第21話 男というもの

 冴木淳三の妻の八重子はやっと購入したマンションを出て行くことに当然ながら反対で、手放すつもりはない。


 彼は妻を前にして、月曜の朝の出勤前にキッチンで朝食を食べている。味噌汁は彼の好物のシジミが入っていて、それを美味そうにずるずるとすすっていた。その後に、最近は身体に良いというサプリメントを飲むことも忘れてはいなかった。


(シジミも、このサプリも精力が付くからね)と冴木は心の中で呟いていた。それが妻との為で無いことを八重子は知らない。


「そろそろ、今年あたりは転勤になるかもしれないが、お前はどうかな」


「やっとここは無理をして購入したマンションじゃないですか。もう転勤はこりごりです。今度はあなたが一人で行ってきてくださいね」


「う、うん……やはりな。しかたないな」

「ええ、それに真奈な実が戻ってきたことだし、私は寂しくないですからねぇ」

「真奈実はまだ寝ているのか?」

「昨日も友達と遅くなったみたいだし」

「しょうのないやつだな……」


 週明けの出勤だというのに、朝の会話で彼の気持ちは重苦しい。

 食事を終えた冴木は、いつものように書類が入った重い鞄を持ってマンションの部屋を出て行った。彼の気持ちとは違って空は晴れ渡っている。


 彼は空を見上げながら(今日も頑張ってくるかな、週末にまたあの子に逢えるし……)と胸の中で呟いていた。


 その彼の頭は、週末にいつものラブホテルで愛し合う若鮎のような少女のことを思い出していた。サプリメントは彼女とのためであることは間違いない。


 五年前に結婚した長女の真奈実が、すったもんだのすえに離婚して、このマンションに最近戻ってきている。しかし、冴木が転勤を恐れているのはそれ以外の理由だった。


 実は数ヶ月前から彼は若い娘と援助交際をしていて、転勤になると、その少女と別れることになるからだった。今の彼はその少女に夢中になっている。そのきっかけは駅での出会いであり、その後、彼女が万引きをして捕まった時に彼が助けたからだった。


 初めての出会いは彼が仕事を終え、駅から降りて自宅へ帰るときだった。そのとき彼は路地裏にあるスーパーの裏を歩いていた。


「またあんただね。それを盗んだのは、今度は許さないからな。警察を呼ぶよ!」

「もう二度とやらないから許してよ」

「ダメだ!」


 冴木はその声に気が付き、店の裏の声がする方を見てみると、店長と若い女が絡んでいた。女は腕を掴まれて逃げられない。


 ふと若い女を見ると、冴木はその女にどこか見覚えがあった。思い出してみると、彼女に始めて合ったのは、たしか二週間くらい前のことである。


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