがアドレスを見る限りツブキットのリンクのようだった。クリックしてみると、創作された出来の悪い動画が再生された。


 「うわ間違えているじゃん神谷くん。これ飛び降り事件前後の電車待ち客のリアクション映像じゃないし。こういうのがどれだけフォルダに入っているのよ。忙しかったかな」


 神谷のパソコンの画面いっぱいに何処かの屋上と青空が映し出される。その真ん中に、ノンフレームの映像が入り込む。映し出されている交差点はどうやら渋谷のスクランブル交差点のようだ。


 おそらくビックリさせる事が目的の映像だ。私は一切こういうものを信じていない。余計なことで時間を使うと人生の限界点四十歳までの間にデータロスが発生する。黒歴史など必要は無い。私の職場であるクロックイズヘッドは朝昼夕に天気予報を配信することで恵まれないネット民たちに無駄な時間と夢を与えることが出来る。人生のデータロスを減らすためには他の人間のデータロスをクリエイトすればよい。これが私のモットーだ。


 当然この時間がかかって仕様がない古き良きドッキリフラッシュムービーをリメイクしたようなゴミを見る時間もない。死んだ神谷はルックスが八十点の尚且つ時間の無駄を創出する職人としては尊敬していた。ユーザーが時間の無駄にアクセスするための仲介役をやることは良い仕事だ。それもあり彼の死は少し感傷に浸る部分も多かった。だが、それとこれとは全く別の話である。


 「気持ち悪い」


 マウスを動かしてもポインターが見当たらず映像は止まらない。仕方がないので無人で動く安藤のパソコンをそのまま放置して配信用メイクを整える事にした。待ち構えているのは午前七時から生放送である。クロックイズヘッドのアプリ版では朝と昼と夕方にニュースを配信する。気象予報士である私は天気のウェブニュースの更新と地方の天気の中でも台風や黄砂などの注目しやすいものに限って要点をまとめる仕事をしている。夜のスポーツは試合観戦に行っている売り出し中のアイドルやお笑い芸人がネットで報告をしている。


 私は朝昼夕のお天気お姉さんの仕事を日曜をのぞいて帯で担当している。


 ニュース中は視聴者がお金を投げられるシステムがある。これに関しては私の中ではクロックイズヘッドへの募金と捉えている。実際運営資金は潤沢で余るほどであるのだが。未だにクロックイズヘッドは創業当初のような感覚で応援金を募集しており一方で優先配信席のようなシステムは皆無である。しかし公の場ともいえる画面に登場するキャストは最小限であり。本物の芸能人が登場することは滅多にない。一方で平均の視聴者は五万人に上っている。朝のニュースとしては相当な盛り上がりを見せているしそれ以降も生放送の枠としては民放と戦えるレベルだ。と思う。


「お、動画が終わったじゃん」


 天気用法の放送はビルの屋上で収録配信する。事務所を移動する前に私は神谷のPCの電源ボタンをグッと押し込みながら一言。


「神谷君にご冥福を」

 

 簡略的な喪に服す動作で罪悪感を誤魔化した後。紙袋に入ったお天気お姉さんグッズの中身を確認して事務所を出ようとした。


 「あれ?なんかうるさいな」


 紙袋のカサカサとした音やコーヒーメイカーの音。朝に事務所でテレビや新聞を確認する情報亡者たちの生活音が耳障りに感じることに私は気づいた。


「疲れ気味かな。神谷君の幽霊がいるのかそれとも鬱が入ったか。突然目の前で

脳卒中とか勘弁して欲しいな。ホラー映画みたいだからさ」


 通信を遮断しているのではないかと思えるがそれほどでもないガラス戸を開けて自販機の前を通る。休憩所奥の喫煙所は三人くらいのむさくるしいオジサン達が様々な喫煙グッズをあれだこれだと騒いでいる。


「大体同じようなものを、宣伝するモチベーションはどこから生まれるのかな。ああニコチンか。納得」


 ニコチンに魅せられニコチンを世に普及させんとしているおじ様たちの前を通り過ぎる時だった。休憩所のガラスに貼ってあるポスターが目に入った。ウサギなのか鼠なのか権利関係が怪しい黄色いキャラクターに私は苛立ちを覚えた。何かわからないものに寒気を感じたのが無性に腹がたつ。なにかいつもと違う感覚だった。ブツブツと呪文を唱える。


「気を取り直す時はスイッチを入れるのでもなく切るのでもなく。数秒前を理解する。何かにイライラしたのは確かだけど、それが何かがわからないなら考える必要は無い。私は屋上で仕事をするだけ」


 エレベータが降りてくるまでの間に口角を上げて表情を仕上げていく。朝の天気予報で恵まれないネットユーザーたちが手に入れる至福と眼福をクリエイトする。時間の無駄を生み出すことには妥協は許されない。夏でも切れる白のセーター、薄いピンク色のカーディガン。中途半端な丈の白スカートにニーハイとハイテクシューズ。実際の神経質な性格は微塵も表に現れない。私は俗に言うあざといキャラで人気を獲得している。


「よっしゃ、さっさと片付けよう」


 エレベータが開いた。この俗物達が運営するネットメディアがある貸しビルにしてはフォーマルなデザインでこの空間だけヒルズがついてくるビルの様なのだが。毎日見ている休憩所へ続く道は学生の部室のように薄汚くなるのだから使う人間たち次第でどの場所でも変わらないのだろうなといつものように考えていながらエレベータをでて屋上前の通路に移動した。


 そこには実質的にマネージャーのアシスタントディレクターである松田が待ち構えていた。ディレクターと会話することはほとんどないので彼が実質の動画配信の監督なのだ。


「おはようございます。鈴井さん、となりの神谷さんは亡くなったみたいです。過労ですかね。深夜勤務ですが定時には帰れる筈だけど。きつかったのですかね」


「まあ不摂生でしょ、試食用のカップ麺を箱で持って帰るつもりだったみたい」


「はは、僕も似たようなものだから気を付けないとなあ」


「倒れる場所による。出勤して顔を見合わせた途端に。しかもスマホを地面に叩きつけてふざけんなよ!って叫んだの」


「それは怖いなあ。え?目の前で?」


「そういう事。松田君も野菜を取ろうね。コンビニの袋のやつを買うクセをつけてドレッシングを持ち歩くわけ。知っているでしょ」


「いやあ意識が高いっす。ドレッシングって腐らないのですか?」


「うるさいな。使い切ればいいじゃん。一週間くらいでさ」


 数年前からサラダと弁当をどちらも買う主義なのでこの会話を長引かせるのは非常に面倒だった。外食するときも野菜を全て胃袋に収めておけば体調管理くらい意識しなくても十分事足りるのだ。昨今の一般常識なのだが、脳卒中予備軍たちは意識が低いのではなく無意識の次元なのではないかと推測している。


「鈴井さん入ります」


 屋上テラスはクロックイズヘッド運営が改装して屋根付きになっておりビルとビルの間から東京スカイツリーがぎりぎり見える。これのおかげで台風の時期でも天気予報ができるようになっている。少し変わっているのがわざと風と雨を通す窓があり。時々の天気によってはレインコートなどを着て雨風にあたることが出来る。そしてキャーキャー騒ぐことでネット上が盛り上がる仕組みになっているのだ。また春風や暑苦しい炎天下ですらも画面の向こう側に表現することが可能になっている。現在は夏なので日差しが強く少しエアコンが聴いている状態だ。


「十五分前です、カンペは少し長いですけどその場で読みますか?」


「ああ、うん少し目を通す。晴れなのに長いの?」


「今日はエアコンで一気に温度を下げてサーモグラフィで鈴井さんを映します。熱中症の対策がエアコンでどれくらいできるかを確認した後。新発売のエナジードリンクを飲んでスカッとする企画です」


 今日も今日でこの松田という男の企画内容はまさに時間の無駄遣いのそれである。もはや天気予報は宣伝のオマケである。スカッとするのは私だけじゃないか。とはいえ八月のこの時期は代り映えしない猛暑が続くわけで。メリハリをつけるという点での評価を含めて九十五点のハイスコアとも言える。正直にいうとエアコンで温度を下げて冷たい飲み物を飲むのは体に悪いのだが民放とは全く違うやり方なのでもしかすると想像以上に視聴者数が伸びるかもしれない。


「エナジードリンクは少し飲めば十分だよね。映えればいいでしょ」


「それがですね鈴井さん、今回のキワミエナジーの新作はこれまでにでたラインナップとは打って変わって半分サイズに仕上げてあるのですよ。効き目はそのままとの事です」


 それがなんだと言いたい所ではあるが。理解した。要するに一気に全部飲めとの事だ。


「わかった、カーディガンは脱ぐから」


「いや大き目サイズの「サニードリンカー」のスポンサーパーカーがあるのでそれを今から着ていただきます。パーカー自体は薄手なのでそのまま上に羽織るだけでオッケーです。」


「了解」


 差し出された新品のパーカーを受け取ってカーディガンを脱いでから袖を通す。私はカーディガンの線がパーカーに出たら不格好だろうと直感で悟っていた。 


 配信動画の企画以外にまったくが興味がないADに申し立てを起こすのは面倒だ。


 目の前ではカメラのセッティングが決められ、SNSで人気のキャラや映画のポスターが貼ってある掲示板の様な背景セットが設置されている。この屋上テラスは少し生暖かい。疑似的とはいえ気候に沿ったロケーションが作られている。これに何の意味があるかと問われるとすれば答えは一つ。


 画面の向こう側の視聴者が湧くことが最も大事なのだ。時間の無駄をクリエイトするのには手間がかかるものだ。おそらくこの少し温室気味になった部屋が作り出すジワジワとストレスを催す空気感は伝わっているはずだ。


 先ほどの神経に触るような感覚など次第に忘れてくる。配信五分前に雑に印刷された台本に目を通す。長いとは言っていたが。いつものことではあるがスポンサーの語ってほしいこと以外はアドリブのようだ。天気予報はグリーンバックで合成される事が通常だが、サイズ感は事務室のホワイトボードほどでテレビ局とは違い一部分に天気予報が合成される。塾の講師のようにして私はそばに立ち、指差し棒などを使って天気予報をする。そのままスタジオを上手に進むとカメラも追いかけてくる。


 それによりビル窓から見える景色と撮影する事ができるわけだ。


 袖を通したあたりでスポンサー指定のパーカーが着心地が良いことに気づいたので思わず撮影現場で声が出た。


「良いパーカーゲット。素材が良いグッズを作るメーカーは優良なのよ」


 配信前にもかかわらず。待機者は五千人を超えていた。スタッフたちが四台のパソコンと一台のタブレットを使い。カメラと生放送用のテロップを構えている。オープニングのアニメが流れる。アニメキャラになった私が空を飛んでいる。


「鈴井さんスタンバイします。放送開始前三・二・一」


 モニター画面が私を映し出す。それと同時に口角を上げてから元気よく声を出した。


「おはようございます。鈴井菜穂です。今日も朝七時の天気予報。やってくよ」


 ライブ配信者が一万人を超えたところで。早速、鈴井はアドリブでオープニングトークを始める。


「暑すぎない?最近。「クロへ」のテラスは今二十五度。少しエアコン入れているよ。外はもっと暑いかと思います。全国通して今日は晴れ!猛暑の真っ只中。まだまだ暑くなるね。サーモグラフィーのワイプを見ていてね」


 画面左がサーモグラフィー映像に切り替わった。向かいの床に置いてある確認用モニターを見て少し驚いた。大丈夫なのだろうかこの絵面は。お天気お姉さんをサーモグラフィーと実写で真二つにしているのだが。いつもとは違うことに戸惑ったのだが時間が進むことに逆らえない。


「私が半分になっていますねーははは。ではいつもの、天気ボード。カモン!」


 別モニターで自分の姿と天気を見ながら。予報を淡々と読み上げていた鈴井は別モニタの乱れたノイズが常に視界に入ることが気になったのだが。配信中なので無視をしていた。


「じゃあ恒例の企業案件の時間だよ。皆このパーカーいいでしょ。いいよねー。サニードリンカー様から新作エナジードリンク「キ・ワミエナジー」のご紹介です」


「はいCMです」


 一分ほどの「キ・ワミエナジー」のCMが配信画面に映った。黄色を基調とした昔ながらの栄養ドリンクの映像をみてなぜかイライラ感があるのが不快だった。朝のショックな出来事がジワジワと一日の質を悪くしていくことは避けられないだろう。


「はあ、今日はなんかだるいな」


「鈴井さん!だるいならエナジードリンク飲みましょう。開始四秒前からこれを飲んでください」


「え、なんで五秒じゃないの?中途半端」


「スタッフで実験したところ。四秒前からゴクゴクと飲んで。プハーっとしたところで、CM終わり、からの鈴井さんに入るのが一番、絵がいいみたいですよ。サーモグラフィーでみるとなお良いです」


「はいはいわかった、わかった。このパーカーってもらえるの?今着ているパステルピンクと別の色もあったらよろしくね」


「もちろん、三枚くらいはなんとかします。CM終わり十秒前。よろしくお願いします」


 鈴井は冷えたドリンク缶のプルを引いた。(クシャァ)缶ジュースを開けるときはプシュッという音が聞こえるはずなのだが少しだけ紙を丸めたよう音が聞こえて背筋に悪寒が走った。生配信で悲鳴を上げるなどもってのほかだ。問答無用で天に缶底を向けて飲み始めた。


「CM終わり三・二・一」


「ぶはあー、暑苦しい時はエナドリが美味しい。ウマー」


「見ている皆にお知らせ。これからツブキットでクロへのツイットをリツイットといいじゃんしてくれた方に抽選五名様。お試し用「キ・ワミエナジー」六缶セットをプレゼント!どんどん「いいじゃん」してねー。じゃあお昼にまた見てねー。頭は時計、時計は頭ークロへの鈴井がお伝えしました。バイバーイ」



「配信終わります。皆さん夕方の配信もお願いします。配信アーカーイブの期限はお昼までです頑張っていきましょう」


 このままスタッフはこの場所でアーカイブ動画と宣伝、天気予報のグラフィックをまとめることになっている。デスクに戻ってウェブの天気予報を三日先までチェックする必要がある。夕方は川柳のネタが必要になるので用意を始めるためにエレベータに乗った。松田が約束のパーカーを持ってくる気配がないので後回しにすることにした。今着ている分で業務用ツイットするしかない。


「なんかノイズが鬱陶しかったな、黄色いものを見るとイライラするんだけど。なんなのよ気分悪い。まあキワミエナジーは美味しかったな。リピートしようかな。フフフ」


 ふと度胸試しをしようと思いたち。エレベータをでて休憩所の奥に貼り付けてある黄色いキャラのポスターをじっくりと見る事にした。


「ピカらっと。これネズミなの。ハハハ。いや気のせいだったわ。全然いらいらしない。エナジードリンクってたまに飲むと良い効果発揮するな。ふふ」


 自販機と休憩所はすこしだけ取材班のバイカーが騒いでいる。鈴井の偏見ではあるが皇居やら都内の火災現場に向かうのだろう。デスクルームに入って奥の持ち場に戻ると隣の安藤のパソコンが動いている事に気づいた。


「う、こわ。なになに。また世にも奇妙な渋谷怪談か」


 パーカーを脱いで神谷のパソコンにかけて画面を覆うことで呪いを回避することにした。


「さてと、今日は夕方から雨雲が若干でるはず。ネタ仕込むぞー」


AD松田には冷ややかな対応ではあるが。デスクでもこの調子で元気な天気予報士のキャラを社内の人間の前でも通す事にしている。


「あのすいません。警視庁の桜庭です」


不意に話しかけられて驚いた私は周囲を見渡す。するともう一度、低い声が響いた。


「あ、向かいの席からです申し訳ない」


 一つ先の取材班のデスクから。精悍な顔つきの一見四十代と見られる刑事が手帳をかざしている。スーツを着ているラグビー選手の後衛を彷彿とさせる締まりのある体格でピチピチのスーツを着た刑事は無表情で話を続ける。髭は剃っていないようだ。


「そちら、向かって左の席に今朝亡くなられた神谷こう、みつ。ああ光貴さんがいたとお聞きしたのですが。パソコンの確認をしてもよろしいですか」


「ああどうぞどうぞ」


 パーカーを自分の席の背もたれに掛け直した後。少し椅子を右にずらして座った。


「なんか調子悪いみたいで、パソコンが付きっぱなしなんですよ」


 刑事は何一つ表情を変えずに話を流してアフリカデスクを避けて二列目のデスクにやってきた。


「あなたが電源を点けた訳ではないという事ですね。なんだこれは」


「ああ神谷君が多分ネットニュースの素材を探している時に見つけた変なビックリ映像だと思います。昔からこういうのってあるのですよ。絶妙にパソコンの設定が合わなくてウイルスに罹ったと錯覚するタイプのものですね」


 刑事は返事をせず終始映像をじっくりと見ていた。ぼそぼそと何かを呟いている。


「昨日の新宿駅の自殺ではないな。やはり近日に死んだ人間が死ぬ直前の映像を。さらに次に死ぬ人間が死の間際にみている」


 刑事に掃けてもらいたい一心で声をかけた。決め手になれば職質クリアだ。


「なんか渋谷のスクランブル交差点が映っているだけですよね、それ、迷惑系かな」


 刑事は少し驚いているようだった。


「まってください。私が見ているのはそれではなく地下鉄の監視カメラなのですが。その渋谷とはなんですか」


 面倒な地雷を踏んでしまったと舌打ちをこらえた。だが神谷のパソコン画面のドッキリフラッシュ動画リメイク版は終わっていた。


「いやあ、もう一回再生すればいいじゃないですか。電車飛び降り事故の映像だったかな。実際はニュース内にまちがえて別の動画を貼っていたので別のものでしたけど」


 刑事がメモを取っている。そして自分のスマホで何かを調べ始めた。映像のリンクというキーワードを放つ事で無事ミッションをクリアしたようだ。


「捜査にご協力いただいてありがとうございます。では失礼します」


「いえこちらこそ。お疲れ様です」


 鈴井は気持ちを切り替えるといったライハックなどなくとも昼の配信までの業務を淡々とこなせる自信があった。桜庭という刑事のルックスは七十点だ。刑事はこういったろくでもない人間の死に関する情報を足で稼ぐ仕事を生業としているわけでルックスがどうあれ人的対象者として論外である。


 神谷のパソコンはスリープモードに入ったようだ。誰かが今日中にこの忌々しいパソコンを撤去してくれることを祈る。深夜はノートパソコンを持参した新入りフリーのライターが深夜に入るはずだ。神谷のパソコンは不気味ではあるが何一つ問題はないと思い込むことにした。


 ツブキットを使った仕事の時間だ。昼の配信よりも二時間早く「サニードリンカーのパーカー可愛くない?」という言葉を添えてツイットする必要があるわけだがいつもの流れで片を付けるので。四十分ほどでウェブの記事を更新して。ちぎれ雲になぞらえた夏空川柳を考える事にした。


「うん、夏の季語でも調べよう。コーヒーを飲もうかな。カフェインは足りているけど」


 鈴井が席をたって休憩に入る直前だった。パーカーの下から神谷のパソコン画面が点灯していた。また動き出したようだ。


「チッ、なんなん」


 またこれかと思った時、一番後ろの壁側デスクの城島がピカらっとのぬいぐるみを背もたれに乗せた変なデスクチェアを転がしてパソコンをジロジロと確認し始めた。


「それピカらっとですね最近知りましたよ。流行っているみたいですね」


 城島は嬉しそうに答えた。


「ああ今、独特の癒し系漫画で人気だよ。少し前のピィカチーを意識したオマージュデザインにグロさもあり暖かさもある。鈴井ちゃんは意外とこういうものを知らないよね。」


 少し癇に障る物言いではあるが。故人である神谷のパソコンの問題を解決してもらえると非常に助かるので愛想を良くしておきたい。鈴井は椅子に掛けたパーカーを両手で持ち上げた。


「天気配信でコラボしても良さそうかなと思って。パーカー良いでしょサニードリンカーブランドですよ」


「ああ今日のエナジードリンクの飲みっぷり良かったねー。かわいいじゃんサニーのマークがサーファー向けみたいだね。南国感、よきよきっす。どれどれなんかおかしいみたいだな夜勤の神谷のPC」


「なんか電車死亡事故に貼ってあるリンク先がさっきまで悪さしていて。ストレスが過剰なので何とかしてもらえませんか?記事も削除する方向で良いかと結構不快な映像だったし」


「オーケー、いいよ。会社に必要なものは別のハードディスクに移動しておく。今日は僕が夜勤になったから。任せてくれ。今のうちにやった方が良さそうかなと思っていたからさ」


「やったー、これから徹夜お疲れ様です。城島さん今私がコーヒーを淹れようと思っているので飲みますか」


「ありがとう、頼みます」


「じゃあ淹れてきますね」


 気味の悪いものもこうやって一緒に見てくれる人がいれば悪ふざけを笑いながら過ごすができるのかもしれない。


 このクロックイズヘッドは少し変わった人間が多いが、基本は親切な人が多い。その分ブラック企業の暴露ネタなどは充実しているし不登校の子供たちに食事を振舞う法人ともかかわりがある。(ガジェット班の隣の小部屋担っている事務所は福祉担当)兎にも角にも呪いのパソコンは城島が除霊してくれると確信した私は会社内で評判のドリップコーヒーを五十円で貰う事にしてデスクを離れた。

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