第42話 ホテルの部屋からの夜景
滑るようにして、タクシーは真一郎が告げたホテルの前に止まった。そこは繁華街から少し外れた場所だが、住宅も近くにある。
その建物は黒塗りで高級な造りだった。外見的には高級ビジネスホテルのようだが、実質的にはラブホテルになっている。
しかし、この手のホテルは立地的にラブホテルでは営業許可が下りず、それを避ける為に、ビジネスホテルと称して、部屋にはコンドームや大人のグッズなどは置かないようにしているらしいが、最近は堂々と置いてあるらしい。
真一郎は愛菜を連れてドアーを開けて入ると受付には(お部屋を選んで下さい)と書いた張り紙があり、その横にはステンドガラスに各部屋の写真が掛かっていた。
真一郎は指で追いながら空いている最上階の洒落た部屋を選びボタンを押した。
その部屋のライトの写真が消え、そこがその夜の彼等の愛の部屋となった。
「休憩にしますか、それとも宿泊にしますか?」
受付の女が窓越しに聞いた、真一郎は迷うことなく言った。
「宿泊でお願いします」
「分かりました」
受付で名前を記入したとき、真一郎は始めて偽名を使った。そして同伴者の愛菜を妻と書いた。こういう場所では、まともに名前を書く客などあまりいない。少し自分に後ろめたい気分になりながらも、これから起こる期待の方が大きいのは明らかである。
そういえば妻とは体を合わせてないことに今更ながら気がついた。そんな歳になったのかなと思いながら、これから若い愛菜を抱こうとする自分を誇らしく思うのだ。
(まだまだ俺もいける) と思わずほくそ笑んでしまう。男にとって、まだいけるうちに、女性と接するのは精神的にも肉体的にも有効なのだと、真一郎は常々思っていた。
妻とは出来なくても、若い女となら……という男の身勝手ではあるが。そういう気力があるのなら、女性でも灰になるまでという諺もあるし……などと屁理屈を思いながら真一郎は愛菜の肩を抱く。
(私はこの娘となら、この先までもずっとやっていけそうだ)と思った。
その愛菜は真一郎の大きな背中に隠れ、受付から見えないように顔を避けていた。顔を見られたくないのと、恥ずかしいからなのだろう。
真一郎と愛菜は、ふた周りほどの年齢が離れたカップルであり、夫婦というには少し無理があるが、受付の女はそんなことに関心がない。
真一郎の連れの愛菜の顔を見ることもなく、事務的に現金と引き替えに鍵を渡してくれた。偽名の真一郎の支払いは当然だがキャッシュカードでなく前金での現金清算となる。
彼は用心深く知人がいないか、辺りを見回して確認すると、部屋の鍵を受け取った。彼にとってこんなに興奮してスリリングなことは久しぶりである。
「さあ、行こうか」
「はい」
まるで恋の逃避行のように、二人は肩を寄せ合いエレベーターに乗った。エレベーターは二人を乗せて、上へスルスルと上がっていく。
二人しかいないそのエレベーターの中で、真一郎は愛菜と向き合い彼女の尻に手を回し腰をぐいと引き寄せた。そのとき柔らかい女の感触が彼を刺戟する。
(ダメですよ。ここでは……)
愛菜は上昇するエレベーターの中で、言葉で拒否をしても身体は拒否をしなかった。真一郎は愛菜を抱き寄せキスをしようとしたが、エレベーターは丁度その階で止まりさすがにそれは止めた。
(ここで焦る必要はない、もう快楽はもうすぐだから)と自分に言い聞かせていた。
廊下を歩いていると、向かいから年配の紳士が若い女と部屋から出てきた。
どう見ても夫婦でなく、自分達と同じような不倫カップルだと思うと真一郎は妙に嬉しくなってくる。
すれ違いざまに男同士は軽く目で会釈をした。
相手の若い女は恥じらいながら下を向く。男はその女とセックスを堪能したのだろう。真一郎が見ると思わず女と目があった。女は目を伏せ頬を赤く染めた。あの女が男に抱かれたのかと思うと、つい愛菜をその女と重ねてしまう。
鍵の番号を見ながら指定された部屋に入った。そこはゆったりとして広く照明も落ち着いていた。
「良い部屋だね、愛菜ちゃん」
「はい。そうですね。真一郎さん」
真一郎が窓際のカーテンを開けると、暗闇の中に見事な夜景が飛び込んできた。遠くの建物から発するネオン等の光が反射して目映い。さらに、上空に浮かぶ月もくっきりと明るく二人を照らしていた。ちょうど満月である。
「ほら、見てごらんここからの夜景。綺麗だよ」
「どれかしら……わあ、素敵です」
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