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 矢神警部が取調室のドアを開けて外に出ようとすると、廊下に大柄な中年男が立っていた。髪をサイドバックで固めているその男は、だらしなくネクタイを巻き、背広の中のワイシャツはズボンの外に垂らしている。隣に立っている若い男も、身形はちゃんとしているけど、その顔つきは横の中年男と同じでいかつい。


「すみません、交代させてください」


「あんたは?」


「久米沢署暴対課の飯島いいじまです。こちらは敷島しきしま巡査。金井が連行されたと聞きまして」


 矢神警部はドアを開けたまま、わざとらしく大きな声で言った。


「ああ、あんたが飯島巡査長か。噂には聞いていたが、いやあ、悪そうな見た目だなあ。まあ、マル暴の刑事なら仕方ないわな。仕事だもんな」


 矢神警部は手の甲で軽く飯島刑事の胸を叩くと、踵を返して取調室の中に戻った。僕も慌てて中に入ると、彼はしっかりとドアを閉めてから言った。


「貴島、この椅子をドアノブに嚙ましとけ」


 きっとこういう事だろう。彼が指さした出入口のすぐ横にある筆記机の椅子は背もたれが固定されていて少し高い。この椅子の背もたれをスティック式のドアノブの下に当て、椅子を床とドアノブの間にはめ込めば、ドアノブは外から動かせなくなり、つまりドアは外から開けられなくなる。要するに内鍵の代わりだ。


 矢神警部は金井の前の机の椅子を引きながら、振り返って確認する。


「そうだ、それでいい。しっかりはめとけよ。あいつ、いいガタイしてるからな」


 外から飯島刑事が入ってこられないようにしたい訳だ。この人は何をするつもりなんだ。


 再び椅子に腰を下ろした矢神警部は目の前の金井に言った。


「今、おまえを警視庁の造田ぞうだ刑事に紹介した、ここの飯島っていう刑事が外に来ているぞ。次はそいつがおまえを取り調べるそうだ」


「ぞうだ刑事?」


「浅木の直属の上司だよ。あいつと組んでいた。造田の指示で浅木はおまえと接触しようとしたんだ。ところで、飯島刑事のことは訊かねえんだな。知り合いか?」


 金井は視線を逸らして答えた。


「ああ、ちょっとな」


 矢神警部は顔を傾けて尋ねる。


「ちょっと? どういう関係だ。おまえは飯島の情報屋……」


 ガチャガチャとドアノブを動かす音の後、ドアを激しくノックする音がした。続いて飯島刑事の声が聞こえてくる。


「おい、開けろ! どういうつもりなんだ! こっちの番だろうが!」


 矢神警部は体を捻って後ろを向くとマジックミラーの方に手を振ってからドアを指差した。少し間を空けて、隣室のドアが開く音がする。たぶん、鞆橋刑事課長が出ていったのだろう。飯島刑事の声は聞こえなくなった。


 矢神警部は向きを戻し、金井に尋ねる。


「おまえ、あの飯島っていう刑事の情報屋だったんだろ?」


「……」


「まあ、迂闊には答えられないよな。堂本会に殺されちまうもんな。だが、心配するな。俺は堂本会とは繋がってはいない。で、もう一つ質問だ。おまえ、飯島の情報屋をやってどれくらいになる」


「どれくらいって……」


「どうなんだ」


「そんなに金にはならねえ。あいつは払いが悪いからな。俺もたいしたネタは売ってねえし……」


「そうかあ。結構高そうな革ジャンだよな、それ。まあ、いいが、俺が知りたいのは期間だよ。カネじゃなくて」


「い、一年くらいだ」


「どんなネタを渡していたんだ」


「大抵は組関係者の女のネタだよ。誰がどこのホステスと付き合っているとか、何人と付き合っているとか」


「そうか。本当にそれだけか?」


「ああ、堂本会の幹部でもない俺の耳には、それくらいの事しか入らねえ」


「分かった。信じよう。じゃあ、最後に訊くが、これはよく考えて正直に答えろよ」


 矢神警部は膝に手を乗せて少し姿勢を正すと、金井の目を見て尋ねた。


「おまえ、飯島の尋問を受けたいか、それとも、この部屋で奴の尋問を受けるのは嫌か?」


 金井の返事を聞いた矢神警部は、ドアの方に歩いていくと、斜めにはめられた椅子を蹴り退かし、荒っぽくドアを開けて外に出ていった。


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