第39話 幸せな余韻のなかで
喫茶店での張りつめた気持ちから解放されて、愛菜は一息ついていた。女というものは、その緊張した状態から解放されたときに、また別の女の一面が出てくるようである。
料理のフルコースが終わった。愛菜は満足感に浸っていた。
「美味かったです。真一郎さん」
「そう、それはよかった。これから、どうしようか」
「このまま、お別れするのは寂しいです」
「そうかい。でもそう言ってくれると誘った私も嬉しいな」
「はい」
二人はだいぶ打ち解けてきたようである。愛菜の顔はほんのりと火照っているようで心なしか赤い。外へ出てみると、風が頬を撫でて心地良い。
「あぁ、風が気持ち良いです」
「あはは、少しのお酒でも効いたのかな」
「どうでしょう。私って強いんですよ。真一郎さん」
「おやおや」
愛菜は、今日という特別な長い時間を過ごした真一郎にいつしか心から打ち解けていた。
「あの、真一郎さん。一つおねだりしても、いいでしょうか?」
「おや。なんだろう。少し怖いな」
そういいながらも真一郎はまんざらでもない顔をしていた。若く美しい女性といると、自分でも心が楽しくなる。このところ仕事も忙しくて、ゆったりした時間を過ごしたこともなかった。
いつしか二人は昼間の緊張した時間から解放されていた。真一郎が愛菜に詫びる為に誘ったのは、それだけの理由では無く、彼女にそうさせたいという気持ちがあることも確かである。
それは愛菜も同じだった。
「もう少し酔ってみたいです」
愛菜はすっかり真一郎に甘えていた。その目は午前中の愛菜の目ではない。
人とは不思議なもので、いちどその人間を信頼し、または心を許してしまうと今までの時間に関係なく、その瞬間から
まさに、今の愛菜がそうだった。しかし、真一郎が、それを
「では、もう一軒いくかい?」
「わぁ、うれしいです」
「そこも私がたまに行く洒落たスナック・バーがあるんだよ。そこでおいしいワインでも飲んでみようか?」
もう真一郎は堅苦しい言葉を止めていた。この愛菜の前では自然が似合うらしい。
「はい。喜んで」
その時から、二人の運命の歯車が少しずつ乱れ始めていたのかもしれない。真一郎は浦島機器製造の役員でもなく、頼りがいのある事業部長でもなかった。そこにいるのは一人の生身の男性だった。それは誰のせいでもない。二人を操り人形のように
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