聖女候補とS級魔族~罠にはめられ魔術院から追放されたおれは、最強スキルで平穏な暮らしを手に入れる

わかば あき

第一章 古代魔術王国の遺産

第1話 少女との密会

 その夜、おれはいつものように遅くまで魔導書を解読していた。


 王都にある魔術院の研究室。それがおれの仕事場だ。広々とした空間に何百もの本棚がならび、魔導書がぎっしりつまっている。そのほとんどは、古代魔術王国時代に書かれたものだ。


 おれのような魔術研究員は、魔導書を解読して、いにしえの魔法をよみがえらせるのが仕事だった。


 といっても、おれは魔法を使えない。この世界では、魔法を使えるのは生まれつき資質をもった人間だけで、その数はかなり限られている。おれはそんな魔術師たちのために、研究を進めているってわけだ。


 決して日の当たらない仕事だけど、最先端の魔術の研究には欠かせない役目だ。それに、おれみたいな貧しい庶民の家に生まれた人間からすれば、魔術院で働けるだけでも満足だった。


 深夜の零時をすぎて、そろそろ終わりにしようか、と思ったときだった。コンコンと扉をノックする音がした。おれは机を離れて扉まで行く。


 扉を開けると、廊下に立っていたのはクレールだった。


「やあ、クレール」

「マサキさま、遅くまでご苦労さまです」


 クレールは微笑みをうかべて言った。その愛らしさに、おれは胸がどきどきした。


「もしよろしければ、お茶でもいかがですか?」


 クレールは手にしたお盆に、ティーポットとカップ、焼き菓子の皿をのせていた。


「ありがとう、いただくよ」


 おれはクレールを部屋に迎え入れた。クレールは優雅なしぐさで机に歩みより、ティーセットをならべた。


 おれはクレールのために、椅子をもうひとつ運んでくる。クレールは椅子に座ると、ゆっくりとカップにお茶をそそいだ。


「さあ、召し上がれ。お口に合うといいんですけれど」

「じゃあ、いただくよ」


 おれはカップを手にとってお茶を口にふくんだ。ハーブのゆたかな香りが口の中に広がる。


「うん、美味しいよ」

「よかった」


 クレールはうれしそうな笑みを見せた。


(ああ、なんて可愛らしいんだ)


 クレールは十五歳の少女で、聖女に侍女としてつかえる身だった。背中まで伸びた髪は銀色に近い金髪で、肌は透き通るように白くなめらかだった。大きな瞳はみどり色だ。


「いつも夜遅くまで大変ですね」

「好きでやってることだし、大変だと思ったことはないよ。クレールこそ、お勤めは大変なんじゃないか?」

「いえ、聖女さまにおつかえできるだけで、ありがたいことですから」


 聖女はこの王国の象徴で、国王以上に庶民たちから愛されていた。その側につかえられるのは、聖女の資質をもった少女だけだ。そして、彼女たちの中からひとり、次代の聖女が選ばれることになっている。


「でも、わたしはよくお勤めで失敗をするので、自分でも情けなくって……。このまえも、大失敗をして侍女長さまに2メル(一時間)も叱られてしまいました」

「そんなに? ひどいな」

「いえ、わたしが悪いのです」

「どんな失敗をしたんだい?」

「聖女さまが植えられたお花の苗を、雑草だと勘違いして全部抜いてしまったんです」

「……そ、そうか」


 叱られるだけで済んで、よかったかもしれない。


 クレールが深夜におれのもとを訪れるようになってから、三ヶ月がたつ。おれたちが知りあったのは、クレールが建物の中で迷子になったことがきっかけだった。


 聖女が暮らしている聖堂と魔術院は隣り合っていて、廊下や階段でつながっている。しかも、どちらも古代魔術王国の遺跡を利用してつくられたものだから、見た目もよく似ていた。


 あるとき、夜中に使いを頼まれたクレールは、道をまちがえて魔術院へ迷いこんでしまった。そこへたまたま、おれが通りかかって、クレールをぶじに聖堂まで送りとどけてあげたんだ。


 それ以来、クレールは夜の当番になるたびに、研究室を訪ねてくるようになった。


 もちろん、許しをもらわずに聖堂を抜けだしているので、誰かに見つかればひどく叱られるだろう。おれだって厳しい処分を受けるはずだ。それでも、おれたちはこの深夜の密会をやめるつもりはなかった。

 

 しばらく楽しくおしゃべりしたあと、クレールは聖堂に戻ることになった。ティーセットを片づけてお盆にのせ、扉にむかう。


「次の夜番は三日後なので、またそのときにお会いしましょう」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 おれたちは別れる前にじっと見つめ合う。


 そのときだった。


 ふいに研究室の扉が勢いよく開いた。


「おい、そこにいるのはだれだ!」


 鋭い声がする。


(しまった、アゼルか)


 いちばん嫌なやつに見つかってしまった。おれはとっさにクレールを後ろにかばう。


「おまえは……マサキか」

「はい。いままで解読作業をしていました」

「ひとりじゃないな? その後ろにいるのはだれだ?」

「アゼルさん、見逃してもらえませんか?」

「だめだ。顔を見せろ」


 そう言いながら、アゼルはこちらへずんずんと近づいてくる。


 アゼルは魔術研究員の主任で、おれと同じように庶民の出身だった。だけど、おれに親しみを持つどころか、逆にライバル視して、なにかにつけて嫌がらせをしてきていた。


「……まさか、きみはクレールか?」


 アゼルは驚いたように言った。クレールはおれの後ろに隠れたまま、うつむいて黙っている。どうやらふたりは知り合いらしい。


「なぜきみがこんなところにいる? マサキと何をしていたんだ?」


 アゼルは厳しい声で言った。


「アゼルさん、彼女は悪くないんです。ぜんぶおれが……」

「うるさい、おまえは黙っていろ!」


 アゼルは凄い目でおれを睨みつけてから、


「とにかく、こんなところを衛兵にでも見つかったら大変なことになる。きみは早く聖堂に戻るんだ」


 とクレールに言った。


 クレールは廊下に出ると、不安そうな瞳でじっとおれを見つめてから、アゼルに一礼して去っていった。


「……このことを上に報告するんですか?」


 おれがたずねても、アゼルは無言だった。最後にちらりとおれを見てから立ち去る。その目の奥には、激しい憎しみの光があった気がした。



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