第4話 白い歌姫 (改訂版)
暗幕が貼ってある体育館は停電で真っ暗になった。
会場はどよめいている。
マイクは死んでいる。バンドの連中もあわてて演奏を止めてしまった。
どうしよう…
私は覚悟を決めた。
ここまでやったんだ、歌い切ろう、と。
私は、大きな声でアカペラでラスサビを歌い始める。
最初は喧噪に埋もれそうだったが、2コーラス目で、会場の誰かが気づいて、シー、と音を出し、不思議なくらい静まった。
私は、サビを歌い続ける。なぜか、小さな光が私に当たった。ちょっと暗いけど、スポットライトみたいだ。
声が、体育館の中をよく通る。とても気持ちいい。
私はアカペラで、ラスサビを歌う。
「♪僕が、そばにいるよ~」 静まりかえった会場に、私の声が響く。
最後の音を伸ばしに伸ばして、歌い終わったところで、一瞬間が開いたと思ったら、示し合わせたように電気が復旧した。
やりきった。私はそう思った。
すると、会場からはものすごい拍手喝采が起きた。
口笛を吹いている人や、ブラボー!という声も聞こえた。
私は礼をして、バンドのみんなと楽器を片付け、舞台袖に戻った。
ところが、会場から「アンコール、アンコール、アンコール!」という声がひびきわたっているのだ。
生徒会長の山口君が言う。「よかったら、アンコールもう一曲お願いできるかな?会場がこんなに盛り上がってるし。」
バンドの沖峰君が言う。「僕らはレパートリーないから、真弓さん、よければアカペラでもう一曲やってきてよ。」
他の二人もうなずいた。
山口君も、「お願いするよ。」と言ってくれた。
私はステージにに戻る。
会場が沸き立った。
私はマイクを握って言う。
「2年B組、白石真弓です。今日突然歌うことになって、戸惑っていますけど、みなさんからのアンコールに答えたいと思います。バンドがないので、静かに聞いてくれたら嬉しいです。
Maikoの『コガネムシ』です。」
これも、女の子の切ない気持ちを歌った曲だ。
♪誘われた、私コガネムシ…
ワンコーラスだけだけど、心を込めて歌った。
みんな、静かに聞いてくれている。
歌い終わると、また大きな拍手と大歓声をもらった。
…こんなに褒められたこと、人生で初めてだ。 私は単純に嬉しかった。
「皆さん、ありがとうございました~」大声で言い、礼をして退場した。
舞台の袖で、バンドメンバーとハイタッチをする。
「白石さん、最高だよ!すごいよかった。」丸眼鏡のおかたに君が興奮気味に言う。
「この際、このままバンドやらないかい?」沖峰君が私に誘ってきた。
他の二人も頷いた。
でも、さすがに今日休んでいる子に悪いな。
「私は代打だから、今回は遠慮しておくわ。でも誘ってくれてありがとう。」私はお礼を言う。
後日、うち上げをしよう、ということで、連絡先を交換した。
4人のグループチャットができた。
「これでいつでも連絡できるね。」おかたに君が嬉しそうにいう。学校で会えるのにね。でもクラスが違うから、それほど頻繁には会わないかな。去年同じクラスだった沖峰くんの連絡先も今知ったくらいだしね。
舞台では、男子三人のコントが始まっている。見ようかな、と思ったところで、「白石さん」と声を掛けられえた。
見ると、午前中に握手した、瓶底メガネの一年生の男の子だ。彼はなぜか懐中電灯を二つも持っていた。
「あら、さっきぶりね。こんにちは。何かあるの?」私は声をかけた。
背の低い、瓶底メガネの男の子は言った。
「僕は1年Å組の尾中孝直(おなか・たかなお)と言います。体育館の進行を手伝っているのと、あと後夜祭の実行委員長をやっています。」
そういえば、うちの生徒会は、後夜祭だけ1年生が主催だったっけ。二年生の生徒会役員が後夜祭に参加できるように、って話だったかな。
彼はつづけた。
「白石さん、あなたの歌に感動しました。ぜひ、後夜祭でも歌ってくれませんか?」
何だか、今回の学園祭では頼まれることが多いね。まあ、自分じゃ何もやってないから、受けるのはいいかな。それに、この子の頼みだしね。
「歌うのはいいけど、バンドも?」私は聞いた。他の3人は、どうしようかな、という顔をしている。
「できれば、アカペラでお願いします。さっきの歌、とても感動したので。」
私一人なら、練習がいらない。それならいいかな。
「わかったわ。じゃあ、何時にどうすればいいの?」私は聞いてみた。
彼からプログラムを聞き、ちょうど真ん中くらいのコミックバンドのあとに歌うことになった。
私は1年生の尾中君とも連絡先を交換した。
そんなこんなでもう4時になる。今日の文化祭は5時までなので、中途半端な時間になってしまった。
私は、体育館で、その後の吹奏楽部の演奏を聴いたりして、時間をつぶすことにした。
小さいころからピアノをやっていて、音楽は基本的に好きだ。ソルフェージュをやっていたら、先生から、歌をやってみないか、と言われて、ちょっとだけ声楽を習ったこともある。
受験が忙しくて、自分は音楽の道に行くわけじゃないから、といって、ピアノも含めて中学三年になるときに全部やめてしまった。今にしてみたら勿体ないかな。
吹奏楽部のレベルは、意外に高かった。曲自体は、聞いたことのある行進曲と、もう一曲は知らない曲だった。プログラムを見ると、「全日本吹奏楽コンクール課題曲」と書いてある。
全日本を目指しているのかな? ちょっと前に見たアニメ映画で、吹奏楽部の女の子を主人公にしたのがあった。あれなんか、すごいレベルが高いのに、途中で負けてたな~。
なんて考えた。
一日のプログラムが終わり、今日は帰りの出席は取らないので、そのまま帰ることにした。
帰宅したらちょっと疲れが出たので、すぐシャワーだけ浴びて、夕食を食べて自分の部屋に入った。
メッセージが結構入っている。
「あした、10時に行くからよろしくね~」有名な熊がⅤサインをしているスタンプが添えられている。中学の同級生で、別の高校に行った、遠藤由美だ。
おK、のスタンプを返す。
次のメッセージはこうだった。
「今日はありがとう。あのあと、お客さんから、かわいい子の握手会はどうなった、ってすごい問い合わせがあってね。明日、12時から5時まで入ってくれない? 途中で何度か休憩が入るから、そのときにお昼にして。お昼はこっちで用意するから。よろしく!」
2年D組の小今里舞子だった。
何か、勝手にスケジュール決められちゃった。まあいいや。私は「おやつもよろしく!」とメッセージを返した。 すぐに既読がついて、どこかのイケメンキャラクターが「愛してる」と言っているスタンプが送られてきた。 ま、いいかな。
バンドのグループチャットでは、全員からチャットが入っていた。でも、それとは別に、各自それぞれから、メッセージが入っていた。 面白いことに、,もと同級生の沖峰君だけでなく、背の高いちょいイケメンの時松君も、丸メガネキーボードのおかたに君も、個人的にメッセージをくれていた。みんな、今度二人で打ち上げしよう、というもので、なんだかなあ、と思う。
最後のメッセージは、瓶底メガネの尾中孝直君だった。握手したときに感激してたのが、ちょっと可愛かったな。
後夜祭の運営やるってことは、来年の生徒会を目指しているんだね。地味な感じだから、結構意外かも。でも、頑張ってる姿は好感が持てた。
「今日は握手と、ステージありがとうございました。急な停電をものともせず、素晴らしい歌でした。感動しました。明日の後夜祭も、ぜひ宜しくお願いしします。」
こんな、まじめで丁寧なメッセージだった。
私は、尾中くんに、よろしく!というスタンプを送った。とりあえずはこれでいいだろう。
うーん。なぜか急にモテ期が来たような気がして、ちょっと嬉しかった。でも、どの男の子よりも、三重野君のほうがいいな~でも…などと思いつつ、
翌朝は、中学の同級生、遠藤由美が学園祭に来る。由美は、城北高校に通っている。
午後から用事があるんだそうで、朝一番、といっても10時に校門で待ち合わせをする。時間通りに彼女がやってきた。なんと、男連れだ。
「おはようさん、真弓ちゃん。」相変わらず怪しげな関西弁をあやつり、能天気だ。ちょっと不良っぽいイケメン彼氏と腕を組んでいる。
いかにも、「この人はうちのもんや!」という主張をしている感じがする。主張も関西弁っぽくしてみました(笑)。
「そういえば、イルカの兄ちゃん、三重野くんとはどないやの?」人の顔を覗き込んで、クリティカルな質問をしてくる。
私は思わず目を反らしてしまった。
彼女は笑う。
「ま、人生いろいろやな。男はあれだけやないしな。必要になったら、うちのダーリンの友達紹介したるから! あ、紹介が遅れて堪忍な。うちのダーリンのヨシキや。」
「ちーす。」ヨシキは右手を上げた。イマドキの男の子ね。やっぱり、モテるんだろうな。それを捕まえた由美も大したものだと思う。
「じゃあ、受付して行きましょう。」とりあえず私はそういって、二人を受付に連れていく。今や学園祭でも学外から来る人にはうるさい。まあ、そうは言ってもセキュリティなんてものはすかすかだけど。
「とりあえず、適当に展示を見て回ればいいかな?」私は聞いてみる。
「そうやね。演劇とかだと長いしなあ。ま、順番に回ってこ。」と、由美が言う。あいかわらずとてもアバウトだ。
「いいんじゃないの~」とヨシキ君もてきとーな感じだ。まあ、こんなゆるい感じも悪くないよね。
ということで廊下を歩きだす。
「あれ、真弓も隅におけんなあ。」突然、由美が壁を指さす。
そこには、昨日は無かったポスターが貼ってあった。
「…何これ?」私は、意味がわからなかった。
ポスターには、こう書いてある。
「今日会える未来のアイドル、白い歌姫、白石真弓ちゃんの握手会 本日12時より、3階の301教室へ!」
「真弓ちゃん、アイドルやったんやな。どないなってん?」由美面白そうに聞いてくる。
思い当たるのは、昨日の行列と、体育館でのピンチヒッターでの歌だ。私はそんなに大変なことをしたつもりはない。
とりあえず、これの張本人と思われる舞子に電話した。
「舞子、何よこのポスター?」
「ああ、もう気づいたの?早いね~」舞子はのほほんんとしている。
「何よこれ!」私は大声をあげた。
「だってね。あのあとも『握手会はもう終わりですか』とか、『白い歌姫がいるのはここですか』とか、問い合わせが凄かったのよ。昨日はあまりプレッシャーになると困るから言わなかったけど、大人気よ。」
どうやら、それは本当らしい。
体育館での歌も、私の知名度を上げたみたいだ。 でも、どうやってこんなに早くみんなに伝わるんだろう?
あ、もしかして…私はスマホを取り出し、学園の裏掲示板を開いた。
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