俺の魔法使い。@三好翔太
クリスマス。
自分の気持ちを確認するつもりで美月を家に呼び出していた。
そんなことも知らないで、ウキウキしながらばっちりメイクで美月はやってきた。
無意味な女だね。
「翔太くん、まだ…無理なの…? クリスマスなのに…」
「…あ、ああ、まだ痛みがあってね」
嘘だ。あれから下半身が少しも反応しない。単純に美月には奪った時点で興味はなくなったし、飽きたのもあると思っていたけど、これで違うとわかった。
ああ、やっと俺はわかった。
あれのせいだ。
あの日、華が見せた──ギラつきのせいだ。
あの日、裕介が見せた──左足のせいだ。
これが初恋と失恋だとわかった。
◆
四歳からのサッカースクール。
そこでの裕介は王様だった。
無口で、ボーっとしてるのに、ボールが渡れば無敵だった。
繊細なボールタッチ、緩急のボディフェイント。ピカイチのパスセンス。
まるで入ることが決まっていたかのように綺麗にゴールに吸い込まれていく、時間を止める柔らかなシュート。
魔法みたいだと思った。
天才だと思った。
俺はあいつより上手くなろうと毎日毎日必死だった。
あいつに並ぼうと必死だった。
だけど、あいつは楽しそうにボールを蹴るだけ。終わるとすぐに帰るドライなやつだった。
裕介とサッカーするのは楽しかった。裕介がいれば、どんな相手だって負けないと思っていた。
◆
七歳の時だった。いきなり絵をもっと描きたいからやめるなんて言い出した。
絵を描くのが好きなのは知っていた。隣に住むオドオドした女に魔法使いと呼ばれたと嬉しそうに言っていたからだった。
お前の魔法はその左足だろ、そう言ったのに、あっさり辞めやがった。
サッカーに、俺に、何の未練もなく。
辞める時の最後のセリフは今でも覚えている。
『海に虹がかかると鞄になるんだ。父さんのおっきい鞄なんだ』
何を言ってるのか、さっぱり意味がわからなかった。
今でもわからない。
裕介に聞いても覚えていない。
ただ、その時わかったのは、もう二度と魔法が見れないということだけだった。
◆
絵を描きだした裕介は楽しそうだった。それこそドリブルで相手を抜き去っている時と何も変わらなかった。
それからすぐに俺はそのサッカースクールで王様になった。なったのに虚しかった。虚しくて苛立って他に発散を求めていった。
日に日に俺の中で裕介が憎くて憎くて仕方なくなっていった。
そして円谷華に目をつけた。昔から裕介の時間を奪い、陰気なのがムカついて、怖がらせていた女だった。
そいつを惚れさせようと思った。
幼稚な考えだったが、裕介のものは奪いたくなった。
美月もそうだ。
裕介に裏切られたままの俺は、それしか考えてなかった。
◆
突き付けられた銀色のナイフは、目に入らなかった。情け無く家から追い出された形をとるしかなかった。
それくらいあの陰気だった女の見たことのないギラついた瞳を見て、心臓を掴まれた気分だった。
元々、華には微塵も興味はなかった。あくまでトロフィーとしか見てなかった。
中学三年かけても靡かなかったからこそ、強硬手段に出た。
そもそもあんな手段に出たのも、昔を知っていたからだった。
言葉と暴力で縛れば、抵抗出来ないと踏んでいたのに、裕介の声で、ふざけたセリフで、瞳の色が180度変わった。
裕介の魔法をまた見てしまった。
それに呆けて力が抜け、ビンタをされた。
そして俺は裕介が倒れているところも見てしまった。
かつて俺を痺れさせた魔法の左足が、俺の願望通りに捻り曲がった姿を。
◆
いろいろと調べてみたけど、何故かクラスのグループメッセには強姦未遂の事は拡散されてなかった。ファンクラブもだ。
「そうか…言ったところで…証拠もないからか…」
あの心臓を掴まれたような感覚。その正体が知りたくなって、華と裕介以外に通用する嘘の噂を流した。
もしこれで強固に華と裕介が結びついても、それはそれで奪った時が楽しくなるはず。
そう思った。
◆
裕介が飛んだ日から五日後。噂は満遍なく広がったと聞き、学校に行った。
すると待ち合わせ場所に華がいた。
もちろん待ち合わせなどしていない。
しかも手を振って笑顔を向けてきた。俺のしでかしたことがまるでなかったかのように、接してきた。
それに、少しも気にした様子がない。
二人並んで歩くも、距離が近い。
この胸の高鳴りはなんだ。
『いきなり…ああいうのは…やめてね…? でも男の子って…そう…なっちゃうと辛いん…だよね…? 美月ちゃんが…そう言ってて…わたし、そ、そういうの! 知らなくて…こういうの…恥ずかしいなぁ…えへへ…』
花が綻ぶような笑顔を向けてくる。
胸の高鳴りのせいか、裕介に向けていた笑顔…より強烈な笑顔に見えた。
時間が止まったように感じた。
美月に命令していた話を、華がしていたと遅れて気づいて、ホッとしている俺がいた。
でもあの時の牙は本物だったはずだ。
それがなぜ?
もしかしたら華は、あの後見たであろう裕介に幻滅したのかもしれない。
あの日、確かに裕介は酷い有様だった。心配とか以前にマヌケな姿だった。
それに、中学校での裕介の立場は微妙だった。人のいない美術室でずっと絵を描いている変人扱い。陽キャでも陰キャでもない、無キャ。
だからあまり交友関係はなく、学内の友達は幼馴染の俺と華以外、ほぼいない。
昨日のクラスのグループメッセには俺の復帰を祝うコメントで溢れ、華も喜んでいた。
これは嘘だと思っていた。
もしくは、裕介に知られることを恐れたのかもしれないと思っていた。
サッカー部の連中からは、華がどうやら俺を意識し出したと聞いた。けど、男の情報はあてにならない。だからそいつらの彼女達のグループからも聞いた。
その中のセフレからだから、信憑性が高い。
そしてこの登校中の華の態度。顔を赤らめ、チラチラとこっちを見てくる。
こんな顔、裕介も知らないだろう。
そう思うと心が知らない何かに満たされた。
◆
あの日、長く長く周到に準備していたことが、あの一瞬で全てパーになった。警戒心が異様に強い華の家に入るのに、何年かけたと思っている。
それがパーだ。
それがまさか逆に働くなんて。
なら、裕介の魔法は、もう力を失ったのかもしれない。
照れながらも太陽のような笑顔の華を前にして、俺はそれ以外に考えられなくなっていた。
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