トラウマがリハビリ。@柏木裕介

 風邪によって駄目になったクリスマスを終え、今年も残すところあと2日となった。


 華は風邪が治ると、毎日のように来ていた。


 吐きながら意識を無くす瞬間、確かに冬休みはやめてくれと言ったはずだが、毎日来た。


 母がお願いをしたからだろうし、別の思惑もあるのだろうが。


 正直なところ飯も自分で出来るし、家事も出来る。男の一人暮らし歴は長いんだ。だからお世話はいらないと思っていた。


 が、思っていたより片足は不自由だった。広い病院ならともかく、家の中は割と障害物だらけだった。


 やはり骨折はそう簡単にはいかないらしい。


 そして受験勉強も。



「裕くん、そこ違うよ。こうなって…こう。ほら! ね?」

「…わぁお」



 間違いを指摘してくれる…のはありがたいのだが、茶化したい僕の気持ちもわかって欲しい。


 彼女は肩をピタリと僕につけてくる。長いポニーテールが僕の耳にかかり、ソワソワしてくる。



「なんでさっきから関西弁…? お笑い好きさんだったかな…? んー…? まあ、いっか! そんなところもあったんだね! …知らなかったなー…知らないこと…ばかりだね…」



 背が高いから、体温が高いから、良い匂いだから、ええ声だから。こんなことされる度に思い出の蓋が開きそうで、ゾワゾワしてくる。



「……そ、そうな。いくら幼馴染と言ってもな」

「…だよね。えへへ…知らないこと…知れると…きっと…もっと…嬉しいと思うんだ、わたし…」



 幸いまだそれらに殴られてはいないが、いつまた即落ちリバーブローを食らうかわからなくてドキドキしてくる。



「…そうな…というか…距離近くないか?」



 華と二人で勉強してるのは小さな座卓だ。


 三好に悪いし拒絶したいが、これもあいつの指示なのだろう。


 上げて落とす、この為の仕込み。


 にしても近すぎる。


 もしかして寝取らせ純愛もいけるのか? 


 無敵か、あいつ。


 それは冗談として、15歳なんて同じ部屋だというだけで緊張したりするんじゃないか? いや幼馴染は少し特殊なのかもしれないが…タイムリープなんてもっと特殊か。


 僕の言葉に、少し離れ少しムっとする華。

 

 少し指先と心臓が震える僕。


 そしてまた肩をピタリと預けてくる華。


 ひぃ。



「でね、この問題の距離の部分はこうしてここに──」



 こいつ聞いちゃいねぇ。


 調教上手すぎだろ。



「って違う。距離近いんだって」



 その言葉にピタリと止まり、黙り込む華。


 それからスッと立ち上がって、真正面に座る華。ムスっとしている拗ねた顔…じゃないか。怒りだな、お怒りの華だ。


 とりあえずジッと睨んでくる。


 何見とんねん、ワレ。


 こちとらドッキドキやぞ!


 昔の恋心と恐怖でドッキドキやぞこら!


 イキってすんません。


 もう勘弁したってください。


 大方、三好との約束が果たせないことにお怒りってとこか。甘い甘い。そんなに簡単に顔に出してはいけないのだよ、円谷君。


 しかし、付き合ってた時のあの貼り付けた表情じゃないと安心するな。



「むー」

「…続けよっか」


「…でも裕くんわたしより成績良かったよね…?」

「…そう、だったか? 多分落ちたせいじゃないか?」


「もう! ん〜とか言っちゃダメなんだからね! ん〜とかっ! でも大丈夫っ! 裕くんはん〜ないから! 一緒の高校頑張ろ!」

「そ、そうな…ん〜は無いな。頑張ろ頑張ろ。あ、消しゴム落ちてもた。取って」


「ん〜〜はダメッ! もう! もう!」



 同じ学校かは約束しない。というか出来ない。それくらい僕の学力があやしい。


 というか嘘告イベント終わってからにしない? いやこれもその為のわざとか…


 僕はわざとだ。


 それくらいは許しておくれ。





 何故こんなことを許すのかと思われるかもしれないが、これもついでの心のリハビリだと割り切り、華の好きなようにさせていた。


 母が思いっきり心配していたのもある。


 ダイヴ効果がまだ残っているようだった。


 そりゃそうだ。一人息子が落ちたんだ。心配もする。見張りも欲しいとばかりに華にお世話を頼んでいた。


 そしてこんな事が続き、僕の心に何の変化があったのか、吐き気が少なくなっていった。


 これで普通の幼馴染に僕の中でリセットされるのかもしれない。


 それに、過去をなぞっているのだとしたら僕の吐き癖だけはバランスが悪い。


 もう、この頃にはトラウマの質量保存的な説を信じだしていた。


 もしくは、タイムリープ神がやっと気づいて止めてくれたのかもって遅いんだよ! この鈍感ニブチン野郎が! あくしろや! ったくよー。


 骨折が完全に治るには2、3ヶ月かかる。もしかしたら中学卒業と同時にこのトラウマもこのまま骨と共に治り、無くなるのかもしれない。


 だといいな。

 だったらいいのにな…!


 華と一緒に受験勉強し、そして昼ご飯を作ってもらい、一緒に食べ、昼寝をし、勉強し、夕方には帰っていく。


 そして自分の部屋のベランダから手を振ってくる華。絶対見ていてというから、手を小さく振って見ていた。それからおニューのスマホにメッセが入ってくる。


 華からただいま到着ー❤︎と入る。


 いや、知ってるし見えてるし振ってるし。


 でも、なんだろうか。


 ハートマークが矢尻にしか見えない。黒曜石的な、削り出し的なやつにしか見えない。


 三好は本当に何がしたいのだろうか。芸が細かすぎないか? そこまでするもんなのか? いや、するか…するよな。いくら純愛だとはいえ、あいつ根はサイコだもんな。つーか今までの人生であんなモンスター他に遭遇してねーよ。


 多分精神攻撃の布石なのだろうが…


 というか僕あいつに何かしたっけか?


 前の過去なら間男だしまだわかるが、今は何もしていない。


 何かあるとしたら華と三好と僕のそれ以外はどうだろうか。


 結局スマホは全て引き継いだ。


 全部を見返したわけではないが、例えば森田さんとのメッセの履歴を見るに、どうやら友達なのは間違いないみたいだった。でも記憶にまったくない。


 それと越後屋ノノから届いたメッセだ。どうも僕が華のファンクラブの会長なんてものになっていた。こちらも記憶にない。ないが、疑いはある。


 言うなれば今の15の僕は華の熱烈なファンの一人なんだろうし、何よりファンクラブのトップ画が僕の描いた少しコミカルにディフォルメした華、円華まどかちゃんだった。


 それを見て、少し鳥肌が立った。


 昔描いたイラストってマジきっつい。マジはっずい。そこそこヘタじゃないのが余計にくる。


 これは描いた覚えがあった。誰かにあげた覚えも。だから越後屋が盛大に勘違いしたのだろう。勢いのあるアホの子だったし。


 でもぶっちゃけ疲れる。


 過去に戻って過去を探る。アホか。そんなんさすなや。いやアホなのは僕の記憶か、脳味噌か…


 陰キャとは自分では思ってなかったが、ぼっち気味の奴で15年前のことを、ましてや中学の頃を覚えてる奴って居るか? 


 高校入ったら飛ぶだろ、普通。


 しかも高二で全部消去したからなぁ…それから町を出ることしか考えてなかった。



 絵とか人ならともかくって森田さんは違うか…やっぱ僕のタイムリープ脳だな。


 きっと精神的な何かがまだ絡まってんだろ。


 その精神がすりこぎってるのか、昼食後にやたら眠気がする。すぐ落ちる。昼寝なんて社会人になってからしたことなかったのになぁ…


 いや、虚弱だったし忘れてんのか…


 起きた時、華が僕をジッと覗き込んでいて軽くホラーなのは、まだまだ慣れないが…


 そういえば、森田さんはあんな絵で良かったんだろうか。


 欲しいというからあげたのに、まさか泣かれるとは思わなかったんだが…トラウマでもエグったのだろうか。


 一応メッセ送っとこか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る