Don't forget your Karma
@Million_Jack
第1話
この世で生きていて幸せな事と言えばなんだろうか。
真面目に働いて、家で待つ妻子を養う事か? いや違う。そこには自由な時間なんてものは無い上に何の刺激も無いのだから、きっと退屈だろう。そんな単調な生活なんて犬にでも食わせてやればいい。
幸せな事だって? そんな事は一つしかない。好きな女を好きなだけ抱いて、酒が飲みたけりゃ浴びるほど飲んで、ムカつく奴がいたら思いっきりぶん殴ることだ! 金が無くなればその辺にいる奴から巻き上げればいいし、なんなら人が居ない間に盗みに入ればいい! 領土拡張だの何だの言って、碌に何の整備も出来ていないくせに次々と人を開拓地へ送るこの国だ。保安官なんて者はそうは居ないし、居たとしても大抵は汚職にまみれたクソったれだ。俺に賞金を付けようと動くには大金が必要だし、だから俺は慎ましく生きる奴だけを狙えばいい。ならば楽な道を選ばない理由は無いし、好き勝手生きてちゃマズイことなんざ一つもない。仮に恨みを持たれても、別の街や村に逃げればそれでおさらばだ。
そうして生きてきて、俺はずっと上手くいっていた。クソみてえな孤児院から出てきたクソ野郎にしては上等な生き方をしているのだ。成功した人間とは、決して勤勉に生きる奴でも、神への祈りを欠かさない敬虔な信徒でも無い。毎日を楽しんでいけるこの俺こそがそうなのだ。気が遠くなるほどの罪とやらを犯した。盗みや暴行、一度だけだが殺人までやった。それでも、俺は何一つ不自由していないのだ。真面目に生きる方がバカを見る世の中なのである。
だからこそ、俺はこの先もずっとこの生き方を貫いていくし、これを悔いることもない。というわけで、俺は明かり一つない深夜に、暗い色の服装をして、唾を付けておいた家に忍び込んだ。
その家には、若い夫婦が住んでいる。最近結婚したのだろう。溢れる幸福感に有頂天になっていて、何も考えてなさそうな面をしていた。こいつらの日課は窓を開け裏のテラスに出て、酒を飲みながら夫がギターを奏で、それに合わせて妻が歌うことだった。月に照らされているのでそれが良く見えた。見えたのはそれだけじゃない。なんと奴らは裏口の扉に鍵をかけていないのだ。これに付け入らない手は無い。
俺は生い茂る草の音を立てないよう慎重に近づきながら、月明りが雲に隠れている内に裏のテラスへと足を踏み入れる。そして、連中が夜のお楽しみをして物音を立てていないかを聞き耳した。
物音一つせず、遠くで狼の遠吠えがするだけだ。もう寝静まっていることを確認すると、俺は家の中に入り込んだ。
裏口から入るとそこはキッチンになっていて、辺りには肉を切る為の包丁や猟銃が置かれている。ここで狩りの成果を解体しているのだろう。少し生臭い臭いがする。
それから俺はキッチンの向こうに行き、リビングへと入った。あまり広さは無く、食卓に四つの椅子が置いてあるのと、棚にワインや置物、花の入った花瓶が置かれているだけだった。俺はめぼしい物が無いかと棚や箱を漁ってみるが、金や金目のものは無かった。リビングには扉が一つある。恐らく、この先が寝室だ。俺が扉に耳を貼り付けると、何人かの静かな息遣いが聞こえた。……判断が難しい所だが、物音はしないので恐らく眠っているだろう。眠りが深い事を期待しながら、俺はゆっくりと扉を開けた。
キイイと、静かに軋んだ音を鳴らす扉。その向こうに見えたのは、跪いている夫妻の姿と、二人に向けてリボルバーを突きつけた男の姿だった。夫妻と銃を構えた男と目が合う。夫妻は青ざめた顔をしていたし、男の表情は驚愕の色に染まって、目を丸にみえるほど大きく見開いていた。
信じられない! 俺以外にも盗みに入った奴が居たのだ! こんなバカげたことが起こり得るのか⁉
こんな事は初めてで思考が纏まらない。銃を持ったこの男をぶん殴って黙らせるべきか? いや、無理に近づけば撃たれるかもしれないし、男の拳銃に動きを止められていた夫妻が動き出して俺ごと袋叩きにするかもしれない。ならば盗品を山分けにすべきか? いや、そんな事にのってくるような奴かどうか分からないし、もし奴が俺と同じ思考回路なら、協力したフリをして後ろから殴りつけるだろう。丁度、リビングにあった花瓶が使いやすい。いやいや、そんな事を考えている場合じゃない。兎に角、奴は協力に乗ってこないと考えた方がいい。ならばどうすれば……。
そこまで考えて、俺は背後に木の板で作られた床を踏む音を聞いた。
「兄貴! こいつらの言った通りだ! 裏庭の木の傍にたんまりと金が埋められてたぜ!」
このような状況では、きっと男から目を離さない方がいい。しかし、俺は思わず背後を見てしまった。浮足立つようにやって来た瘦せ型の男は、振り返った俺の姿を見て動きを止めた。大金が入っているであろう袋を、意気揚々と掲げていた腕は徐々に下がり始め、嬉しそうに笑っていた表情は困惑へと変わっていった。
もうこうなっては先手必勝だ。後先など考えても仕方がない。
俺は再び振り返って銃を構えた男を見る。男は未だに唖然としていたが、振り返った俺の顔を見てハッとすると、銃を俺の方に向けようとする。その前に俺は男に飛び込むと、男の腕を払って銃を逸らす。直後、強烈な閃光と共に轟音が寝室に響き渡る。建材に使われている木がぶち折れる音と、女の短い悲鳴を気にしないで、俺は男の顎を強打し、怯んだその隙に背後へと回り込み動きを封じる。
今、少しでも対応が遅れれば俺は死んでいた。俺の身体に数ある穴の中で一番デカい穴が形成されていたことだろう。その事実に身体が燃えるように発熱する。
俺は男の銃を持つ手から銃を力づくで奪うと、銃床で頭をかち割る勢いで殴りつける。そして、奇妙な高揚感の向くままに瘦せ身の男に威嚇した。
「動くなそこのガリ野郎! 動けばコイツのドタマぶち抜いてやる!」
瘦せ身の男は怯え切った表情で両手を上げると、俺は一旦の落ち着きを得た。そして後ろの夫婦が今や自由の身であることに気付く。
このまま振り返っても恐らく殴られるだけだ。咄嗟の判断で、俺は二人が怯むよう祈って銃をもう一度ぶっ放した。
言葉では形容できない轟音が鳴り響いて、瘦せ身は恐怖で蹲り、背後からは二人分の悲鳴が聞こえた。狙い通りに事が動いたのを確認すると、俺は意気揚々と叫んだ。
「こんな夜中にコソコソ動く手前らが居たんでなァ! つけて見ればこれだ! 残念だったな犯罪者ども!」
そう、俺は夫妻を助けにやって来たという事を装う事にした。正直、これで騙せるとは思わないが、兎に角少しでも動きを止められれば御の字だ。俺は背後を振り返ると、そこには重そうな馬の像を持った夫が、驚いたようにこちらの様子を伺っていた。隣には恐怖で転んでおきながら、安堵の表情を浮かべる妻の姿があった。すぐに俺は動く!
「おいアンタ!」
「な、なんですか」
俺は銃を持っていた男の足を払い、転ばせると踏みつける。そして、銃を反対に持って夫に差し出した。
「次からは自分の家は自分で守りな。……大事な女もいるんだろ?」
夫は心底感動したように目を丸くして、銃を受け取った。そして俺は、倒れている男のケツを全力で蹴り飛ばしてから、リビングで未だに伏せている瘦せ身の男の頭を踏みつけて逃げた。これは俺の商売を邪魔した分だ。
クソったれめ。そう悪態をつきながら、俺は騒がしくなり始めた夜の道を駆け抜けた。
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