ファンタジスタ。@三好翔太

 期末テストが始まった。


 テストはだいたいの生徒にとっては憂鬱なのものだ。


 それなのに、クラス内、いや学校の熱が高かった。俺の熱も高かった。



「翔くん…ここ…教えて…?」


「あ、ああ、ここは──」



 俺と華。


 少しだけ残って、二人だけで勉強をする。


 テスト期間にも関わらず、何故かそれがまかり通っていた。


 その俺と華の姿を、遠巻きに周りが熱を上げて見ていた。


 美月が恨みがましい目を一瞬だけするが、どうだって良かった。


 下から覗き込むようにして俺を見る華の瞳に釘付けだった。


 その瞳は、星のない真夜中のように真っ暗な色をしていて、何故か強烈に惹きつけられてしまう。


 そして唇にエロスが乗っていた。



「ふふっ…教えるの…上手なんだね」


「…華の飲み込みが早いだけだよ」



 あの日からおかしな下半身の疼きがある。


 誘われているような、そんな甘い香りがする時がある。


 あの日からおかしな胸の痛みもある。


 名前を直接出さないが、裕介との思い出話をする時がある。


 その度に下半身と心臓が跳ねる。



「そんなことないよ…これからは翔太先生だね。翔太先生、いろいろ…教えてね?」


「…はは、みんなの前でやめてくれよ」



「てへ。つい揶揄っちゃった。いつもの癖で……あ……な、なんでもないです…」


「…ッ、あ、ああ。いいんだ」



 もちろん俺は揶揄われたことなどない。


 こんな華を見たことなどない。


 日に日に目に見えない焦燥感が募り、勉強が手につかなくなっていった。


 あの日のギラついた瞳と今の艶やかな瞳の落差で、自慰が止まらない。



 そんな中、ファンクラブを公式化した理由を華に聞いた。



『…翔くん人気者だから…わたし…その、頑張ろうかなーって。ダメ…ですか…?』


『ッ、駄目じゃない…さ』



 またもや真っ暗で塗りつぶされたような瞳の色で、媚びるような態度を見せてくる華。


 言葉に色が乗り、仕草もいちいち艶やかでぞくぞくする。



『そっかぁ…良かったぁ…こんな気持ち小学校の時以来で…あ……な、なんでもない…です』


『ッ、そ、そっか…ははは…』



 照れたように、俯く華。


 髪を耳にかける仕草が堪らない。


 言葉が簡単に出てこない。


 裕介の壁がないと上手く話せない。



「明日も…一緒に行こ?」


「…ああ」



 俺の胸の中に、何かが芽生えるのを感じていた。






 秋の球技大会の時だった。


 運動部の大半は自分の所属するスポーツを選んでいたが、サッカーだけはみんな参加したがり、推薦となった。


 そのサッカーに、裕介を誘った。



『いや無理でしょ。いじめ?』


『端でボーっとしててもいいからさ。たまにはいいだろ? 最後なんだし…華も見てるからさ』



『余計嫌でしょ。やっぱりいじめ?』


『ははは、違うよ。久しぶりに裕介とサッカーしたいんだよ。駄目かい?』



『…本当に端でいい? 文句言われない? 文化系最弱なんだよ?』


『はは。そんな奴俺が止めるよ。駄目かい?』



『わかった、わかったよ。そんな目で見ないでくれよ…僕が翔太ファンに刺されるでしょ…もぉ…寒いのに…』



 本当に嫌がっていたが、何とかなった。


 もう中三だ。あの時の魔法が錆びついてるのか、俺が美化しただけの過去のものか。それが知りたかった。


 案の定、クラスの連中はいい顔をしなかった。皆、華に夢中だったから一番仲の良い裕介を煙たがった。


 が、みんな説き伏せた。


 華は身長もあり、体育館でバレーになった。


 裕介がホッとしているのがわかった。


 華への嫉妬が働いて、チームの大半は裕介を見下していた。


 体格のいい野球部の元キャプテン、山下なんかは思いっきり見下していた。


 試合が始まっても裕介は試合に参加なんかしなかった。


 石とか拾っていた。


 草とか抜いていた。


 挙句の果てには地面に足で絵を描いていた。


 ボールが来ても、無理をして取りにいかず、クラゲみたいにフラフラとボールと人気のないところを彷徨っていた。


 やはり、もう幻想になったんだ。なら、卒業するまで、華には今まで通りのアピールをするだけだね。


 そう思った時だった。


 急に飛んできたシュート性の速く強いボールをあの時の繊細なタッチでトラップし、淀みなく反転してすぐに放った。


 まるで背中に目があるかのように、ノールックで放った、まさしくキラーパスだった。


 裕介がいつボールを見ていたのかわからなかった。


 確実にポールに旗めいていた日の丸をさっきまでボーっと見ていたはずだった。


 周りは誰一人気づいてなかった。


 だから誰も反応出来なかった。


 だけど、山下が最初から見下さず、反応していれば届いた。パスのワンバウンドにも微妙にバックスピンがかかっていて、ゴールキーパーから逃げていた。


 あれは確実に一点だった。


『ごめん…』


 裕介に聞けば、この一言だけだった。


 チームのやつもサッカー部のやつも文句を言っていた。それはわかる。チームスポーツだからね。


 でもその凄さが、煌めきがわかるのは、やはり俺だけだった。


 やっぱり、裕介は裕介だった。


 だから俺の今までが否定された気がした。


 だから、華を襲うと俺は決めた。

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