6
外はすっかり白んでいた。川の方から流れてきた朝靄が窓の外を覆っている。
浅木巡査の遺体は午前五時過ぎに久米沢署に搬送されてきた。棺に入れられた遺体は署の裏口から安置室へと運ばれていった。知らせを聞いた矢神警部はすぐに一階の遺体安置所へと向かい、そこで線香を手向けた。遺体に向けて合掌した矢神警部は、悲し気な声で言っていた。
「浅木、ホシは俺が必ずあげてやる。だからおまえも諦めるな。執念でホシを追え。そう教えたはずだ。絶対に逃がすなよ。いいな」
肩を震わせ鼻を短く啜る矢神警部。
何の正当な理由もなく無辜の命が奪われたのだ。僕はその遺体を前にして沸々と怒りがこみ上げ来るのを感じたけれど、線香の穏やかな香りが僕の心を静めてくれた。
遺体への拝礼を終えた僕は、廊下に出た矢神警部についていった。
矢神警部は二階の留置区域に向かった。中と外の留置官が同時に鍵を回し区切りの鉄格子の門を開けた。留置場内に入った僕らは、金井が収容されている牢の前で立ち止まる。毛布にくるまっていた金井は、眠そうな目を開けてこちらを覗いた。矢神警部が鉄格子越しに話しかける。
「少しは眠れたか」
「……」
「おまえに訊きたいことが、またできた。少し教えてもらえるか」
「なんだ。もう少し寝かせてくれねえのかよ」
「済んだら寝かせてやるよ。質問は単純だ。おまえ、パラディソスって知っているか」
「パラ……何だ、それ。知らねえな」
「そうか。じゃあ、フォルトゥーナも知らないな」
「ああ。会ったことも聞いたこともねえよ」
「そうか。悪かったな、起こしちまって」
「いいかげんに帰らせてくれよ。金魚にも餌をやらないといけないし。ゴミも出さないと溜まってるんだよ。虫が湧いちまうじゃねえか」
「帰らせてやるさ。隠していることを全て話せばな」
「何も隠してねえって。俺は呼び出されただけで、事件とは関係ないんだ。早く釈放してくれ」
「馬鹿を言うな。今のところ、おまえはダントツ一位の犯人候補なんだ。俺が良くても他が首を縦に振らんさ。出たければ、知っていることを全て吐け」
「へいへい。お決まりのフレーズでやんすね。お疲れさんです、警部殿」
矢神警部は片笑んで手を上げた。
「また会いに来るよ」
そう言うと、矢神警部はその場から去っていった。
留置区域から出て、そのまま二階の大部屋の方に向かう途中で、矢神警部はボソリと言った。
「あの野郎、知ってるな」
「フォルトゥーナのことですね」
「ああ。あいつ、会ったこともないと言いやがった。俺はフォルトゥーナが人の名前だとは一言も言っていないのに」
「ということは、パラディソスのことも知っているはずですね」
「そうだな。奴は何か隠している」
矢神警部は遠くを睨みながら廊下を歩いていった。
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