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 結局、SATの急襲によって戸田海斗は死亡した。待機していた救急隊員によって一応は担架に乗せられて運ばれていったが、呼吸も止まっているし当然意識もない。ほぼ死んでいた。


 ガラスの破片が散らばっている店内を僕らは見て回った。まだ、血の臭いが強く残っていて、僕の鼻を突く。


 店の中は通路に面した表の部分に形ばかりに革製の財布やベルト、ポーチなどが並べてあったようだ。穴だらけになった革のハンドバッグが転がっていた。その表の店舗部分の裏手に工房があった。バックヤードとなっているその小部屋には弾丸を鋳造する鋳型やプレス機、旋盤など拳銃と弾丸の製造に必要であろう工作機器が人揃え並べられていて、ペンチやドライバー、ヤスリといった工具も乱雑に放り置かれていた。壁には無数に穴が開いていて、銃撃戦で銃弾を浴びた機械の多くは激しく破損し、中にはかろうじて原型をとどめているといった感じの機械さえあった。


 周囲を見回しながら矢神警部が言った。


「あーあーあー。滅茶苦茶にしてくれやがって。これじゃ、現場検証に時間がかかって仕方ないじゃねえか」


 壁際の棚に並んだ様々な専門書の上の段に赤茶色や黄色の粉が詰められたガラスの瓶が並んでいた。ガラス瓶の一つを白い手袋をした手で握り、それをそっと持ち上げてラベルの文字を読んだ矢神警部は、それを再びそっと棚に戻してから言った。


「ま、文句も言えねえか。こいつは弾丸の製造に必要な火薬の類だ。他の瓶も。もし、こんな物に弾が当たっていたら、こっちの壁を吹き飛ばして、その向こうの地下鉄までおじゃんになっていたかもな。ふう、冷や汗が出る。とりあえず、長居は無用だ。出よう、出よう」


 僕らは店の外に出た。入れ替わりに鑑識と消防が中に入っていく。


 向こうの方で撤収の準備をしているSATの隊員たちを見ながら、矢神警部は言った。


「背後にあんな火薬類が保管されていたら、威嚇射撃もできなかった訳か。戸田の体に撃ち込むしかなかった、と信じよう。これでまた、手掛かりが消えたな」


 言いたい事はあるけど、黙っていよう。訊かれぬ矢神に語るべからず。


「なあ、貴島。どう思う」


「どう思うといいますと」


 反射的に訊き返してしまっている。矢神警部が一番嫌がるやつだ。


「俺が訊いてるんだよ。この状況だ。変だと思わねえか」


「……」


 下手に意見など言わない方がいい。それが身のためだ。触らぬ矢神に祟り無し。


「戸田は拳銃マニアだろ? それなのに、これか?」


 なに、これって? 何か見落としているか。


「見てみろ、あれ。床に転がっているのはショットガンだ。手製の。装填できる弾数は知れている。装填にも時間がかかる。しかも、死ぬ直前に握っていたのはハンドガン。お手製のデリンジャー銃だ。これも引き金が堅くて使い難い。つまり、どちらも実戦には不向き。こんな事、マニアが知らないと思うか。普通はマニアが真っ先に飛びつく情報だろ」


「戸田は銃マニアではなかったと?」


「いや、違う。自分で工房まで準備して、火薬の調合から弾頭の鋳造、拳銃の複雑なパーツまで作り上げる人間だぞ。戸田は間違いなくガンマニアさ。そいつが、いざという時に備えていた銃がこれか? これじゃ、結果が見えているだろうよ」


「ガンマニアなら反撃しなかったはずだと仰りたいので?」


 矢神警部はジロリと睨んだ。


「――反撃するつもりなら、もっと性能のいい銃を作るはずだと言いたいんだ」


「これが彼の実力の限界だったのではないでしょうか」


「コルトやグロッグ、トカレフの模造銃を作るより、デリンジャー銃の模造品を作る方が簡単ならな」


「戸田は……反撃するつもりは無かったと」


 そこへSATの隊長が不機嫌そうな顔で割り込んできて言った。


「ちょっと待ってくださいよ。それ、どういう意味ですか。我々が反撃を焚きつけたとでも仰りたいので?」


「いや、違う。そんな事を言うつもりは無い。悪かったな、せっかく頑張ってもらったのに」


「当然でしょ。こっちは命を張っているんですよ。呼ばれて突入させられて文句を言われたんじゃ、たまったものではないですな!」


「悪かった。気を悪くしないでくれ。帰るよ。報告書を待ってる」


 矢神警部は隊長に背を向けると、向こうの方へと歩いていった。角を曲がると小山巡査が来ていた。彼は矢神警部を見つけて尋ねる。今はよした方がいいのに。


「あ、警部。終わったみたいですね。怪我されなくて、よかったです。貴島さんも。あれ? もう帰るんですか」


「ああ。SATの奴ら、まだ気が立っているから現場では落ち着いて話ができねえ。とりあえず帰って報告を待とう」


「ああ、それでは警部、これを」


 小山巡査はスマートフォンの画面に広げた画像を見せた。そこに写っていたのは、雑踏の中からこちらを覗いているスーツにロングコート姿の中年男だった。


 矢神警部が両眉を上げて言う。


「竜崎じゃねえか。上に居たのか」


「はい。僕がスマホで撮影し始めると逃げました。すみません」


「いや、別に謝らなくていいが、竜崎がここにも。ここも奴のシマなのか」


「さあ、それは聞かないですけどね」


「じゃあ、何でだ。浅木の殺害現場にも来ていたぞ。どういうことだ」


「分かりません。次見つけたら職質かけましょうか」


「そうしてくれ。気になる」


 矢神警部は階段の方に歩いていく。小山巡査が警部を追いかけていくと、矢神警部は彼に言った。


「小山、おまえは午後は生活安全課に戻るんだよな」


「はい。すみません。いろいろ溜まっている仕事もあるんで」


「いや、いいんだ。すまんが、帰ったら倉田に、俺のところに来るよう伝えてくれ」


「分かりました」


 三人は明るい陽が射し込んでいる階段を上っていった。


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