第37話 心のときめき

 その時は、二人とも房江の本当の心の苦しみまでは知らなかった。後は、愛菜が自分で母に聞いてみるしかない。これ以上、彼にその話を聞いてもその先の真実は望めないと愛菜は思った。 


「分かりました。その事を母が話してくれるかどうかはわかりませんが、いつか聞いてみたいと思います」


「私もそう思います。もし本当のことがわかったらお願いします。前から気になっていたので、私も納得出来ますから」


「はい。そうしますね。でも」

「はい」

「もし、その答えで真一郎さんの心に傷つけることであってもいいのですか?」

「勿論、かまいませんよ。私も真実が知りたいですから」

「分かりました」


 愛菜は真一郎と会って彼から詫びの言葉を聞いたが、重い十字架を背負わされた気がした。

「ところで、その話はもういいですか?」

「え、はい」

「実は、あなたの仕事のことですが、今はアルバイトしているんですよね」

「はい。慣れないお仕事で大変です」

「もし、よろしければ、私の知っている会社があるので紹介しましょうか?」

「えっ?」


「もちろん、貴女が気に入ればの話ですが」

「どのような仕事でしょう?」

「貴女の経験を活かした仕事です。後でその内容を携帯のメールで知らせましょう」

「はい。ありがとうございます」

「さて、ちょうどいい時間になりましたね。そろそろ日本料理店にいきましょうか」

「はい、あら……もうこんな時間になっているのですね」


 すっかり話し込んでいた二人がその喫茶店を出たころには、辺りが暗くなり始めていた。店から出た二人はタクシーを呼んで、その店に向かった。


 タクシーが着いたその店は、日本庭園のような中に佇む洒落た店だった。愛菜は真一郎に肩を抱かれ、ドキドキしてその暖簾をくぐった。


夜はゆっくりと流れていった。

「失礼いたします」

 丁寧に挨拶をして、女将が部屋の障子に手を添えて入ってきた。


「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。浦島さま」

「あぁ、女将。よろしくね」

「かしこまりました」

 女将はにこやかに会釈をし、愛菜に挨拶をした。

「いらっしゃいませ。ここの女将をしております」

「こちらこそ。お世話になります」

 愛菜は、美しい女将を思わず見つめていた。


(まぁ、なんと淑やかで美しい女性なのでしょう……)


 和服を上品に着こなした女将が、お茶と茶菓子をテーブルの上に置き、上品な茶器に茶を注いでいる。二人は黙って女将の手元を見つめていた。彼女は茶道を心得ているようで、その白い指先さえも美しい。


「女将のお茶の入れ方を見ているだけで、美味そうだね」

「まあ、ご冗談を……浦島様、若い女性の前で」

「あはは、これは失礼」


 ここでの真一郎は普段の彼なのだろう。すっかり馴染んでいる。愛菜は、喫茶店での彼と雰囲気の違いに少し驚いていた。


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