第11話 支配と従属

「聞け、ビルヒニア! おまえの<真名>は『アミュレテート・デ・ヴァリュー』だ。以後、我が命に従え!」


 おれの叫びが、静まりかえった広間に響きわたる。


「……その者を殺せ。今すぐだ!」


 ビルヒニアが憎々しげな顔で命じた。


(そんな、間違えたのか……!?)


 おれは絶望におそわれた。兵士たちが、おれを押し潰すようにのしかかってくる。首をしめられ、へし折られそうになった。


(いや、だけどそんなはずがない。「神智」のスキルが間違えるわけがないんだ)


 おれは意識が薄れていくなかで思った。


(そうだ、もし<真名>が間違っていたなら、ビルヒニアが慌てておれを殺す必要なんてない)


 おれは最後の力を振り絞って呼びかけた。


「ビルヒニア、命令だ! こいつらの動きをとめろ!」


「……お前たち、やめよ」


 ビルヒニアが命じた。兵士たちはぴたりと動きをとめる。


「……やっぱり<真名>は正しかったみたいだな」


 おれはゴホゴホと咳きこみながら言った。ビルヒニアはもうおれの命令には逆らえない。だから、なにかを命じられるまえに急いでおれを殺そうとしたんだ。


 ビルヒニアは、憎悪のこもった目でおれをにらんでいる。


「兵士たちをさがらせてくれ」

「……者ども、さがれ」


 兵士たちは整然と壁ぎわまで戻った。


「クレール、大丈夫か?」


 おれはクレールのもとへ駆けよった。


「……はい、大丈夫です」


 兵士につかまれた肩や腕が赤くなっているけど、大きな怪我はなさそうだった。


 おれはほっとして、大きく息をついた。それから、ビルヒニアの方へ向きなおる。


「ビルヒニア、おまえにはいろいろ聞きたいことがある。どこか落ち着いて話せるところへ案内してくれ」


 ビルヒニアは返事をしなかった。だけど、椅子から立ち上がって広間の出口にむかう。案内してやるからついてこいってことらしい。


 死人の執事は、おれたちの立場の逆転を見ても表情をかえることはなく、黙ってビルヒニアにつき従っていた。


「さあ、おれたちも行こう」


 おれはクレールの手をとって、ビルヒニアの後を追った。


 ビルヒニアが向かった先は、豪華な応接室だった。きらびやかに飾られた調度品がならび、天井からは大きなシャンデリアが下がっている。


「話をするまえに、何か飲み物をくれないか。それと、食べるものも」


 おれは席に座ると、そう頼んだ。


「ハコモ、茶でも用意してやれ」


 ビルヒニアはむっつりした顔で、執事に命じた。


「食べ物は?」

「この城には、おまえたちが口にするようなものは置いていない。死人は腐肉で十分だからな。それでよければ出してやろう」

「じゃあ、おまえは何を食べてるんだよ」


 ビルヒニアはふんと鼻を鳴らして、テーブルに飾られたバラに手をかざした。すると、バラはみるみる色あせて、枯れてしまった。こうやって生気を吸いとるのが、ビルヒニアにとっての食事ということか。


「あのう、荷物を返していただけるなら、わたしが料理をご用意しますが」


 クレールがおずおずと言った。


「……ハコモ、その娘の望むとおりにしてやれ」

「かしこまりました」


 クレールは執事に案内されて、部屋をでていった。


「さて、食事のまえに質問をすませておこう」


 おれはビルヒニアを見つめて言った。


 ビルヒニアはあいかわらず偉そうな態度で、そっぽをむいている。これが昔の姿なら、不気味な沈黙に思えるんだろうけど、今は幼女がむくれているようにしか見えなかった。


「まず、おまえはどうしてここにいるんだ? 勇者ロランズたちに退治されて、消滅したはずじゃなかったのか?」

「…………」


 ビルヒニアはおれの問いかけを無視する。


「そうか、わかった。いちいち命令しなきゃいけないんだな。……ビルヒニア、これは命令だ。おれの質問にはすべて正直に答えろ」


 それでもビルヒニアはむっつりと黙り込んだままだった。ところが、すぐに変化がおきた。ビルヒニアがふいに顔を歪める。


「……痛だだだだだ」


 猛烈な頭痛におそわれたように、頭をかかえてビルヒニアはもだえた。


「わかった、答える! 答えればいいのだろう! たしかにロランズは我の肉体を滅ぼした。だが、かろうじて、わずかな肉片が残っておったのだ!」


 答えたことで痛みがとまったらしい。ビルヒニアはほっとした顔で、ふうふうと荒く息をした。その額にはびっしりと汗がうかんでいる。


 苦痛に耐性がある魔族でさえ、こんなに苦しむなんて、<真名>の誓約というのはよっぽど強力みたいだ。


「なあ、おれだって、おまえを苦しめたいわけじゃないんだ。素直に答えてくれよ」


 おれは思わずそう言った。見た目に騙されるつもりはないけど、なんだか幼女をいたぶっているみたいで気がとがめたんだ。


「ふん、人間らしくもないことを言うな」

「人間らしくないって、どういうことだよ」

「きさまら人間どもはな、無力なときは哀れな羊のようにふるまうが、いざ力を手に入れれば、我ら魔族でさえおよびもつかぬ残忍さをみせるではないか。うっかり人間に捕らえられたばかりに、何十年にもわたって拷問を受けつづけた魔族もおるのだぞ」

「それは……たしかに、そういう人間もいるかもしれないけど」


 そこでおれは、はっと気づいた。


(そうか、ビルヒニアはただ反抗してるだけじゃない。内心ではおびえてるんだ)


 絶対服従ということは、どんな目にあわされようと決して逆らえないんだからな。


「ビルヒニア、こんなことを言って信じてもらえるかどうかわからないけど、少なくともおれは、おまえを痛めつけて楽しんだりしないから、安心してくれ」

「……本当だろうな?」


 ビルヒニアは首をかたむけ、じっとおれの目を覗きこんでくる。大きな赤い瞳で見つめられると、落ち着かない気分になった。


「……どうやらおまえは、他の人間どもとはすこし違うようだな」


 ビルヒニアは無愛想に言った。だけど、内心でほっとしているのがわかる。


(何だか性格も昔とは違ってる気がするな)


 討伐に参加した賢者の報告では、ビルヒニアはまったく得体の知れない存在で、何を考えているのかまるで読めなかった、とのことだったんだけど。

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