日常の毒

 休日のある日、銀杏と紫、心白と真黄、赤奈と桜が街中を歩いている。


 普段は外で遊ぶことが少ない紫と銀杏だが、真黄と心白に誘われてカラオケに行くことになり、更に桜と赤奈もそこに加わるので、学園の所属するキズナマキナの過半数が参加していた。


 それにしても圧巻である。


 元気娘の桜、年に似合わない妖艶さを持つ赤奈、相変わらず臍ピアスを露わにしている心白、服の上からでもわかる素晴らしいスタイルを持つ真黄、同性を虜にする銀杏、妖しさと無垢さを併せ持つ紫。


 それぞれ個性が違う女達が六人も集合しているのだから、すれ違う者達は視線を釘付けにされながらも圧倒されて声を掛けることができない。


「碧ちゃんと青蘭ちゃんも忙しいねー」


「だねだねー。すっごい予定が詰まってるっぽい」


 桜がアクセサリーを揺らしながら歩く真黄に話しかける。


 残りの学生キズナマキナである歌川碧と天海青蘭も誘った真黄だが、残念ながらアイドルをしている碧と偶にモデルとして活動している青蘭の予定が合わず、修行と同じで不参加だった。


「よくよく考えたら碧はアイドルやってるのに、青蘭と付き合ってるって公言してるけどセーフ?」


「さ、さあ。どうなんだろ。銀杏ちゃんはどう思う?」


「詳しく知らねえけど女同士なら煩くねえんじゃねえか?」


 棒付きキャンディーから口を話した心白と紫が戦友のアイドル事情に首を傾げ、銀杏が肩を竦めながら世間の反応を予想する。


「あら、噂をすれば」


 赤奈の視線の先には大型モニターに映った碧がテレビに出演して、グループのセンターを飾っていた。


 国民的アイドルグループのセンターである碧は同年代の中で最も著名な人物であり、一部界隈では見ない日はないと言われるほどの人気ぶりであった。


 その分ファンも多いのだが、碧が交際していることをなぜか問題視していなかった。


(墨也さんもアイドルと言えなくもないような……)


 ここで銀杏がとんでもない発想の様で、一応理屈は通っていることを考えた。


 アイドルを偶像として捉えた場合、迦楼羅に変身した墨也はまさに神と信仰を模って形にしたと言っていいだろう。


 尤も現代的な意味でのアイドルに墨也が向いている筈もない。上半身を露わにしてポージングを取れば女性から歓声ではなく悲鳴が迸るだろう。六名ほど顔を真っ赤にするかもしれないが。


 余談だが別次元にいる墨也の身内にはアイドルという名の社畜が存在しており、ちょっとだけこっちに来てくれないかなと考えられていた。


 ◆


 カラオケ店に到着したキズナマキナ達は店員の目を惹きながら個室に入ったが、慣れている者と不慣れな者に分かれた。


(最後に来たのはいつだったかしら?)


 赤奈は友人との付き合いで数回だけ来たことがあるものの、銀杏と紫はそれ以上、もしくは以下と表現できる。


「ここが……」


「へえ」


 物珍しそうに個室の中を眺める紫と銀杏に至っては、生まれた家が特殊過ぎたためカラオケ店に初めて訪れたのだ。


「「いえーい!」」


「いえーい」


 逆に慣れている者は友人と結構遊びに出かける桜、真黄、心白で、桜と真黄は声を合わせてマイクを手に取り、心白は相変わらずマイペースを維持していた。


「じゃあジュース頼むねー」


 てきぱきと全員から意見を聞いた真黄がタブレット端末で注文を行う。


「墨也さんが歌うならどんな曲かなあ」


「あー……」


 紫がタブレットを操作して曲名を眺めながら呟いた言葉に銀杏は考え込む表情になるが、この場にいない男がどうするかと考えてしまう不自然さに気が付いているだろうか。


「鼻歌してた」


「そうそう。なんかスーツアクターの演技以外は全部ゼット級の特撮ヒーローの主題歌とか言ってたよ」


 心白がトラウマを再現する部屋で墨也が鼻歌をしていたことを思い出し、真黄は詳細を付け加えた。


「ヒーロー……」


 桜だけが声を出したがこの場にいる全員が共通の思いを抱いている。


 墨也が邪神形態になる際、変身という単語を用いることもそうだが、危機的状況から助けてもらった彼女達にとって墨也はまさに物語のヒーローであった。ただ助ける意味がない悪党なら平気で見捨てる風変わりなヒーローでもある。


 それはともかく、キズナマキナ達は何度目か分からない程、当時の危機的状況と割って入ってきた墨也と言葉を思い出して体温を上げた。


「お待たせしました」


 彼女達が一瞬機能不全に陥っていた間、男性店員が注文された飲み物を運んできた。


 しかしちょっとした訳アリ店員というか、容姿が中々整っていることを利用して女性に接近するタイプであり、今回はアイドル顔負けのキズナマキナ達に眼の色を変えてやってきたのだ。


 そのため輝くような笑みを浮かべていたが、キズナマキナ達は他の男のことを考えるのに忙しい。


「あ、どうもありがとうございます」


「えっと、失礼しました……」


 当然の話だが客としての反応しか返ってこず、店員はとぼとぼと戻っていった。


「そ、それじゃあまずこの曲で!」


 店員が来たことで現実に戻ってきた桜が曲を選ぶと、他の女達も現実に戻ってはっとする。


 つかの間の日常ですらキズナマキナ達の心は、邪なる者に囚われていたのだった。


 ◆


 一方その邪なる者。


 社会人である墨也の日常とは仕事に他ならず、歯車の一つとして今日も機能している。


 だから……。


「ここは胃ですねー」


「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」


 今日も元気にインフルエンサーや罰ゲームを企画した者達の望み通り、撮れ高という名の地獄を味合わせていた。


 余談だがこの男、気脈や経絡を刺激しない単なるマッサージはちゃんとした意味で上手いのだが、現代ではより効果がある気を用いたものが主流であるため披露する機会はない。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 地獄を味わって泣き叫ぶ大男には関係ない話である。

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